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100日後に死ぬ父。19日目。

 父と母の険悪なムードは少し落ち着いてきたものの、ふたりの会話はまったくと言っていいほどない。
 今日は珍しいことに自営業である町工場が忙しいらしく、父は夕ご飯を食べ終わってからも仕事を続けていた。一階の作業室からは父が黙々と仕事をしている物音が聞こえ、久しぶりに頑張っている父を見た気がした。父は黙って仕事をすることが苦手なので、いつもなら鼻歌や歌声も聞こえるのだけれど、今は母と険悪なムードなのでとても静かだった。
 婿である父にとって、自営業は元々自分がやりたい仕事ではなかった。だから父が30年近くも、やりたくもない仕事を続けていることに関しては、僕は単純にすごいと思っている。

 思い返すと、父の〝夢〟を僕は知らなかった。結婚する前までは、アニメーション会社にいたらしいけれど、それが父の本当にやりたかった仕事だったのかまでは聞いたことがなかった。直接父に聞けばいいのだろうけれど、別にそんなに気になるわけではいので、いつも聞くのを忘れてしまう。でも美術系の大学を出ているのだから、全くやりたくない仕事ではなかったんだと思う。
 以前、物置を整理していると、父が大学時代に作った動物のペーパークラフトを見つけた。それがなかなか良くできていて、そばには賞状と小ぶりのトロフィーがあったので、何かしらの賞を貰っているようだった。
 もし父が母と結婚することなく、そのままアニメーション会社に居たら、父はどんな人になったんだろう。その場合僕は生まれて来なくなるが、父がやりたかった仕事を生き生きとしている姿は見てみたい。

 世の中には親の〝夢〟を知っている子供はどれくらい居るんだろう。子供が大きくなっても、〝夢〟を語れる親は、いったいどれくらい居るんだろう。


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