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短編小説「決意の表れ」

もう決意を固めたはずなのに、指先が震える。
机の上に置かれた辞表を見つめながら、胸の中で激しく葛藤していた。

10年間勤めたこの会社。
慣れ親しんだ仕事、顔なじみの同僚たち。
すべてを手放す決断が、こんなにも苦しいものだとは。

今日はあいにくの雨だ。
激しい雨音が、私の心の中の不安を増幅させる。

『どうした? 顔色が良くないけど、大丈夫?』

話しかけてきたのは 私の直属の課長だった。

私は焦って辞表を机の下に隠した。

「いえ、なんでもありません…」

『ならよかった。今日はみんなにも忙しくしちゃうけど、頑張ってね』

「はい…」

そんな空返事を簡単にしてしまう自分が少し嫌になった。
みんなのために頑張る。
それが当たり前だった日々が、今日で終わりを告げようとしている。

机の下に隠した辞表が、重たく感じる。
もう机の上まで辞表を持ち上げられなかった。

本当にこれでいいのだろうか。

窓の外では雨が激しさを増していた。


再び辞表を机上に置くと、紙にはしわが寄っていた。

決断したんだ。私は自分の道を行くんだ。今日辞めるんだ。
私は何度も心の中でそう叫んだ。

そして私は、決意を固めなおして部長の部屋の前に立った。
手のひらに汗がにじむ。

深呼吸を一つして、おそるおそるノックをする。

『どうぞ』

部長の声に、一瞬たじろぐ。
だが、もう後戻りはできない。

『何? 何の用?』

そのぶっきらぼうな威圧感に口ごもってしまった。

『こっちは忙しいんだよ、早くしてくれ』

「はい...実は...」

震える手で辞表を差し出した。

部長は奪いとるように私の辞表を受け取った。

『まぁ、そんなことでしょうね』

「え?」

『どうせ、そうだろうと思ってたよ、最近の君は酷いものだったからね』

部長は冷ややかな目で私を見つめた。

酷い…。

『正直、こちらから言い出そうと思っていたところだったよ』

「私...」

『いい、いい、もうわかったから。辞めるのね、了解です。忙しいから、もう出ていって』

なんて言われようだ。

私の決断は間違いじゃなかった。
こんなところ辞めて正解だった。

私は部長に背中を向け、ドアへと歩いた。

『でも引継ぎはきっちり、していってもらうから』

背後から部長の声が聞こえたが、無視して部屋を出た。


すると、ドアの先には課長が頭を抱えて立っていた。

『ごめんな。悩みがあったら、いつでも俺に相談してくれよ』

課長の目も表情も直視できなかった。
今は優しい言葉をかけないで欲しい。決意が緩んでしまうから。

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