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短編小説「糸結荘 後編」

”糸結荘”に入居して一年。
変わらず蜘蛛の巣を駆除する生活が続いていた。

そんなある日、外で大家さんに会った。

「おはようございます」

『あら、おはよう。今日はどこかへ?』

「いえ、少し散歩でもと思いまして」

『そうですか。お気をつけて』

「あ、ちょっと待ってください!」

大家さんに頼み事があるのを思い出した。

「来週一週間、旅行で部屋を空けたいんですけど、」

『まぁ、ご旅行ですか。いいですね!』

大家さんは満面の笑顔を見せた。

「でも、例のが心配で…」

『蜘蛛の巣は相変わらずですか…』

「はい…毎日掃除していても、すぐに…」

『許せません! ほんとに、私の大切な住処で巣を作ろうなんて!』

大家さんは珍しく苛立たしげな様子だった。

『すみません、取り乱しました。では、留守中の管理を私がいたしましょうか?』

「お願いできますか?」

『もちろんです。鍵をお預かりして、毎日様子を見に行きますよ』

「ありがとうございます! ではまた来週、お尋ねします」

『はい、待っていますよ』

私はふと、思い出した。

「あ、それと。お隣さんって、引っ越されました? 最近全然見なくなった気がして」

大家さんは一瞬、眉間にしわを寄せた。

『そうなんですよ。急なことで驚きましたよ』

「やっぱりそうなんですね。ありがとうございます。では、失礼します」

私は頭を軽く下げ、そのまま部屋に戻った。


翌週。

私は約束通り、大家さんの元を訪れた。

「では、これをお願いします…」

『はい、ご心配なく。しっかり管理しておきますよ。良い旅を』

大家さんは大事そうに鍵を受け取ると、そう送り出してくれた。



一週間の旅行を終え、夕暮れ時に帰ってきた私は、アパートの前で偶然大家さんと出くわした。

『おかえりなさい。旅行はいかがでした?』

「おかげさまで、楽しかったです」

『それでは、お部屋に行きましょうか』

鍵を渡され、二人で私の部屋へと向かった。

こうして前後になって一緒に部屋に向かうのは、何だか内見の時を思い出す。
そんなことを考えながら、いつも通りに部屋の扉を開けた。

「え、なにがどうなってるの?」

部屋全体が真っ白い蜘蛛の巣で覆われていたのだ。

呆気に取られていると、背後からドアが閉まる音が聞こえた。
外からの明かりを失い、部屋は真っ暗で何も見えなくなった。

急激な恐怖が全身を駆け巡る。

『お帰りなさい、我が家へ。あなたは最高の"餌"になりますよ』

「大家…さん…?」

その瞬間、私は謎の強い力に包まれた。

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