少女とピアノ

少女は、ピアノを愛していた。

ピアノが奏でる旋律。
指を躍らせて鍵盤を鳴らしていく。滑らかでしっとりと甘美な音を出す事も出来れば、激しく怒りを表すようかのような音も出す事が出来る。

彼女は、どこか感情が欠落しているが故に、ピアノで感情を表現しはじめ、いつしかそれは表現を越えて愛へと形を変えていった。

ピアノとずっとそばにいたい。
一晩中ピアノを愛でてあげたい。

だがピアノは人であってはならない。ピアノだからこそ彼女は愛す事が出来るのだ。

ピアノの奥底の精密な機械まで愛撫するかの様に観察したい。

ピアノとひとつになれればいいのに。

それまで彼女のピアノに対する愛は深いのだ。

ある日、愛していたピアノが壊れた。

それは突然だった。祖母の時代から使っていたピアノで何度も調節を繰り返していたが、遂にガタが来たのだ。

少女は呆然とした。だが、少女の感情はピアノでしか表す事が出来ず、泣く事も怒る事も無く、ただただ立ち尽くすだけだった。

窓の外でピアノがレッカーに運ばれて行くのが見える。

心から愛していたピアノがこの世から消え去ったのだ。どんな時も片時も離すことの無かったピアノが、呆気なくああも運ばれて行き、そして最後にはスクラップにされる。

涙は出ない。だが心にポッカリ穴が開いた気分になった。


その晩、少女はピアノが置いてあった場所で首を吊って自殺した。愛していたピアノの元へ行く為に。