みかんえーど(脚本)
*このお話はシナリオセンター課題を編集したものです
人 物
幾多冬馬(70)喫茶室「まちあわせ」店主
幾多美紀(58)喫茶室「まちあわせ」店主
伊藤健太(17)高校生
和田美穂(17)高校生
○喫茶室「まちあわせ」
窓の外に大きな湖が見えている。
ジャズが流れる店内。
カウンター内では幾多美紀(58)がコーヒー豆を挽いている。
幾多冬馬(70)、店内を見回している。
幾多N「ここは湖畔そばにある喫茶室「まちあわせ」。もう43年ここで沢山の方のまちあわせ場所を勤めてまいりました。軋む床、本棚に乱雑に押し込まれた本、コーヒーカップの黄ばみ。どれもここで多くの皆様に支えられてきた証でございます。さて本日のお客様は?」
扉が開き、制服姿の学生たちに混じって、伊藤健太(17)が入ってくる。
健太、ボート乗り場が見える窓際の席に座る。
幾多「いらっしゃいませ〜」
トレーに水の入ったグラスを載せて、各テーブルを回る幾多。
幾多、健太のテーブルに水を出す。
幾多「いらっしゃいませ」
健太「あのメニューって?」
幾多「メニューはね、あの板に書いてありますよ。ちなみにあれ ね、私の手書き」
健太「はぁ」
幾多「決まったら、声かけてください」
健太「あ、あの」
幾多「はいはい?」
健太「みかんえーどって?」
幾多「あぁあれね。みかんえーどはウチの看板商品ですよ。ウチのはスッキリ爽やかだから、良かったら試してみてね」
健太「はぁ」
健太、テーブルの水を見て、
健太「あ、すいません。お水、もう一つ。後で、もう一人来るはずなんで…」
幾多、健太に微笑み、
幾多「分かりました。すぐに」
× × ×
健太、ボーッと窓の外を見る。
幾多N「どうやら今日も悩めるお客様がここへと辿り着いたみたいです。さて、今日はどんな「まちあわせ」になるでしょうか?」
美紀、カウンターから身を乗り出し、
美紀「じじい、頭の中で一人語りしてないで、あっちのテーブルにコレ運ぶ」
幾多「美紀ちゃん、そう易々人の頭を覗くのはやめてくれないかな?」
美紀「いいから、働く働く!」
幾多、サンドウィッチを学生グループの席に運ぶ。
扉が開き、和田美穂(17)が入ってくる。
幾多「いらっしゃいませ。すいません、只今満席なので、少しお待ち頂けます か?」
美穂「あ、違うんです。待ち合わせで」
美穂、店内を見回して健太を見つけると、健太の席へと歩み寄る。
美穂、健太の横に立ち、
美穂「ごめん、待った?メール、さっき気づいたから、随分待たせちゃったね?」
健太「(無言で首を振る)」
健太、自分たちに注目が集まっていることに気づき、
健太「とりあえず座ったら?」
美穂「うん、ありがとう」
美穂、席に腰掛けながら、
美穂「何か頼んだ?」
健太「いや先に頼むの悪いし…」
美穂、メニューを指差し、
美穂「じゃあ私ココアにしようかな」
幾多、二人に近づき、
幾多「いらっしゃいませ。良かったですね?お待ちの方がちゃんといらしてく
れて。大分そわそわされてましたもんね」
幾多の言葉に慌てる健太。
美穂「え…そうなの?」
健太「う、うん・・」
健太、美穂の顔を見て、赤面。
幾多「あのご注文は?」
健太「ココアとさっきのみかんのやつ」
幾多「ふふふ、みかんえーどでございますね?」
健太「はい」
幾多、健太の顔を覗き込み、
幾多「(小声で)頑張りどころですね」
美紀「ちょっとアンタ!もう!」
美紀、カウンターから激しく幾多を手招きする。
幾多「なになに」
幾多、カウンターに戻ると、
美紀「アンタ、どんだけ空気読めないのよ!バカじゃないの?」
幾多「え?私、空気読めてない?」
店内の学生「読めてない、読めてない」
幾多、店内の学生を見回し、困惑した表情。
美紀「あの二人はとっても大切な時間を過ごしてるの?くれづれも邪魔しない」
美紀、カウンターからココアとみかんえーどを出す。
幾多「ってことは二人はアツアツ?」
美紀「アツアツって…昭和か!あの二人がそうなれるかどうかは彼次第よ」
幾多「おお〜っ」
幾多、興奮気味に目を輝かす。
健太と美穂、お互いに俯いたまま。
幾多「あれじゃあねぇ〜」
美紀「出したら、すぐ返っておいで!」
幾多、健太と美穂の席に、
幾多「お待たせしました。ココアと当店自慢のみかんえーどです」
美穂「ありがとうございます」
健太、すぐさまストローに口をつけ、無表情でみかんえーど飲む。
幾多、健太を横目にため息し、ポケットからメモ帳とボールペンを取り出し、メモにかぎかっこを書き、健太の前に差し出す。
幾多「わかるぞ少年。私も美紀ちゃんに告白するとき、思うように言葉が出なかった。だから、私みたいにたくさん彼女の好きなところ書いてみろ。お嬢さん! 見ていてやってくれないか?彼は本気だ。せめてココアを飲みきるで、彼の男気を刮目してほしい」
カウンターで頭を抱える美紀。
美穂「は、はい・・・」
カウンターに戻る幾多に、
美紀「バカ」
幾多、呆れる美紀に、
幾多「まぁまぁ。見てればわかるよ」
健太、ペンを取り、必死にメモにペンを走らせる。
美穂、メモを覗き込み、頷く。
× × ×
美紀「あれから15分、書き続けてるね」
幾多、胸を握りしめて、
幾多「でも、彼の顔をご覧なさいな」
健太、幸せそうな表情。
幾多「楽しそうだ。彼女さんも」
美穂、顔を赤らめ、嬉しそうにペンを取り上げると、何かを書き、健太に返す。
健太、メモを見て、美穂と顔を見合わせ、顔を赤らめる。
美紀「なんだか懐かしい」
幾多「我ながら、本当にロマンチックだと思うよ」
美紀「自分で言うのかよ、奥手なだけ」
幾多「美紀ちゃん〜」
× × ×
健太と美穂だけになった店内。
健太、真剣な顔で窓から見えるボート乗り場を指差す。
真剣な健太に緊張する美穂。
健太、立ち上がり店を出る。
美穂、メモに走り書きすると、健太の後を追い、店を出て行く。
幾多「ありがとうございました〜」
健太と美穂を目で追い、
美紀「何がありがとうございましたよ。お代は?」
幾多「まぁまぁ、別にいいじゃないの」
美紀「全く、何がいいのよ」
幾多、二人が座っていた席の机に置かれたメモを拾い上げる。
健太の声「なんて告白したら・・・」
美穂の声「大丈夫、ゆっくりでいいよ」
健太の声「入学式の日に一目惚れしました」
美穂の声「それで?」
健太の声「でも告白できなくて、卒業前に絶対言わなきゃって思ってたら、いつの
間にかここに呼び出してた」
美穂の声「なるほど。・・・いきなりで結構びっくりしました」
健太の声「ごめん!でも、来てくれて嬉しい。美穂さんとこうして過ごせるの嬉し
い。だから、続いて欲しいって思う。外のボート乗り場で待ってるか
ら、来て」
美穂の声「ちょっと、もうなんで連れてかないかな?不器用だな〜。でも、両思い
で嬉しかった」
幾多が窓の外を覗く。
幾多「なるほどね。あらあら、あんな目ギラつかせちゃって」
ボート乗り場では、ボートに乗る健太が美穂に手を差し伸べている。
笑い合う健太と美穂。
おしまい。
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