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偽りなき心(シナリオ)

登場人物



羽村舞(35)奥村の婚約者
伊葉操次(65)BAR「あまやどり」 マスター
羽村真(38)会社員
飯塚岳人(36)真の同僚
白石(50)BAR「あまやどり」の客
舞の母
舞の父


本編

○チャペル・中
主祭壇の前に立つ羽村真(38)。
参列者と共に席に着く飯塚岳人(36)。
結婚行進曲と共に扉が開き、浮かない表情の羽村舞(35)が入場してくる。
バージンロードを歩く舞、飯塚と目を合い、その場に硬直してしまう。
不思議そうな表情を浮かべる飯塚。
羽村「舞?」
羽村、心配して舞に近づく。
舞、羽村を見て首を振り、踵を返して扉から飛び出して行く。
羽村「舞!」
追いかける羽村。
飯塚、立ち上がり心配そうに扉の先を見つめる。

○道路
ウエディングドレスの裾を掴み走る舞。

○道路
周囲を見渡し、舞を呼び叫ぶ羽村。

◯路上(地面)
空がゴロゴロと鳴り始め、次第に雨が降り始める。

○結婚式場・中・控え室(夜)
扉が開き、濡れた羽村が入ってくる。
飯塚「舞は?」
羽村「まだ戻ってませんか?」
舞の母、その場にうずくまる。
舞の父、羽村に向かって土下座する。
舞の父「大変申し訳ない!ウチのバカ娘がご迷惑を!」
羽村、舞の父を起こして、
羽村「大丈夫です。舞は必ず僕が見つけてみせますから」
飯塚「羽村」
羽村、微笑んで出て行く。

○バス停に続く通り道(夜)
雨上がりの道にベールなどの装飾品が点々と落ちている。
舞、俯きながら歩いている。
(愉快な声)
舞が顔を上げると、パラソルの差したバス停にランタンの灯りとBARの立て看板。
テーブルを挟んで伊葉操次(45)と白石(50)がお酒を楽しんでいる。
そこへバスが通り掛かり、白石が席を立つ。
白石「どうもありがとうございました。おかげさまで心の奥に突っかかってたものが取れました」
伊葉「いえいえ。これもご縁が成したこと」
白石、テーブルの上に置かれたグラスを見つめて、
白石「ご縁ですか…。そうかもしれませんね。でわ、またいずれ…」
伊葉「どうでしょう。お逢い出来なくなることが白石様にとっての最善のことかと」
白石、伊葉に丁寧に頭を下げて、バスに乗り込む。
走り去るバスを見送る伊葉。
伊葉、舞の存在に気がつく。
伊葉「おお、お美しい。舞踏会のお帰りですかな?」
舞「あ、いえ」
伊葉「寒いでしょう。どうでしょう雨宿りでも」
伊葉、舞をバス停内へ案内する。
舞「雨宿り?」
空を見上げる舞。
伊葉「これも泡沫の夢。さあ、お気になさらず」
   舞、緊張した面持ちでバス停内へ入っていく。

○バス停内BAR「あまやどり」(夜)
   酒瓶が並べられたテーブルの前に置かれた椅子に腰掛ける舞。
   舞に膝掛けを掛ける伊葉。
伊葉「ご覧の通りお洒落とは程遠いですが、ようこそ間借りBARあまやどりへ。
   主人の伊葉でございます」
舞「間借りBAR…」
伊葉「はい。不定期で様々なお所を少しだけ間借りさせて頂き、営業するBARにございます」
舞「はぁ」
伊葉「当店はお客様からのご注文は一切お受け出来ません。お客様の目を見て、お客様に合うカクテルを提供させて頂いております」
舞「私、別に飲みたいわけじゃ」
   伊葉、悲しげに手元のグラスを持て余す。
舞「じゃあ、一杯だけ」
伊葉「(にこやかに)かしこまりました」
   伊葉、前のめりになり、ギョッとする舞の目を見つめる。
伊葉「なるほど。悲しみを抱えておられる」
   伊葉、リキュールをピックアップし始める。
伊葉「あ、お名前お伺いしておりませんでした」
舞「舞です、羽村舞」
伊葉「今晩は羽村舞様」
舞「こ、今晩は」
伊葉「さて、舞様にピッタリなのは」
   伊葉、コリンズグラスを舞の前に置いて、
カクテルを作り始める。

   ×  ×  ×
   
   伊葉、グラスにカクテルを注ぐ。
伊葉「お待たせしました。
モーニング・グローリー・フィズにございます。
    カクテル言葉は、貴方と明日を迎えたい」
舞「貴方と明日を迎えたい」
   カクテルに口をつける舞。
伊葉「舞様は、婚約者がお嫌いで?」
舞「(むせながら)え?そんなまさか!」
伊葉「でも、その様子だと逃げて来られたのではないのですかな?」
舞「…私が悪いんです。私の整理が追いつかないだけなんです」
伊葉「今宵、舞様と私が偶然結んだご縁。私で良ければ、お伺い致します」
   手を差し伸べる伊葉。
   舞、深く呼吸をし、動悸を落ち着かせる。
舞「一年前に最愛の人と最後のキスをしたんです」

○(回想)飯塚の部屋・リビング
   ソファで飯塚と舞が座っている。
舞の声「元々は会社の同僚から始まった関係でした。
   それから彼とは結局5年という歳月を共に歩み、将来も見据えた仲でした」

○(回想)飯塚の部屋・玄関
   揉み合いになっている飯塚と舞。
飯塚「帰れよ!」
舞「なんでそんなこと言うの?」
飯塚「なんでもいいだろ!」
   飯塚、舞を突き飛ばす。
飯塚「お前…もういいから」
舞「やだ…やだ…。ねぇ岳人終わらせようとしないで」
   舞、泣きながら必死に飯塚にしがみつき泣き、キスをする。
   飯塚、キスを終えると、舞を部屋から追い出す。
飯塚「ありがとう」
   泣きじゃくる舞の前でゆっくりドアが閉まる。
舞の声「後から知りました。彼が持病を抱え、苦しんでいた事。彼が私に迷惑をかけたくまいと決心したことだって」

○バス停内BAR「あまやどり」(夜)
舞「そんなことを知らずに私は、慰めてくれた友人だった旦那を選びました。
  悲しみに暮れる私を救ってくれた旦那を私は本気で愛しました。
  でも、旦那と籍を入れた直後、偶然彼のことを耳にしたんです。
  そんなドラマみたいなことが現実に起きるなんて」
   空いたグラスを見つめる舞。
   腕を組み、深い溜め息を吐く伊葉。
舞「すいません。重いですよね」
伊葉「いや、軽いですよ。舞様、あなたは釣りの浮きより浮ついてらっしゃる」
舞「そんなこと!」
   机を叩いて、立ち上がる舞。
伊葉「なら何故、彼のことを迎えに行かないのですか?
彼はずっと貴方を待っていたのでは?」
舞「分かった口利かないでください。
  旦那のことを愛しているのは事実なんです。でも、普通籍を入れたら…」
伊葉「恋愛において普通という物差しはありません。
   あるのは、舞様の純粋な想いのみ」
   伊葉、再びカクテルを作り始める。
   
   ×  ×  ×

   伊葉、舞にカクテルを差し出す。
伊葉「アラスカにございます。カクテル言葉は偽りなき心。
 意味は、舞様自身がご存知かと。口をつけるかつけまいかは、ご自由に」
   舞、アラスカを真剣な目で見つめる。
   
   ×  ×  ×
   
   伊葉が店じまいをしている。
   店には舞の姿が無く、空になったグラスが置かれている。

○結婚式場・中・控え室(夜)
   心配そうな表情の羽村と飯塚。
   扉が開き、舞が入って来る。
羽村・飯塚「舞!」
   真剣な表情の舞、羽村を追い越して、飯塚の前に立つ。
舞「あのね、あなたに言ってやりたかったことがあるの」
   舞、握る拳は震えている。
飯塚「何?」
   困惑気味の飯塚。
   舞、呼吸を整え飯塚を見つめ直す。
舞「話、長くなるからね?」
   舞、そっと飯塚の手を握る。
                                   (了)

これは2021年募集の恵那峡映画祭シナリオ枠に応募させて頂いたのを編集した物です。

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