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スケルトンにならない境遇


#2000字のドラマ

登場人物
谷田部 鎮太郎・・ヤンキー、花の彼氏
松本 花・・鎮太郎の彼女
裕太・・大学生、花の彼氏
猪狩文治・・ガソリンスタンド店長


もう何日、このアイコンを眺めているのだろう。
二人肩を寄せ合い、頰を擦り合い、幸せそうに笑う写真。
このアイコンが1秒後には一番上に来るのを通知されることをずっと待っている。
そう思ってしまう俺はLINEを閉じることができない。

「いつまで休憩してんだよ!さっさと表出てくれよ!」

店長の猪狩さんはソファでうなだれる俺のケツを叩いて、外に弾き出す。


枯れ葉さえ姿を消した冬の始まり。身を縮こませながら立っていると、一台の車が入って来た。
すぐさま所定の位置に誘導し、運転席に駆け寄る。
「いらっしゃい…」
嘘だと思った、信じられなかった。俺は言い慣れた言葉が何一つ言えなくなってしまっていた。

電子タバコを加える大学生の風貌をした奴の奥、助手席にスマホに夢中になる花がいた。

「レギュラー満タン」

運転手の男はこちらノールックでクレジットカードを出してくる。
だが、彼女に見惚れる俺は動けなかった。彼女はスマホをLINEをしているようだ。
しかし、ポケットの中のスマホは静かだ。それだけで俺じゃない誰かを相手にしていて、俺は彼女の視界に入れていないことに気づく。

「何?」

立ち尽くす俺に男は苛立ちまぎれに、睨む。
その様子を見ていた店長が慌てて駆けつけ、俺を跳ね除け、詫びを入れる。
まるで子供のように店長に連れられ、給油口を開く。
トリガーを引くと、勢いよくガソリンは流れ込み始めた。
その間もしきりにサイドミラーに目をやる。

「裕太、そんなイライラしないで」
「だって、あのノロマがさ」

彼女は俺に気づく気配なんて、一ミリもない。
彼女の口元が釣り上がるのが見える。
俺が半年前、何度も見た景色だ。

そう、たったの半年前。

半年前、まだそう暑くなかった頃。
俺と花は友人を介して、知り合い。何度目かのデートでお互いの好意を知った。

「今の時代、燃料代高くてバイクの維持費もバカにならねぇよ」

仲間がどんどんバイクを降りる中、

「ここで風浴びるの、気持ち良いんだ」

その言葉が聞きたくて、俺はバイクを降りることを辞めなかった。
全ては花を幸せにしたい。そんな俺のプライドの為、俺は花に自分を良く見せる為に金を稼いだ。

当時、高校を出たての俺たちには特別な娯楽なんて何もなかった。
だからこそ、毎日互いの家の間か彼女の大学の最寄りの駅で落ち合い、どっちかが帰ろうとい言うまで、一緒に過ごした。


来る8月13日。俺の19歳の誕生日の日。
彼女はわざわざ大学を休み、一日俺に時間を預けてくれた。

「私、お金ないから何もあげれないけど。代わりにどこへでもお供しますよ。お前さん」

屈託のない彼女の笑顔は19年間生きてきた人生の中で何より嬉しいプレゼントになった。

130km

彼女が好きそうなディズニーランドへ走ったが、
「人混みよりもここが良い」と頑固な彼女はバイクを降りようとはせず、園の外周を走りながら、中から聞こえる黄色い声に同調するように二人笑い合い、彼女のリクエストで九十九里浜へとバイクを走らせた。

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「涼しいね」

九十九里浜に着く頃には日は傾き始めていた。
砂浜へ走り出す彼女を追いかけて、俺も必死に砂の上を走る。
届きそうなのに掴めない彼女の手は、何度も俺の手を霞める。
辺りが闇に包まれる頃、砂浜にはバイクのライトに照らされた二人の凸凹な背中。
何を話したかは覚えていない。
でも、彼女の笑った姿を写真に撮ろうとして、何度も阻止されたこと。
せっかく撮れたその写真の彼女は、避ける彼女とフラッシュが走り、何だかわからない物になっていた事。その写真で何時間も笑えた事。
誕生日が終わったというのに、楽しい時間はいつまでも終わりが見なかった。

「今日はあそこに泊まろうよ」

船の形をしたそのホテルは先程まで、二人が踏み鳴らした砂浜を一望できた。
互いの眼を見つめ合い、ベッドの上で向かい合わせになる。

「いつか、幸せにしてね?」
「ん?どういう意味?」
「もう。わかってないな」

むくれる彼女が枕に顔を埋める。枕を掻き分けて、唇を交わす。
時間が止まった音がした。
一ヶ月後、彼女は花は音信不通になった。
兆候もなく、原因もわからなかった。
結局、そのまま二人の時間は進まなくなってしまった。

あの夜から、半年。
どれだけ考えてもわからなかった答えが目の前にあった。

「あとは一歩踏み出して、声を掛けるだけ」

給油口のキャップを固く閉め、助手席に歩み出す。

「なんて言葉から切り出せば、良いだろうか?」
「彼女は覚えていてくれているだろうか?」

サイドミラーに自分が大きく映り込んだ瞬間。
男はアクセルを強く踏み込み、車は颯爽と走り出した。

「あの娘の心は透けて見えない」

そう言われたみたいで、俺は車が残した廃棄ガスを見つめることしかできなかった。
ただ彼女の残像を浮かべて、噛む下唇に力が籠る。

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