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「変わりたい」を育む 〜少年院と特別活動〜

1.ある日の思い出

 2011年秋、長野県にある男子少年院・有明高原寮を訪れる機会を得ました。この有明高原寮は、周囲に壁やフェンスがないことから、日本で最も開放的な少年院と言われています。私がそこを訪れたのは、毎年行われていた「鐘の鳴る丘コンサート」を参観するためでした。この「鐘の鳴る丘コンサート」は、少年院で生活を送る少年たちと地元の子どもたち、そしてコーラスグループとの歌の交流として始まりました。その後30年も続いたコンサートは2011年のこの時を最後に、幕を閉じようとしていました。少年院の敷地内に建てられた体育館で、やや緊張した面持ちで一生懸命に歌う少年たち、それに応えるように優しい歌声を披露する地元の子どもたち、その歌の交流を見守る大人たちの姿が、そこにありました。

 少年院は、司法の枠組み内部にある教育の施設で、学校教育とは異なる条件の下で教育が行われます。例えば、24時間拘禁状態にあるので親元での生活はできずに寮生活を送りますし、悪風感染防止や社会内の上下関係を持ち込まないために、在院生同士の自由な私語は制限されています。また、学校のように怠学は難しく、病気や個別の配慮すべき事情がなければ授業に参加しなければなりません。

 こうした管理統制された空間で実施される教育の中でも、特に興味深いのが「特別活動指導」です。少年院が所在する地域の資源を生かした、様々な活動が行われており「少年院の多様性」を語るならば、第一に注目すべき教育領域です。とはいえ、法によって管理統制された場所で特別活動が目指す「自治」「自立/自律」を学ぶことはできるのか。そもそも「学校での活動に積極的でなかった彼らが、そのよ うな教育活動に熱心に取り組むはずがない」のではないかなど、様々な疑問を持たれてしまいます。ですが、結論からいえば「特別活動にこそ『立ち直り』の仕掛けが隠されている」といえます。いくつかの少年院で特別活動を参観しましたが、子どもの変容を喚起する「促進剤のような効果」を目の当たりにします。
 

2.少年院で実施する特別活動の意義

 それを説明する前に、少年院における教育(=矯正教育)の特別活動領域について確認したいと思います。特別活動領域は「自主的活動」「院外教育活動」「クラ ブ活動」「レクエリエーション」及び「行事」の5つの指導細目を置かれています(横澤 2006)。具体的には、寮ごとの教育力を生かした指導(集会指導、役割活動)、行事指導(運動会、文化祭など)、各施設の地域特性を生かした指導(野外教育など)が含まれます。いずれも、指導者である法務教官の働きかけを通して、少年が協働関係を築く、主体性・自主性を養う、寮集団から高次の集団活動へ発展させる、院内生活の社会化を図るなどを目指しています(横澤 2006:262)。

 入院以前は不規則な生活を送ってきた少年にとって、少年院での規則的な生活習慣を身につけることは、向社会的な生活を送る第一歩となります。少年院に入院してから院内のルールに則った生活リズムを作っていきますが、それは大変なことでしょう。慣れない生活では担任となる法務教官の援助が必要不可欠です。とはいえ、教官や院内の規則に従うという受動的な態度だけが強化されれば、今度は社会復帰後の生活で困ることになります。頼るべき大人が常にそばにいるとは限らず、自分自身で「向社会的な生活」を維持する必要があるからです。そこで必要となるのは「自律性・自立性」ですが、教官や規則に従う姿勢がその育成を阻む可能性があります。そこで、集団力を生かした教育活動(自治活動)が必要ですし、その必要性が学校教育以上と言っても良いかもしれません。

 この特別活動の中でも、特に「行事」は外部に開かれているものも多く、在院する少年は「少年院にいながらにして社会交流の機会」を得ることができます。冒頭の「鐘の鳴る丘コンサート」も、その一例です。行事を契機として地域住民と交流の場を持つことは、少年自身が社会復帰に向けて「前向きな社会像」を築く重要なチャンスでもあります。近年、在院少年の特徴として被虐待経験、貧困・困窮、病気・障害など様々な問題を抱えていることが指摘されていますが、そもそも「社会」というものに前向きな印象を持っておらず、さらに不平等や格差に満ちた社会に「少年院出院者」として帰っていかなければならない少年にとって、「社会生活」とは時に非常に恐ろしいものとして認識されています。行事と通して理解ある大人と交流し、「社会」に前向きなイメージを持つことは社会復帰への動機付けにも作用するでしょう。

3.海外の矯正施設での試み

 ちなみに、海外の矯正施設でも、特別活動領域に属する様々な活動が行われています。日本でもよく知られたものとして、フィリピンのセブ刑務所で実施されている「受刑者ダンス」が有名です。ダンスは観光者向けに公開されています。刑務所の運動場に大勢の受刑者が整列し、本格的かつ本気のダンスパフィーマンスをする姿は圧巻です。You Tubeなどで視聴することもできますが、セブ刑務所の「受刑者ダンス」は観光資源の一つとして存在感を増しています。ダンスパフォーマンス終了後は、観客と受刑者で記念撮影もできるというので驚きです。このパフォーマンスは、2007年に受刑者同士のストレス軽減や協調性を養うことを目的として、更生プログラムの一環として開始されたと言われています。この実話を元に「Dance of the Steel Bars」(2013)という映画が制作されています。

また、イタリアのレビッピア刑務所の演劇実習は「塀の中のジュリアス・シーザー」(2013)というタイトルで映画化されたことでも有名です。この刑務所では、殺人などの重犯罪に関与 した受刑者が、シェイクスピアの作品に挑む中で、自らを見つめ直していく過程が描かれています。同じく演劇活動では、サンフランシスコの女子刑務所で行われているメデア・プロジェクトも有名です。こちらも「トークバック沈黙を破る女たち」(2013)というタイトルで映画化され、日本でも話題となりました。タイトルにある「トークバック」は、舞台終了後に設けられる演者と観客の対話の時間です。犯罪という行為を選択するに至る過程には、様々な被害や抑圧の経験が横たわっています。ところが「誰かにとっての加害者」である受刑者たちには、その被害や抑圧の経験を語る場がありません。その奪われた言葉を取り戻し、他者と共有することで初めて、犯罪に至る過程や巻き込まれた他者を理解していきます。舞台を作り上げていく過程での仲間同士での対話、そして観客とのトークバックを通して、自分を見つめ直して立ち直りへ向かう主体性を獲得していく様子が丁寧に描かれています。

 よりユニークな取り組みとしては、ブラジルのミナスジェライス州の「Miss Jail」 という、収容者を対象としたコンテストがあげられます(Mega Brasil、2016 年 5 月 4 日掲載記事)。 実施の背景には、ブラジルの女性刑務所が抱える深刻な過剰収容問題があります。セブ刑務所の受刑者ダンスも同様に、過剰収容という問題に対する一つの打開策として実施されたものですが、「Miss Jail」も単調な受刑生活に目的意識を持たせるものとして期待されているようです。審査は、外見の美しさを競うのではなく、自己に対する意識や 社会復帰に向けて取り組む姿勢が評価されます。

 各国で試みられる矯正施設での活動は、日々の単調な生活に変化をもたらすだけではなく、協調性を身につけ集団の成員としての役割を学ぶ、地域交流を経て社会復帰の具体的なイメージを作る、表現を通して家族や身近な他者へ「自分」を伝える、関係を再構築するなど、社会復帰や立ち直りを促進する効果があると期待されています。


4.「北風と太陽」なら「太陽方式」がいい

 日本の矯正施設にも、地域特性に応じた様々な特別活動があります。上記で紹介した演劇活動は、仙台市にある青葉女子学園という女子少年院でも行われていました。毎年、半年ほどかけて創作オペレッタという音楽劇を在院生で作り上げます。劇の台本はもちろん、劇中で資料する曲や歌詞も自分たちで作ります。衣装や部隊もです。台本や歌詞には、在院する少女たちの経験や想いが込められています。過去を悔いる気持ち、変わりたいと願う気持ち、家族や被害者に対する気持ち、様々な感情が言語化され、劇中のエピソードや登場人物の台詞として組み込まれていきます。自分たちで作り上げた台本を自分たちで演じながら、感情を整理していくわけです。少年院の文化祭で上演されていたのを、私も何度か観覧したことがあります。

 こうした経験は、「(立ち直るために)変わらなきゃ」から「変わりたい」へと変化するきっかけになっているように思います。「変わらなきゃ」は誰かから問題性を指摘されて感じる「頭で考えた『変わらないとまずいらしい』」という変容観ですが、「変わりたい」は自分の欲求として求めるものです。少年院や刑務所をでて歩む社会生活再建の道は、非常に厳しいものです。また、誰かに強く方向付けられたものは、その「誰か」が居なくなってしまうとモチベーションの維持が困難になってしまいます。であれば、自分自身の希望として「変わりたい」という心からの願望とするのが良いのではないかと思います。そして、特別活動には「変わりたい」と少年自身に思わせるような様々な感動体験があるのです。

 こうした特別活動の働きかけの意義は、『北風と太陽』という童話でいうところの太陽方式にあたるでしょう。周囲を暖かく包み込み「上着を脱ぎたい」と言う気持ちを生じさせるのと同じように、少年自身が「変わりたい」と強く願うように前向きな成功体験で包み込むわけです。けれど、最も重要なことは「変わりたい」という気持ちを持ち続けられるように、より強く「変わりたい」と思い続けられるよう、私たちにどのようなサポートができるか、ということではないでしょうか。矯正施設での特別活動には、しばしば否定的な意見もあります。演劇・合唱・スポーツなどの「楽しめる活動」は、その「楽しんでいる様子」が「反省していない」「罰になっていない」と指摘されるからです。

 ですが、厳しく追い詰めることだけが「更生」や「変容」、「立ち直り」ではありません。向社会的な経験を通して「こうなりたい」という希望を持たせることもまた、立ち直り支援といえるのではないでしょうか。


文献

横澤宗彦、2006「行事におけるプロセス学習 その1 運動会」、矯正協会編『矯正教育の 方法と展開』矯正協会、pp.259-279


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