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04 剣鬼

「おまえ、勘違いしているだろ。俺はおまえが学校通って友達と遊んでいる時から、人を殺しているんだぜ? 仲間の居所を言わないと殺すとでも言うと思ったか? 俺がそんなに優しい事を言うような奴に見えたか? 言っても殺すし、言わなくても殺す」
 髪の毛を掴んだ手で、地面に叩きつける。その後わざとらしく微笑んだまま顔を覗き込む。優しく頭を撫でてから、ぽんぽんと軽く叩いた。
「なに、手間がかかるかかからないかの差であって、おまえのお友達もみんなぶっ殺してやる。あぁ、そうだ。俺、おまえらのせいで金欠なんだよ。おまえが金持っているなら、見逃すかもしれねぇぞ?」
 そう言ってロニーは再び倭刀の鞘を前後に動かした。これ以上は切り進めるには一度倭刀を引き抜いて、別の箇所に突き立てないとできない。けれど傷口が刀身を擦り上げるだけでも十分な痛みを与えることに成功していた。
「うあぁぁっっ! た、助けて! 金ならポケットに! あぁっ、あっ、助けてくれ……」
 恥も外聞もなく涙を流し、ロニーに向かって命の懇願をする。ロニーは顔色を変えずに倭刀の鞘を揺すった。
「ひあぁっ! あ、助けて! 頼む、許し……ぐがぁぁっっ!」
「まぁ、なんだ。まずは俺の質問に答えるべきじゃねぇの? なぁ、週末のガウトの幹部襲撃やった連中どこにいるんだよ? ヴィズルの本部が全員寝泊りできるだけ広いとは思えねぇんだけど? 地上か?」
 ガウトの本部もヴィズルの本部も第五区画に存在する。互いに敷地面積は広いものの、百人近い構成員を、ましてやヴィズルは百人以上の構成員を抱えている。その全員が本部で寝泊まりできるはずもない。
 現にロニーとて第五区画にフラットを借りて一人暮らしをしているのだから。
 だがエイキンへの出入り口は中央区からになる。そう考えると毎日地上と地下を行き来するのは、時間の無駄になる。必ずどこかに住処があるはずだ。
「地下! 第二区画、第二区画だよ! だからっ、あぁっ!」
「おまえ、第二区画がどれほど広いか知っているか? あ?」
 髪の毛を掴んで地面に叩きつける。しゃべれなくなるほどやっては本末転倒だが、こちらが生易しいと舐められるのは我慢がならない。
 痛みも恐怖も絶望も、魂にまで刻み付ける。死の瞬間まで怯える程の、最大限の無慈悲な恐怖を味あわせる。
 それがロニーの流儀だった。
「バーグ通りの裏っ! い、入り組んでいるけど、建物が水色だから目立つ、あぁっ」
 それを聞いてロニーはふとセシリアを思い出した。バーグ通りの裏は丁度セシリアのフラットもある。ただ水色の建物にも同時に記憶があった。
「あぁ、もしかしてあそこか? ルジェンダ鍛冶屋の近く」
 エイキンに倭刀を持つ人間がいるように、当然刀鍛冶師も存在する。倭刀を愛用するロニーは、エイキン中の刀鍛冶師を知っている。その中でガウトの御用達の鍛冶師と、ヴィズルの息がかかる鍛冶師、そして絶対的な中立を取る鍛冶師がいる。
 ルジェンダ鍛冶屋は絶対的中立だ。誰の得物でも預かるし、同じように仕立てる。代わりに店の中も中立地帯とし、万が一先に暴れる者がいたら、その組織の人間は出入り禁止にすると通達してある。
 相当腕のある鍛冶師であるため、ロニーも世話になったことが何度もあった。
「あぁ、名前は知らねぇけど……鍛冶っ……あぁっ!」
「何階だよ?」
「二階! 二階の、階段っ左! 痛ぇよ、助けて、助けてくれ!」
「二階の左? 二階に上がって左に曲がった部屋全部か?」
「手前から三番目の部屋! だから、頼むよ…」
 ロニーは聞きだした情報を口の中で反芻したあと、目を細めて笑った。そして泣いて懇願する男の頭を撫でた。
「そう泣くなよ? マフィアならこのくらいよくあることだろ? なぁ? 男の子だろ? 泣くんじゃねぇよ」
 殊更優しくそう言って、立ち上がって男の腕を踏みつけると一気に刀身を引き抜いた。
「ぎゃぁぁぁっ!」
 引き抜く瞬間も肉を切られ、再度絶叫する。それを見下ろしながら、ロニーは躊躇いもなく背中から刀身を突き刺した。
「ぐあぁっっ……が…あ……」
 裏切った! そんな目つきで睨まれても、ロニーはうっすらと笑うばかりだ。
「おまえ、マフィア向きの人間じゃねぇなぁ? 単なる口約束を信じるなよ」
 長年扱っていれば心臓の位置はある程度把握している。心臓を突き刺しても即死はしない。けれどその肉が切り裂かれる痛みに、異物が挿入してくる痛みに息が止まりそうになる。そして全身を巡る血液が傷口から爆発的な勢いで吹き出すため、急速に血圧が下がり貧血状態になる。また肺へ血液が巡る量が絶対的に不足し、窒息に近づく。死への恐怖でショック症状も加速する。
 ここまでの過程は瞬く間にやってくる。銃で撃つ場合は、急所に直撃するか、或いは大口径でもなければなかなか簡単には死ねない。地上での抗争ならば大口径も持てるだろうが、ここは地下都市だ。
 法の目の届かない悪徳の都。
 力こそが正義の背徳の街。
 この街には死臭が溢れていた。
「まぁ、どちらにせよ俺は気が変わるかもとは言ったけど、助けてやるなんて確約は最初からしてないし」
 肩をすくめてロニーは笑う。何かを言いたそうに震える半開きの口からはよだれが流れ、恨みがましい瞳は焦点が合わないまま虚ろに見開かれている。
 立ち込める生臭さにも顔色一つ変えないまま、ロニーは男のジーンズのポケットから財布を引き抜いた。
「なんだ、大した金じゃねぇな。この間だめにしたみかじめの半分にもならねぇじゃん」
 そう言いながら札だけを引き抜いてポケットにねじ込む。
「誰か助けてくれたらいいな? 地上なら誰かがレスキューか警察呼んでくれるんだろうけど、あいにくここはエイキンだからさ。警察もレスキューもこねぇし、下手すりゃ、葬儀屋も来ねぇぞ。お仲間が死体回収に来てくれたらいいな。ブローカーが見つければ、新鮮なうちに材料貰っておこうって、おまえの内臓を拾いに来るかもしれないけど。じゃあな。遊んでくれてありがとよ。そこそこ楽しかったぜ」
 ロニーはそう言って倭刀を引き抜くと大きく振った。半死半生の男から倭刀を引き抜いて、男の着ていたシャツの裾で血を拭った。それから鞘に納めた。
 エイキンの流儀を知らない男を見てロニーは暗く嗤った。
 エイキンと一言に都市名として知られているが、そこにはこんな意味がある。
 ――荒れ狂う者、と……
 日の光を浴びられない、暗い地底の底で殺し合いをするのがエイキンの本領だ。それをどんな都市にでもある単なる治安の悪い犯罪都市と、舐めてかかった方が悪い。
 ロニーは何事もなく歩き出す。長物を下げて歩いているのだから、ロニーがマフィアであることは見ればわかる。逆らえば殺されるとわかっているだけに、誰も見向きもしない。
 ロニーは知らずに鞘に手を置き、笑っていたのだった。

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#小説 #オリジナル小説 #アクション #バイオレンス

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