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03 剣鬼

 第二区画までやってきていたロニー・フェリックスは、ふと先日自分を助けた女のことを思い出していた。
 セシリアと名乗ったあの女は、当分エイキンには潜らないと言っていた言葉通りに、エイキンへは来ていない。あの口ぶりもそうだが、殺風景な部屋から想像するに、本当にあの部屋は寝るためだけに借りているのだろう。先ほど行ってみたが、留守のままだった。
 相変わらず第二区画まで来ると一般人も多く、人通りも激しい。一年を通して変わらぬ常夜の都市は、朝も昼も夜も関係なく欲望に満ち溢れ、そんな欲望に目をくらます人間にテグスを引いて闇の中に引きずり込もうとしていた。
 この街に生まれ育ったからこそ、一目でどんな人間かはわかるつもりだ。
 常夜の世界でしか生きられない者。
 自分だけは大丈夫と過信して欲望に浮足立った者。
 何も知らない迷宮に紛れ込んだ不安に満ちた者。
 この街は誰でも受け入れるけれど、誰もが生きていける場所ではない。
 生きる力のない者は淘汰され飲み込まれる。
 けれどあの女、セシリアはわかりやすいのにわからない女だった。
 裏表がなさそうに見えて、しっかりと裏の顔がある気がする。打算もあるだろうが、人を陥れるようなことはしない人間だろう。ぽんぽんと口は達者で気付けばするりと人の間合いに踏み込む癖に、肝心な場所まで踏み込まず一定の距離を保つから図々しさがなくむしろ心地いい。
 時間が立つ程に、自分の願望も入り混じってきているような気がして、どうにもすっきりしない。
 もう一度会えば多分はっきりする。触れる事ができる女が物珍しいだけなのか、それとも自分にとって特別な女なのか。
 そのためにはヴィズルのやんちゃ共に、灸を据えて大人しくさせなければならない。
 セシリアはエイキンの街が荒れている間は、近付かないと言っていた。荒れるのはいつものことだが、最近のヴィズルの連中の付け上がり方は、地上からの流れ者を多く入れ過ぎた結果だ。
 ならば地上から来た馬鹿どもに、この無法地帯の流儀を教えてやろうと思った。どのみちこのあたりで連中を締め上げなければ、ガウスは舐められたままになる。力を誇示してこそのマフィアだ。ガウト・ナンバーフォーの名は、鉄火場でこそ生きてくる。
 スペンサーがピザを買いに行った隙に倭刀を片手に抜け出し、携帯端末機の電源を消した。タクシーで第二区画まで乗りつけ、そこから連中を注意深く探していた。
 連中はガウスがケツモチをしている店を偵察し、みかじめ料の回収に来た構成員を挟み撃ちにして攻撃している。だからロニーはガウスが持つ店を全部回っていた。しかしロニーが撃たれて以来、ガウスでは一人行動は禁じるよう達しが出ている。少なくとも、定期的に訪れるみかじめ料の回収時だけは、最低でも完全武装した二人一組だった。そのためヴィズルの連中もなかなか手出しできなくなっているようだった。
 そしてそのうちの一軒で張り込んでいる連中を一人見つけ、路地裏にさらったところだった。
 鞘で腹部を打ち付けて、前屈みになったところで顔面を蹴り上げる。
「ぐうっ!」
 男は鼻血を吹きながら仰向けにひっくり返った。引かぬ腹部の痛みと、顔面への痛みで涙が出るのか、体を折って腹を抱えギュッと目を閉じて声にならない悲鳴を上げる。ロニーは慣れた作業で更にもう一度、今度は背中を蹴り上げた。
「止めろ!」
 止めろと言われて止めるマフィアなんているわけねぇだろと思いながら、肩を踏みつけると相手は地面に手をついた。ロニーはそれを見下ろして、漆黒の鞘から倭刀を引き抜いた。知らず口角が吊り上り、笑っていた。
「ふっ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
 肉を裂き、骨を砕く確かな手ごたえと、地面に刀身が突き刺さった振動が鞘に返ってきた。手を引けばさらに肉が切られる。動かさなくても、ロニーがわざと刀身を揺さぶり肉を切り裂く。地面には瞬く間に血が染み込んでいく。
 まずは耐えられる痛みからだ。致死に至る程の痛みを与えては、聞き出したいことも聞き出せない。
「この間はどうも。おまえらのお友達に遊んでもらって楽しかったんで、お礼したいと思っているんだ。なぁ、先週末のガウトの襲撃やった連中、どこにいるんだ? 本部か? えぇ?」
 肩を踏みつけたまましゃがみ込むと、ロニーの脇腹や肩にも痛みが走る。怪我は殆ど癒えていない。表面的に傷が塞がっただけで、まだ完治には程遠い。
 けれどマフィアなどという血生臭い稼業をしていれば、嫌でも痛みとは馴れ合うことになる。
 若干痛みに表情を歪めはしたが、苦鳴を上げることなく、むしろ愉悦を含ませた目つきでロニーは笑った。
「し、しぎゃぁぁっ!」
 知らないというお決まりの文句は最後まで言わせなかった。
「知らねぇわけねぇよな?」
 突き刺した倭刀の鞘を掴んで前後に揺する。ぎちぎちと傷口は開かれて、鮮血は更に地面に赤黒い広がりを見せていく。
「それともなんだ、おまえヴィズルに友達もいねぇのか? 嫌われてんの? だせぇなぁ?」
「いあああっ! 止めっ、あぁぁっ……!」
 執拗に鞘を動かし傷口を広げていく。筋肉を切り広げ、神経を断ち切る。拷問は少しずつ相手に与えてこその拷問だ。一気に重症を負わせては、拷問の意味などない。
「やっ…止めてくれ……」
下手に動いても傷口は広がるし、不用意に倭刀に触れるとどこかが切れるだけでは済まない。だからこそ男は悲鳴を上げながらも動けずにいた。
「ところで、おまえ地上から来たんだろ? 地上からエイキンに来た感想はどうだ? 楽しいか? 地上と違って毎日悪い事し放題だもんなぁ? 殺し合いをしても警察も来ねぇ。楽しいよなぁ? 思う存分殺し合いができるもんな。俺、ヴィズルに入ったんだぜって、地上で粋がってるのか? なぁ、おまえらアホだろ? マフィアごっこのつもりでいるのかもしれねぇが、こっちは生粋のマフィアなんだよ。ヴィズルの連中とはわけが違う」
 ロニーはそう言うと髪の毛を掴んで顔を引きずり上げる。しかし右手は倭刀に串刺しにされ、その右肩は踏みつけられている。その上で髪を掴んで引きずり上げても、わずかにしか顔は上がらない。
 蹴られたために鼻血を流し、前歯も衝撃で折れてしまったようだった。あまりの痛みに涙と鼻水も出ていてぐちゃぐちゃになっている。
 ロニーはそれを見下ろして冷たい笑みを浮かべた。

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