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02 剣鬼

 スペンサーはロニーの部屋の前まで来ると、カードキーで開けた。ここ最近ロニーが寝たきりになっているので、預かっているのだ。
「ん?」
 しかし開けたと思ったのだが、ドアノブはしっかり施錠してあった。もう一度カードキーを差し込むと、今度こそ扉は開いた。
「ピザ買ってきたぞー」
 そう言いながらそのまま屋内へと入った。
 壁際のスイッチを押して照明を灯す。男一人所帯だが、案外ロニーは綺麗好きなのでそう散らかってはいない。その割に、ごみ箱だけはいつも山もりになっている。この辺りは男所帯であることを感じさせた。
「おい、起きているのかー?」
 そのまま居間に入り、奥へと進む。テーブルの上にピザとビールが入った袋を置いて、入れ違いにテレビのリモコンを手にし、壁に埋め込まれたテレビの電源を入れた。
 テレビは若手芸人のコントをしていたので、そのままにする。
 踵を返し、居間の隣の寝室へと向かう。
「ロニー、入るぞ」
 扉を開けると、ベッドには誰もいなかった。さして広い寝室ではない。クローゼットとベッド、サイドボードがあるくらいだ。ロニーは若いが幹部であるということもあり、本部に顔を出すときはジャケット姿を好む。その割、倭刀使いで返り血を浴びる機会が多く、すぐにシャツもジャケットもダメにする。
「ロニー……? 便所か?」
 わざわざロニーがスペンサーから隠れる必要もないが、念のため寝室をぐるりと見回した。やはり寝室にはいないようだった。
 寝たきり状態とはいえ、起き上がれないわけではない。痛い痛いと文句を言いながらも、風呂にもトイレにも一人で行くのだから、そう心配したことでもない。
「先に食ってるぞ」
 寝室のドアを閉めて、居間のソファーに近づく。どかりと腰を下ろし、まずはビールを取り出した。
 飲み切りタイプの瓶の栓を抜いて、一気に流し込んだ。炭酸の爽快さと苦みが口の中ではじけて喉を滑り下りていく。
「あー……」
 ひとしきり呻いた後、さっそくピザの箱を取り出した。蓋を外すとチーズとベーコンの香りが広がる。
「どれどれ……」
 すでに切り分けられているピザを一切れ摘まむと、解けたチーズが糸を引いた。それを指ですくって口元に運び、ぱくりと指ごとしゃぶる。それからピザを頬張った。
 いったいいつからトイレに入っているのだろう?
 そう思って振り返った瞬間、壁にかけられた倭刀に目が留まった。
 ロニーは倭刀と呼ばれる長刀を使う。片刃でしなやかな反りがあり、恐ろしく切れ味がいい。だが一本きりで刃こぼれした日には、翌日から得物が無くなる。二本目を使っている時に同じことが起これば、丸腰になってしまう。そういうこともあり、ロニーは常に三本の倭刀を所持していた。
 つまり寝たきりで養生している今、現在三本壁に掛けられていなければならない。
 それなのに、そこには二本しかなかった。
「ロニー……おい! ロニー!」
 ピザを投げ捨てるようにして箱に戻し、慌ててトイレへと駆け込んだ。トイレのドアはあっさりと開いて、そこには誰の姿もなかった。
「あんの…ばか!」
 ジャケットのポケットから携帯端末機を取り出す。馴染みのロニーの番号を入力するが通信が入らない。向こうが電源を切っている証拠だ。エイキンは地下に存在するため、有線回線ならば地上からでも海底からでもつながる。しかし無線となると、地下は独立した地下専用の中継器で電波が繋がれるため、地上にいる場合は繋がらない。
 しかし、倭刀を所持して地上を出歩けば、地下では存在しないに等しい警察も、地上では我が物顔で闊歩している。すぐに捕まる。倭刀がないということは、地下のエイキンに確実にいるという証拠だった。
「くそっ!」
 悪態をついて、今度は現在組織にいそうな構成員に通信を入れた。
 呼び出し音は三回。誰かと雑談していたのだろう。少し楽しそうな軽い口調で応答した。
「そっちにロニーはいるか!」
 いるわけがない。それはスペンサーもわかっていた。わかっていながらも尋ねたのは、そうであったらいいというスペンサーの希望だ。
 しかしそんな希望など届くはずもなく、最悪の予感が的中したという結果がわかった。ロニーは本部には出向いていない。当り前だ。しばらく安静にしていろというお達しが出た。二晩入院し、昨日ここへ戻ってきた。本来ならもうしばらく病院にいたほうがよかったのだが、あいにく地下都市の病院は地上に比べると小規模で、入院施設そのものが小さい。そのため自力で動けるロニーは、通院しろと言われて追い出されたのだ。
 どちらにせよ、ロニー自身が暇だと喚いて退院したがっていた。
 だからと言って動き回れる程回復したわけではない。鉛玉二発を食らっていたのだから。一発は脇腹を貫通し、もう一発は肩に食い込んでいた。倭刀使いのロニーだったからこそ、この程度の銃創で済んだ。鍛えられた筋肉が鉛玉の進行を止められたのだ。ロニーは体を鍛えている。そうでなければ倭刀を使いこなせない。ただ振り回しても怪我をする。倭刀とはそうした武器だった。
「あのばか暴走したかもしれない。部屋に倭刀がない。第六区画を除く全区画を探せ。でもマンツーマンだ。絶対一人で動くな。武器を持て。ボスにも伝えてくれ。俺もすぐに探しに出るし、見つけ次第連れ戻す。お前らもロニーを見つけたら連絡を入れてくれ。下手にヴィズルを刺激するなよ。先走るな、いいな?」
 スペンサーはそう叫んでから通話を切る。ポケットに携帯端末機を入れ、代わりにジャケットの中のホルスターから銃を取り出した。
 護身用に持ってきていただけで、予備のマガジンがない。マガジンにセットされた弾薬は九発。今ヴィズルの連中と応戦することになったら、心もとない弾数だった。
「ふざけんなよ、ロニー……見つけたらぶん殴ってやる」
 ロニーの倭刀を一瞬見たが、スペンサーには刃物は苦手だ。あれはセンスがいる武器だし、なにより 一朝一夕では身につかない。スペンサーはそんな泥臭い武器よりも銃を選んだ。しかしロニーは銃を扱えても、それでも倭刀を選んだ。
 銃より余程扱いが悪い武器だ。何せ近距離でなければ効果を発揮できない。使い勝手が悪い。体力も技術もいる。けれど、この地下都市エイキンでは大規模な銃火器の制限がされている。マフィアとてそのくらいは心得ている。何かしら、大規模な破壊につながれば、地下都市が埋没してしまう可能性もある。そのため、大口径の武器で戦うことはなかった。
 だからこそアナログ武器が効果を発揮する。地上や空中都市、海底都市では持ち込みが不可能な倭刀は、無法地帯エイキンでこそその真価を発揮する。
 身体を切りつけ、あるいは切り落とし、鮮血に染め上げる。銃を撃つより難しいが、銃より余程残忍に殺せる。殺意をより明確に刻み込める。それが倭刀だ。
 だから倭刀はマフィア間では好まれる武器だった。しかしそれを使いこなすための技量もそうだが、基本的な体幹ができていることと柔軟性、日ごろから筋力を鍛えている事、何よりもセンスがあることが求められる。
 その点で行くとロニーは剣鬼だ。一度倭刀を鞘から抜き放てば、血を見ずには終わらない。居ぬきも早い。間の取り方も、立ち振る舞いも、恐ろしい程に強かった。
 ロニーはいつかガウトのトップに立てるかもしれないと、密かに思ったことがある。
 けれども同時にそれはないなとも思う。
 ロニーはとにかく無鉄砲だ。思い込んだら即行動に移す。我慢というものがなかなかできない。頭はそう悪くはないはずだが、危険な場所であろうとなんだろうと、その身一つで乗り込んでいく。その度胸は認めるが、あれでは長生きできない。
 結局、ロニーの予備の倭刀を借りても使えないスペンサーは、持っている銃だけで対応することに決めた。
「手間かけさせやがって……」
 安全装置を外し、チャンバーに銃弾を装填したのを確認すると、改めて安全装置をかけた。しかしホルスターに戻すことなく、スペンサーは玄関へと足を向けた。
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