見出し画像

29 さよなら、僕の平和な日々よ

 警察関係者ではないとしても、政府に関わっている?
 では政府関係者だとして、なぜ稲元の誘拐のことを知っていて、美佐子さんと関わっているのだろうか?
 まず、稲元のじいちゃんの線から絡んでいるんだろう。
 政府が動くだけの収賄って……
 赤翼会がただの左翼じゃないって事?
「あら、何考えているのかしら?」
「えぇっ?」
 いきなり僕はすっと顎を撫でられた。明らかに僕の反応を楽しんでいらっしゃる様子。
「美佐子にあまり似てないのね」
「はっ……そ、そうですか」
 まじまじと見つめられ、ちょっと僕は赤面。
 言っておくけど、僕の女性の好みは清楚でかわいらしい女の子がいい。
 でも年上とはいえ、美女に間近で見つめられて、平然としていられるほど、場慣れしているとは言い難い。
 一応僕だって年頃の青少年だもの。
「ちょっと、人の息子で遊ばないでよ」
 おや、少し不機嫌な声。珍しい反応。こんなとき、美佐子さんなら喜々としてからかうだろうに。相手がこの人だからなのかな?
「遊んでなんかないわ。年下だけど、ちょっと好みかなって」
 うわっ……ちょっとマジに照れる。僕は口もとに手を当てながら立ち上がった。
「良一、でれでれしないの」
「してないよ。えっと……じゃ、あいつらどうするの?」
 ちょっと強引な話題転換だけど、確かにこのままの会話が続けば、いつまでたっても終わりそうにない。
「早苗にあげる。あたしはいらないもの」
 欲しいものじゃないけどさぁ? あげるとか、いらないとかいうもんじゃないでしょ?
 美佐子さんは疲れたように溜め息をついた後、ぐっと背伸びをした。
「じゃ、稲元君連れて行くわね」
「よろしく。君はどうするの?」
「家に帰ってご飯食べて、風呂に入って一晩寝たら、明日からいつもの高校生やります」
 うん完璧だね。なんたって僕は普通の高校生なんだから。
 僕は理想的なスケジュールを口にした。すると大林さんはくすりと笑った。
「美佐子とは性格も違うのね」
「マトモですから」
 そう切り返すと、大林さんはますます楽しそうに笑った。
 ところがその時、予想していなかったことが起こったのだ!


 パーンという乾いた音。僕たちは一斉にその方向を見た。
「銃声!」
 僕がそうだと気付いた時には、美佐子さんも大林さんも、その方向へ走り出していた。僕も続いて走り出す。校門の外には二台の車と一台のバイクが止められてあった。そのうちの一台、黒のステップワゴンは横のドアが開けられていて、傍らに人が倒れていた。
「どうしたの!」
 大林さんが鋭く叫んだ。倒れていて人物は意識があるらしく、顔をあげた。脇腹を撃たれたようだ。わき腹を押さえた手が赤く濡れ、シャツには血がにじんでいる。
「やつらです……くそっ……撃たれた……」
 大林さんは携帯を取り出してどこかにかけた。美佐子さんは撃たれた男の人の傍らにしゃがみ込んだ。
「稲元君を連れ去ったやつの特徴は?」
「松本……ナンバー2の……」
「早苗!」
 大林さんは電話をしながら頷いた。
 ど、どうしよう!
 人が撃たれたんだよ!
「美佐子、追って!」
「わかっているわよ! どこよ! どっち!」
「発信器……GPS……」
 GPS通信の発信器が取りつけられてあるってこと?
 大林さんはステップワゴンの助手席から、携帯くらいの受信機を取り出してきた。
「美佐子、ついてきて!」
「わかったわ」
「え、僕は……」
 とりあえず、救急車呼んで……でも事情を説明できないよ!
「君はこっち!」
「えっ!」
 僕は大林さんに手を捕まれた。
「で、でもあの人は!」
「連絡はしたわ! 追いかけるわよ」
「なんで、僕が!」
「人手が足りないの! これ持ってナビして」
 大林さんは僕に受信機を押しつけ、それからバイクにまたがった。僕は躊躇ったが、有無を言わせぬ雰囲気と勢いに飲まれて、バイクの後ろにまたがった。大林さんの肩に捕まったかと思ったら、いきなり発進した。後ろにぐっとのけ反りそうな勢いに、転がり落ちないようにするのが精一杯だ。
 バイクは夜道を走り抜ける。前を走る車を避けながら、すいすいと縫うように行く。エンジンの振動が、腹の底に響き渡る。
「どっち!」
 僕は受信機と、現在走行中の道を照らし合わせる。
「真っ直ぐ!」
「OK」
 何だってこんなことに……
 くそ!
 もう僕は戻りたくても戻れないところに来てしまったことを、実感するしかなかった。
 ジューンのときが平凡だったとはいえないけど、今度のものは事態が大きすぎる。確かにジューンのときも、CIAだとかなんだとか大変だった。二度と経験したくない程、非凡な体験だったさ。
 けれど今回のものは、もっと大きいような気がする。
 ジューンの時は個人対一組織だった。もちろんその組織の背景には、アメリカ合衆国がついているのだから、決して非凡ではない。
 でも今回は……個人対一組織の背景に、他にいくつもの闇が潜んでいる気がする。
 この大林さんの背景にも、きっと政界、そうでなければ同等の何かがある。
 そして赤翼会の背景にもそれはある。
 なぜそこまでして告発を防ぎたいのか?

28><30


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?