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27 さよなら、僕の平和な日々よ

  ふいに足音がしたので、僕は気絶した男をそのままに手すりに隠れた。
「ちょっと、このままにしておかないでよ」
 美佐子さんの肉声のぼやきに、僕は手すりから身を乗り出した。
「たった今倒したんだもの。そしたら足音したんで隠れたの。ところが美佐子さんだったってわけ。ちょっとくらい待ってよ」
 僕は気絶した男に近づくと、ガムテープでぐるぐる巻にしはじめた。美佐子さんも手伝ってくれたので、案外手早く男をみの虫三号にできた。
「で、残るは?」
「あんたの言う校長室でしょ? 一緒に来なさい」
「マズイよ! 稲元と同じクラスなんだよ?」
 本当にわかっているの、この人は?
「もう、細かいことごちゃごちゃ言わないでよ」
「言うよ! 少なくとも、僕は高校生活は普通に充実した日々を送りたいね。そのためには、こんなことがバレたら無理じゃん」
 僕がそう主張すると、美佐子さんはため息をついた。ため息をつきたいのはこっちだよ。
「廊下にいなさい。ほら、これでもして」
 美佐子さんは自分のサングラスを僕に投げてよこした。この真っ暗な廊下でサングラスじゃ、前が見えないよ。サングラスをずらして美佐子さんを見ると、美佐子さんは何を思ったのか、突然煙草を取り出して火をつけた。何度か吸い込むと、それを僕の口に押し込んだ。
「なっ……!」
 僕は煙草には興味がない。正直この匂いも好きじゃない。
「吸わなくてもいいから、咥えていて。校長室から少し離れたところで待機。校長室側の廊下に背を向けてれば、顔なんてマジマジと見ないわよ。みんなをつれて外に出たら、あんたは最後の一人を訊問して」
 つまりこの煙草とサングラスは、僕を高校生には見えないようにするための偽装だ。電気がついていれば、僕だということがすぐにばれそうだが、この暗闇の中黙っていればわからないだろうという、単純な嘘。
「訊問してって……何聞けばいいの?」
「馬鹿。なんのためにこんなものをしていると思っているの?」
 美佐子さんはそういうと、トランシーバーのイヤホンを指で弾いた。あぁ、なるほど。 美佐子さんが歩き出したので、僕もそれに続いた。美佐子さんが手で向こうへ行けと合図をするので、それに従う。
 美佐子さんは僕が指定されたところまで行くのを見届けると、先ほど男から取り上げた銃を手にした。
「!」
 それはマズイって!
 美佐子さんは、僕が制止する間もなく扉に手をかけた。
 しかし僕が止める間もなく、美佐子さんはドアを一気にあけ放つと、中に向けて一発発砲した。
「あぁっ!」
 明らかに撃たれた男の悲鳴がした。それに構わず美佐子さんは中に入っていく。僕は中に入って美佐子さんを止めたかったが、中には稲元たちがいるだろうし!
 あぁ! 人殺しはマズイよ!
『観念なさい。あんたたちの仲間は全員捕まえたわよ』
 イヤホン越しに美佐子さんの凜とした声が響いた。僕はぎゅっと拳を握った。
『な……何者だ、てめぇは……』
 美佐子さんの声よりは遠く聞こえたが、撃たれた男の声がした。よかった……生きているみたい。
でも、どこ撃ったんだろ? 痛そうにうめいている感じはしないな。
『答える義理はないわね!』
 叫んだかと思いきや。
「うわぁ!」
 もろ肉声で聞き取れる大絶叫が校長室からした。何をしたのかは大体想像がつく。
 僕の股間が再びキュンとなった。
『たっぷりと悪夢でも見るといいわ!』
 まるで正義のヒーローの啖呵を切ると、派手な物音が廊下にまで聞こえた。
 たぶん……悶絶してうずくまっているところを、情け容赦なく蹴り飛ばされたのだろう。
 どこを? 聞くまでもないだろう。
『さて、一段落ついたわね。あなたたち、平気かしら?』
 やはり人質はここにいたようだ。みんな無事ならいいけど……
『あなたは……』
 若い声……用務員のおじさんじゃない。北山だろうか……?
『ふふふ、こいつらの味方じゃないことだけは確かね。暗くてよく顔が見えないんだけど、捕まったのはこれで全員かしら?』
 美佐子さんがそういうと、用務員のおじさんが答えた。
『一人生徒が連れていかれたんだ』
 何だってぇ!
 誰が連れていかれたのかって聞かなくてもわかる。
 稲元だ!
『稲元が! 連れていかれたんだ!』
 僕の確信を強めるように、北山が叫んだ。
『どこかわかる?』
 美佐子さんが尋ねたが、これには答えようがないようだ。なにせ全員ここに捕まっていたのだから。
『悪いけど、その一人を助けに行くわ』
 イヤホン越しにごそごそと物音。どうやら縄を解いているらしい。
『あとはみんなで手助けして縄を解いて。学校内をうろつかずに、まっすぐに帰宅すること。警察への連絡は無用よ。こちらで手配済みだから。後日、事情を伺うこともあるかもしれないので、その時に協力してちょうだい。とにかく、まっすぐに帰宅することよ』
 そう言って美佐子さんは、いったん廊下に出たが、再び校長室に顔を向けた。
「それから悪いけど、あなたたちが縛られていたその縄でそいつを縛ってくれる? 床に落ちている銃に触らないこと。ま、触っても暴発はしないけど、あなたたちの指紋がついても困るから」
 それから美佐子さんは僕を見て頷くと、廊下を走り出した。僕もそれに続いて走り出す。校長室の前を横切るときに、一瞬だけ中を見たが、みんなそれぞれ縄を解くのに夢中になっていた。誰かがこっちを見ていた気もするが、この暗闇の中だ。お互い、そうはっきりと顔は見えない。
 階段を降りて一階にたどり着くと、美佐子さんは外へと飛び出した。僕も外へ飛び出すと、いい加減咥えていた煙草を投げ捨てた。僕は煙草には興味がない。
「良一、車よ!」
「でも!」
「友達を見殺しにしたいの!」
 うぅ、そう言われると嫌だと言えないしなぁ。
 でも……困ったなぁ……
 などと考えながらも、僕と美佐子さんは校庭に停められてある車へと向かった。
 車はやってきたときのまま、停車してあった。
 頼む、無事でいてくれよ!

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