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10 運命の女

「あー……だるい……」
 そう呟いてロニーはテーブルに伏せるようにして頬を付けた。しかし窮屈な姿勢と脇腹と肩に響く痛みに耐えかねてむくりと顔を上げると、向かいに座っていたスペンサーが呆れた顔をして溜め息をついた。
「だから帰って寝ろって言ったじゃねぇか。それに傷だって無茶して、またぱっくり開いちまってるし。ボスからもしばらくは大人しくしてろって言われているのに、なんでそう出歩きたがるんだ? 飯なら買ってきてやるって言ってるだろ」
「んー……」
 テーブルに肘をつき、頬杖をついてロニーはぼんやりと店内に目を巡らせた。
 金髪の女など腐る程いる。今こうしていても、他のテーブルにつく客に二・三人いる。ウェートレスも一人金髪だ。
 通りに出ればさらにいる。地毛が金髪の女も、染めて金髪にしている女も。ただし更にサングラスをしている女ともなると、日中に陽ざしの差す地上ならともかく、人工照明に照らされた地下都市では目立つ。その二つの組み合わせをした女となると、数は少なくなる。少なくともロニーが知っている女で、その条件に合う女はセシリアしか知らなかった。
 あれからセシリアはしばらく来ないという宣言通り、いくらエイキンで探しても見つからなかった。あの裏通りのセシリアのフラットにも足を向けてはみたが、不在のまま入り口は硬く閉ざされていた。
 女嫌いが治ったのかと思って、集金のついでに売春婦を捕まえて触ってみたが、いつも通り悪寒から始まって蕁麻疹が出る。根本的に何も変わっていなかった。
 それ以前にセシリアといても、最初から嫌悪感を抱かなかったのだと気付いたのは最近のことだ。
 ただその理由がどうしてもわからない。
 なぜそう感じなかったのか。
「はぁ……」
 溜め息をついて頭を抱えて俯いた。するとロニーの赤毛をスペンサーがくしゃくしゃと撫でた。煩わしさに顔をあげてスペンサーの手を振り払うと視線が合った。
「あの姐さんのことか?」
「……」
 顔を上げるとスペンサーが意味深に笑った。ここ最近、スペンサーはセシリアのことを面白がっているのか、時々口に出してはこちらの反応を窺ってくる。これまで散々、スペンサーはロニーに女嫌いを治させようとして、色んなタイプの女性を消しかけてきた張本人だった。
「まぁ、俺も調べてみたけど、このあたりではそこそこ有名だったな。トラブルシューターのセシル。イヤールクの女狐が、仲間にならないかって勧誘する程度には腕は立つようだが、それよりも地上とのコネが深いようだとさ」
 いつの間にかスペンサーはセシリアのことを調べていたようだった。まるでロニーが知りたがっているから、前もって調べておいてやったんだ、そんな顔をしているのでロニーはあえて素っ気ない表情を浮かべた。
「別に……気にしちゃいねぇよ」
「その割に、今までは女っていう女を遠ざけてきたのに、金髪の女を探してみたりするようだな」
「うっ」
 さすがに長年行動を共にしているだけあり、スペンサーはロニーの心情を見抜いているようだった。下手な言い訳をすれば、後々厄介になりそうで、ロニーは当たり障りのないことを口にしてみることにした。
「いやさ、偶然かもしれねぇけど……何の条件で平気だったんだろうなって……」
「惚れたか?」
 身を乗り出してスペンサーがニヤニヤと笑いかけた。ロニーは呆れたように言い返した。
「どのタイミングで惚れるんだよ?」
「さぁ?」
「……」
 惚れるも何も、セシルと出会った時から平気だったはずだ。最も初めにぶつかった時はそれどころではなかったのだが。
「連中への報復を先走ったのも、それが原因なんだろ? あの姐さんが早くエイキンに戻るようにするため。そうだろ?」
「いや、違う。むかつくからだ。人に二発もくれやがったんだぞ、あの連中は」
 ボスには行動にはまだ移すなと言われた。今はまだその時ではないし、ロニーも撃たれた直後なので、動くなと静止された。
 それで三日間は待ったが、待てたのは三日だけだった。元々我慢の沸点は低い。痛みの限界が収まれば、ふつふつと怒りがこみ上げる。
 そうして四日目には連中の行動を逆につけ回し、拠点を見つけると同時に倭刀とハンドガンを相棒にして単身乗り込んだ。
 嫌という程の恐怖を味あわせてやった。その鮮烈な赤を、血痕を、記憶と脳裏に焼き付けて離れなくなるほどに痛みと共に刻み付けてやった。
 ガウトのナンバーフォーの名は伊達ではない。
 二人を殺害し、八人に重軽傷を負わせた。おかげで塞がり始めた脇腹と肩の傷口が開いて、医者には相当怒られたが……
 一先ずロニーの復讐が功を奏したのか、ヴィズルの連中は行動を自重するようになった。
 しかしセシリアはそれでもエイキンの街には戻ってこない。
 ロニーは脇腹の傷にそっと触れた。表面は塞がっているが、表面だけだ。痛いものはまだ痛い。
「あぁ、もう……やっぱ帰ってもう寝ようかな……」
 軽く頭を抱え込むと、スペンサーが腕を伸ばして頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「そうしてもいいが、せめて注文した品だけは食って行けよ? タンメンの大盛りだろ。俺はワンタンメンの大盛りだ。二杯は無理」
 一人で二人分を食べるのは、さすがにスペンサーでも無理だ。それも両方大盛りで注文している。必ず食べて帰れよと、スペンサーが確認するようにして言ってきた。ロニーは心配するなというように頷いて見せた。
「それは食っていく。フラットに戻っても食い物ねぇし。食ったら戻って寝て…!」
 そう言って何気なく視線を巡らせた瞬間、店のドアの入り口からふらりとやってきたのは、金髪のショートボブにサングラス、そう探していたセシリアだった。

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#小説 #オリジナル小説 #アクション #バイオレンス

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