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34 殺戮のBB

 しかしハウンドのメインはカジノなどの賭博関係と売春宿。さらに殺しをはじめとした荒事が専門だ。売春宿に関しては物のついでとばかりにしているだけで、市場としての規模は小さい二流所だ。睡蓮華に比べるとささやかなものだ。そのあたり、沢本も沢本なりにニーナに気を使っているのだろう。
 この街の勢力図を塗り替えたいなら、やはり沢本が深く関与していないところから浸透していく方法がいい。ハウンドに正面から喧嘩を挑む馬鹿などそうそういない。
「薬……」
 咥えたままの煙草の灰がぽろりと落ちた。赤い火はすぐに消え、ビアンカの胸に灰となって散る。思わず渋面を作ってそれを手で払いながら、ビアンカは今自分が口にした台詞にハッとした。
 昨日デッドエンドで薬を売りさばこうとしていた馬鹿がいた。
 デッドシティの流儀、そしてデッドエンドの流儀を知らない馬鹿は、明らかにこの街に来て浅い連中だった。
 関係はないのかもしれない。しかしもしもそうだとしたら?
 そう考えた瞬間からビアンカはいてもたってもいられなくなってきた。
「零次!」
「あー?」
 丁度戻ってきてボマーの部屋の探索をしようとしていた零次に声を掛けながら、ビアンカは立ち上がる。咥えていた煙草を廊下に投げ捨て、ブーツの底で踏みにじった。
「悪い、用事思い出した。荷物はどのストリートのフラットに運ぶんだって?」
「ナインストリートだよ。カジノからそう遠くじゃないし、割とまともな建物だからすぐわかる。わからなくてもハウンドのフラットは? とそのあたりで聞けばわかるさ」
「げっ!」
 デッドシティの作りはひどく単純だ。砂漠の入り口がワンストリートで始まり、そのまま最深部がテンストリートだ。そして数字が高くなるほどにマシな暮らしができる分金もかかる。
「あたしは金ねぇぞ」
「そのあたりの交渉は自分でしろよ?」
 ボマーの部屋から顔を出した零次がにやりと笑った。
「わかったよ。じゃぁ、荷物頼む。あぁ、それからあたしの下着、おかずに持って行くんじゃねぇぞ」
 念のために釘を刺すと、ビアンカはデッドエンドへ向かうことにした。


 ビアンカの住処だったフラットと、デッドエンドはそう遠くはない。しかし明るい時間帯は営業していないデッドエンドに、店主の道明寺がいるのかどうかは謎だったが、とりあえず行ってみることにした。
 まだ明るいうちのデッドエンドだったが、道明寺はもう来ているらしい。入り口が開いていた。
「ちょっといいか?」
 入り口から店内を見回すと、テーブルの上にひっくり返した椅子が並び、いかにも開店前という雰囲気だ。ナオがモップを片手に床を掃除しており、ビアンカの存在に気付くとわざとらしく溜め息を漏らした。
「見ての通り開店前よ。よそへ行って」
「いや、違うんだ。まぁ、腹は減ってるけど……そうじゃなくて、道明寺いる?」
「何の用よ?」
 あからさまに怪訝な表情を浮かべ、モップをテーブルに立てかけてナオが近づいてきた。ビアンカは道明寺の姿を探すが、ここにはいないようだった。
「いないのか?」
「買い出し中よ。あいつに何の用?」
 落ちてきた赤い髪を煩わしそうに掻き上げる。どこかビアンカを警戒するような表情にも見えたが、ビアンカは構わずに続けた。
「ハウンドの仕事を引き受けることになったんだが、つなぎは道明寺に取れと沢本に言われた」
 すると意外そうに眼を丸めたあと、にやりと笑った。
「ふぅん? 何、あんたフリーやめてハウンドに入るの? やめておきなさいな。あの戦争馬鹿に付き合っていたら、命がいくつあっても足りないわよ」
 このデッドシティで沢本の名前を知らない人間はいないだろう。しかし沢本を戦争馬鹿呼ばわりするということは、ナオも沢本のことをそれなりに知っているということだ。
 親しくなければ、沢本を馬鹿呼ばわりできないだろう。
「別にハウンドには興味ねぇよ。ただハウンドの被った被害と、あたしの被った被害が一致していそうだから、今回は仕事を引き受けただけだ」
 ロハで、とは言わなかった。言えば言うだけタダ働きが空しくなる。自分のフラットが爆破されていなければ、引き受けなかったかもしれない仕事だ。
「あぁ、爆破……なるほど、あのフラットの部屋、あんたの部屋なんだ?」
 そう言うとナオはにやりと笑った。このデッドエンドの店からビアンカが住んでいたフラットまでの距離はそう遠くない。そのため、ビアンカがデッドシティを離れている間にあった爆発音を、ナオはこの店で聞いており、そのあとフラットの一室が吹き飛んだ話を聞いたのだろう。
「隣の部屋の巻き添えでな。あぁ、えぇっと……だからその隣の部屋の奴、ボマーって言って、文字通り爆発物を作っていた。それで自分が吹き飛ぶんだから世話ないが。ハウンドも関連性を疑っているようで、今家探ししている」
 今頃零次たちはボマーの部屋で手掛かりになるようなものはないか、探していることだろうが、何しろ爆心地。ビアンカの部屋以上に吹き飛んでいる。あれでは手掛かりとなるはずのものまでまとめて吹き飛んでいるかもしれない。

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