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35 殺戮のBB

「そのボマーだが、ジャンキーなんだ」
 そこまで言うと、ナオは椅子の一つを下して腰かけた。ビアンカは一度言葉を区切って、ナオに向かい合う位置の椅子を下して腰かける。
「昨日、睡蓮華でも爆破あっただろう?」
「らしいわね。見てはいないけど。沢本のカジノに睡蓮華。あとどこだったかしら……あんたのフラットを含めれば四か所目。あんたのフラットは事故だったにせよ、それまでは全部この街の権力者のところだから、まぁ、誰にでもわかることね。この街の新しい権力欲しさに入り込んだ馬鹿がいるってことでしょ」
「沢本もそう考えているようだ。で、昨日の睡蓮華の爆発の時、あの場所にいたんだ、あたし」
 そう言うとナオはあからさまに胡乱なものを見る目つきでビアンカに視線を注ぐ。
「あんた、女買うんだ?」
 睡蓮華は娼館だ。一流な娼婦だけがいる場所であり、男娼は扱っていない。そのため、ナオは普通の女なら要はない場所にいたというビアンカに、特殊な性癖があると思ったのだろう。
 当然、実際にそんな特殊な性癖のないビアンカは、うんざりとしたように言い返した。
「馬鹿言え、相方が睡蓮華にいたんだよ。寝床が爆破され、マネーゲートは店じまい。ここでピザ食って無一文。金がねぇから借りに行ったらこのざまだ」
 ビアンカはそう言って額の包帯を指差した。そこでようやくナオは納得したというように頷き、前に落ちてきた赤い髪を背に払う。
「あんた、災難続きね」
 同情的な呟きに、ビアンカは思わずうなずいてしまった。思い返すだけで疲労が増える気がする。
「まったくだ。そしてその現場で見たのが、ジャンキーだ。明らかにキメすぎてる顔した馬鹿が、バースデーケーキを運ぶかのような恭しい手つきで、爆弾を抱えてやってきた。そんでそのままドカンってわけだ」
 ビアンカが口にしたジャンキーという言葉の意図にようやく気付いたらしい。
「もしかして、昨日ここに来た馬鹿ども?」
「関係ないかもしれないが、関係あるかもしれないだろ?」
「なるほどね」
 そう言うとナオは立ち上がり、カウンターへ向かった。壁際に設置された電話を取り上げてどこかへかけ始める。何か思い当たることでもあるのだろう。
 デッドシティでは電気や通信施設が一応整っている。しかしそれは大戦前の設備の再利用であり、電気料金は馬鹿のように高い。そのため電気や電話などは、支払い能力がある人間に限られている。
 デッドエンドがその両方を賄えるということは、それだけこの店は繁盛しているという証だ。
「もしもし? 矢神だけど、沢本いる?」
 どうやらナオは道明寺を抜いても沢本とは親密な付き合いがあるらしい。ハウンド本部に直接電話して、沢本を呼び出そうとするのはそうそうできることじゃない。
「あぁ、そう……BBから仕事の話を聞いたわ。一連の事件に関係しているかもしれない薬の売人、昨日うちにきたわ。言っておくけど憶測だからね。道明寺が足に一発撃ちこんで、もう一人は手にフォークを刺されて怪我をしているはずよ。怪我を気にしているなら、昨夜はその足で茜のところへ行ったと思う。えぇ……」
 また聞いたことのある名前が出てきたとビアンカは思う。
 茜とは茜医院のあのお人よしの先生のことだろう。
 そう言えば沢本も道明寺もナオも茜も同年代のように思える。ついでに思い出したくもないが、バウンティーハンターの三嶋もだ。こいつらは何かしら繋がりがあるのだろうなと、電話をしているナオを見ながらビアンカは思った。
「それだけの目にあって、うちにまた顔を出せる程の学習能力のない馬鹿なら、次は殺すわよ。じゃぁ、一応沢本が戻ったら伝えてちょうだい」
 手短に伝えることを伝え終わるとナオは通話を切った。受話器を置いてビアンカの元に戻ってくると見下ろす。
「伝えたわよ。沢本に直接じゃないけど、ハウンドの連中には伝わっているわ。そのうち沢本の耳にも届くでしょ」
「悪いな。ところであんた沢本と知り合い?」
「腐れ縁よ」
 ナオはそう言って苦笑して見せた。あのハウンドの沢本と腐れ縁というのだから、付き合いは古いと見ていいのだろう。
 とりあえず、一度茜医院へ行って昨日の二人組が現れたのかどうか、確認するべきだろうと思ったビアンカは席を立った。掃除中だったことを思い出し、椅子をテーブルの上にひっくり返しておいた。
「邪魔したな。またそのうちピザ食いに来るから」
「客で来るならいつでもどうぞ」
「含みのある言い方だな?」
 冗談だとわかっているが、わざと言い返すとナオは微かに笑った。しかしそれに答えずに、自分が座っていた椅子をひっくり返したので、ビアンカもそれ以上は言わずに通りに出た。

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