「福岡×大阪=石巻」 思い出の駐車場 丨 みぃやの感想ノート
見出し画像

「福岡×大阪=石巻」 思い出の駐車場 丨 みぃやの感想ノート

こちら石巻は10月に入ってすっかり秋の空気に包まれています。
写真家平井慶祐です。

毎週末のように続いている出張平井写真館の撮影。やること盛りだくさんでなかなかすべての撮影の様子をお伝えすることができていませんが、毎回、打ち合わせを重ね、スケジュールを調整し、撮影する場所や衣装、時間帯などイメージをすり合わせながら撮影に臨んでいます。

その後もプリントした写真を本人に届けに行ったり、郵送したり「撮ってハイ終わり!」じゃないのがいいんですよねぇ♪

写真を受け取って興奮気味にLINEを送ってくれる人、撮られてみての感想を寄せてくれる人、そのやり取りの中で感じる撮影前よりグッと心の距離が近くなった感覚がたまりません。

夏のはじめに家族写真を撮影させてもらった旧友の感想レポートが届いたのでnoteに記しておきます。ベタ褒め過ぎてちょっと恥ずかしいんだけど、読んでみてください♪

-----------------------------------------

みぃやの感想ノート

東日本大震災から10年後の2021年3月、写真家のけーすけが何やらめっちゃすてきな写真展をやるらしい。

『震災から10年。あれから石巻に居着いてしまった写真家とご近所さんとがチームになって写真展を開き、1年後に写真集をつくります。』

けーすけは、震災前、大阪に住んでいた時からの友人だ。震災前に出版している写真集だって2冊とも持っている。けーすけの撮る写真の素晴らしさは充分知っている。

…と、思っていたのだけど、

写真展に足を運ぶと、想像以上の感動がそこにはあった。体の芯からぽかぽかするような、春にひなたぼっこをしているようなあたたかさを感じた。

震災直後にも関わらず、写真の中の人々の多くは笑顔を浮かべていた。

友人と談笑している時の笑顔。
泣いている子どもを見守る大人たちの笑顔。
カメラをじっと見つめ決意を秘めた笑顔。

もちろん、笑顔だけじゃない。さまざまな表情の、いろんな写真があったのだけれど、震災復興支援の作業風景ですら、その場にいる人の感情やその場の空気が伝わってきた。声まで聞こえてきそうな、撮影場所に自分もいるかのような感覚になった。

ほとんどが見ず知らずの人の写真なのに、油断したら涙がこぼれおちそうだった。

『写真』というのは、本来、視覚情報しかない、でも、けーすけの写真にはそれ以上のものがある。目で見るだけの写真なのに、音も、場の空気も、そこにいる人の感情までも伝わってくる。

「けーすけの写真展やもん。絶対すてきなんやろうなあ。」

行く前からそう思ってはいたけれど、もう『すてき』なんて言葉じゃ言い表せない空間だった。

その写真展終了後、今度は1年かけて、震災から11年目の石巻にある『幸せ』を集めた写真集を作るらしい。しかも、希望すれば写真集に載せるための記念写真を撮ってくれるらしい。

え、そんなの申し込むしかないでしょ!

私は、すぐ申し込みフォームに入力した。

申し込みフォームへの記入欄にある、『誰と撮るか』は、家族3人で撮りたいということが決まっていたが、『どこで撮るか』は、正直悩んでいた。

石巻といったらやっぱり海やんなあ、でも山だってあるし、なんなら川沿いの堤防も綺麗やしなあ…思い出の場所もあるんやけど、写真映えしそうではないしなあ…まぁ、打ち合わせの際に相談したらいいや、と思っていた。

数日後、オンラインでの打ち合わせ。思い出の場所があって、そこで撮りたいんやけど、どうかなあ?私の問いに、けーすけは「いいじゃん!きっと面白いよ!」と返してくれた。

その場所は、牧山の駐車場。

画像1

だだっ広いだけの何もない空間で、正直『映える』写真が撮れるようなスポットではない。

でも、そこは私と夫が出会った場所であり、交際するきっかけになった私が主催した音楽フェス 「ROCK'N ROLL FESTIVAL」の会場だった。

画像2

2011年8月10日撮影

2011年3月21日。東日本大震災の10日後、私は地元の大阪を離れ石巻に来た。当初は、救援物資の仕分け、配達、指定避難所以外の場所に避難している方々の捜索やリストアップを行なっていたが、4月に入り、ボランティアの数が増えてくると、石巻の各所で泥出しが行われた。5月6月になると、更にボランティアの数は増え、ヘアカットやマッサージ、こどもたちが遊べる場の提供など、支援の形は広がっていった。

私は、そういったボランティアさんに付き添い、県外の支援者への広報活動を主に行なっていた。その際、多くの『被災者』と呼ばれる方々の笑顔を目にした。

そんな中で、音楽フェスを開催したい!と思うようになった。音楽が大好きだった私は、きっと『音楽の力』で、より多くの人が笑顔になれるはず!と思いついたのだった。

私はすぐさま所属していたNPOの代表に相談した。
代表は賛成してくれたが、実は事務局内では反対意見が多かった。

「やるとしても、今じゃないでしょ」
「音楽よりもっと他にやることがあるんじゃない?」

「音楽フェスをするとしても、団体と繋がりのあるアーティストとかジャンルを選ばないと

当時は確かに、音楽イベントやお祭りなどをボランティア主導で行うことはなんとなくはばかられるような空気があった。それももちろんよく分かる。でも紆余曲折があったけれど音楽フェスをするなら、団体主催じゃなく私個人でなら。ということになった。

仲間を集めないと。

焦りながらも私は企画書をつくって持って歩き、他のボランティア団体の仲間達に声を掛けはじめた、すると徐々に地元の音楽好きも興味を示してくれるようになった。

こうして、団体の垣根を超えた実行委員会が立ち上がった。実はこのとき手伝ってくれた中の1人が、福岡からボランティアに来ていた今の夫である。

2011年8月10日 音楽フェス当日

その光景を見て、やってよかったと、心の底から感じた。

震災から約5ヶ月後の石巻で、音楽が鳴り響き、数え切れないほどたくさんの笑顔が溢れていた。あの数時間だけは、きっと会場にいるみんなが、つらいことも悲しいことも苦しいことも忘れて、ただただ音楽を楽しんでいた。

私が所属していた団体からも、前日と当日は多くの仲間が手伝いに駆けつけてくれた。フェスの開催に反対していた仲間も、「会場にいるみんなの笑顔を見て、これは今の石巻に必要なことだったんだなって思った」と言ってくれた。

実は私が数年後にライブハウスで働いていたときに、このときのフェスに来ていた地元の女の子と偶然再会して「あのときは最高でした!街に音楽が無かったから。」と言って貰えて泣きそうになったこともある。

話がだいぶ逸れてしまったが、このフェスの写真を撮ってくれたのも、けーすけだ。

震災から10年。
私たち夫婦が出会って10年。


私たち夫婦が出会い、交際のきっかけとなった音楽フェスの会場のあの牧山の駐車場で、音楽フェスの写真を撮ってもらったけーすけに、今度は家族写真を撮ってもらった。

画像3

私たち家族にとって、これ以上の記念写真なんてない。

画像4

当日、娘は自由気ままにのびのびと遊び回り、最後には眠くなって「もう早く帰ろうよー」とぐずっていた。その様子を、けーすけは全て写真に収めてくれていた。

画像5

画像10

けーすけからもらった写真のデータを見て、親バカの極みである私たち夫婦は「可愛いいいいい!」が止まらなかった。「可愛い」が、加熱している最中のポップコーンのように、弾けまくっている。

画像12

画像9

笑っている顔はもちろん、変顔も、ご機嫌斜めな顔も、どれもたまらなく愛しい。3年間、ずっと娘を見ていたはずなのに、瞬間を切り取った写真で見る娘の表情が、こんなにも生き生きとしていたなんて。

画像6

画像11

私と夫は県外から来た移住者だが、3歳になる娘は石巻生まれ石巻育ちだ。
福岡から来た夫と、大阪から来た私、その間に生まれた石巻っ子の娘。

福岡×大阪=石巻の家族写真。
そんな私達もいまでは、震災から11年目の石巻の一部。

『苦しみを減らしたり
 悲しみをなかったことにはできない
 けれど 喜びを増やすことはできる』

今回の写真集作成にあたっての、けーすけの言葉。

本当にその通りだなあと思う。震災を経験していない私には、被災した方々の気持ち全部を理解することはできない。どれだけ頑張っても、みんなが抱える苦しみや悲しみをなくすことはできない。

けれど、少しでも、ほんの少しでも、石巻で暮らすみんなと、楽しい!幸せ!って思える時間や居場所を作れたらいいなあと思い、この10年自分なりに活動してきた。

そして、今回、けーすけに撮ってもらった家族写真を見て思った。
娘の存在が、喜びそのものなんじゃないかって。

画像10

娘だけじゃない。
震災後、たくさんの命が生まれている。
この新しい命たちこそが、11年目の石巻にある『喜び』であり、『幸せ』のひとつなんだと感じた。

けーすけの写真を見ていると、今、隣の部屋で寝ているはずの娘の笑い声が聞こえて来そうだ。

みぃや

画像14



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
感謝感激雨アラレ!今日はきっと良いことあるわ。
震災から10年。あれから石巻に居着いてしまった写真家とご近所さんとがチームになって写真展を開き、1年後に写真集をつくります。『苦しみを減らしたり、悲しみを無かったことにはできないけれど、きっと喜びを増やすことはできる』実行委員会メンバーが制作の様子やそれぞれの想いをお伝えします。