法務から見たしっくりこない契約資産と契約負債(簿記会計の話)

2021年4月から適用開始になった収益認識会計基準は、収益の認識になにかと契約を持ち出すので、人によっては経理の人から相談や要請を受けた法務担当者もいるのではないだろうか。
(といっても、経理は契約がわからず、法務は会計がわからない事が多いので、どうやって歩み寄れというのか、という感があるが)

そのなかで、「契約資産」「契約負債」というものが新たに登場したため、じゃっかんメモしておく。

引渡しと支払いが同時なら関係ないが

前提として、法律上は商品や役務の提供と代金の支払いは同時履行が原則である。
ゆえに民法では相手の履行がなされるまで自身の履行を拒むことができる定めがある。

(同時履行の抗弁)
第五百三十三条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

しかし例外は多くある。

消費者向けのサービスであっても代金前払いで、着金を確認して商品を発送することは多くある。

商取引では掛け払いが通常であるので、商品を先に納品して代金は翌月末に払う、などが行われている。

つまり、「契約上の商品等の提供義務」と「代金の支払い義務」が同時に果たされないことが往々にしてある。

契約資産・契約負債はこのようなズレがある場合に登場する。

契約資産・契約負債の定義

関係する「顧客との契約から生じた債権」もあわせて、収益認識会計基準での定義は以下になっている。

10. 「契約資産」とは、企業が顧客に移転した財又はサービスと交換に受け取る対価に対する企業の権利(ただし、顧客との契約から生じた債権を除く。)をいう。 
11. 「契約負債」とは、財又はサービスを顧客に移転する企業の義務に対して、企業が顧客から対価を受け取ったもの又は対価を受け取る期限が到来しているものをいう。
12. 「顧客との契約から生じた債権」とは、企業が顧客に移転した財又はサービスと交換に受け取る対価に対する企業の権利のうち無条件のもの(すなわち、対価に対する法的な請求権)をいう。 
「収益認識に関する会計基準」

上記を法務担当者が読むと、「ん?『企業が顧客に移転した財又はサービスと交換に受け取る対価に対する企業の権利』とは債権と同じではないのか?」と感じるかもしれない。(というか私は最初思った)
※10項のただし書きから、「企業が顧客に移転した財又はサービスと交換に受け取る対価に対する企業の権利」の中に「契約資産」と「顧客との契約から生じた債権」が排他的に存在している関係にあることはわかる。

簿記を勉強した人からすると、「売掛金や買掛金と何が違う?」と感じるかもしれない。(というか私は最初思った)

顧客との契約から生じた債権が登場する場面

顧客との契約から生じた債権について、基準は「対価に対する企業の権利のうち無条件のもの(すなわち、対価に対する法的な請求権)をいう」としている。

そしてややこしいが、これは「時の経過のみによって支払いがなされるもの」ということを意味している。(無条件じゃないじゃないか)

つまり「やることはやったので待っていれば入金される」ときの債権となる。

例えば以下のような場合になる。

単価150円の製品を販売する売買契約(代金は月末締め翌月払い)を締結。
製品を1つ引き渡した。
「収益認識に関する会計基準の適用指針」の設例28をもとに作成

上記の場合、製品を引き渡したので売買契約上の引き渡し債務は果たし、ほかに特別な条件がなければ、代金の法的な請求権を獲得した。
あとは入金日を待つばかりである。

※ところで、実際の契約には「代金を請求し、請求日の属する月の翌月末に支払う」のような「請求行為」や「請求書の送付」が伴うことが多い(というか経理処理の都合上請求書が必要となることがほとんどであるので契約書にも定めることが多い)が、どうもこれはここでいう「条件」とはカウントしないようである。なんとご都合なのか。

契約資産が登場する場面

ということはこれに対になるはずの契約資産は「時の経過以外の条件があるもの」ということになるはずである。

これが如実に現れるのは工事請負契約になる。
収益認識会計基準策定前から、工事請負についての収益は特殊な会計基準(工事契約に関する会計基準)が存在した。
かいつまんでいうと、「工事の進行に合わせて収益を計上すること」が認められていた(条件はあるが)。
これを簿記的に考えると、貸方科目である収益(売上高にあたる完成工事高)を計上するには、まだ入金がされていない以上、借方科目であるなんらかの資産を計上しなければならない。これを「完成工事未収入金」と表示していた。

ところが、そもそも請負契約であるので建物などの建設工事請負契約においては「工事目的物の引き渡し」をしない限り法的な代金の請求権は生じない。

(請負)
第六百三十二条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(報酬の支払時期)
第六百三十三条 報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第六百二十四条第一項の規定を準用する。

このような「収益を計上する」が、「時の経過以外の条件が成就することで初めて対価の法的請求権が生じる」場合に契約資産を用いることになった。

工事契約での会計処理は科目が変わることになるが、工事契約以外にも、例えば以下のようなケースにも契約資産が登場することになった。

製品Xと製品Yをあわせて100円で販売する売買契約を締結。
まずXを引き渡したが、Xの代金はYの引き渡しを条件とされていた(契約的には「全ての目的物の引渡し完了をもって翌月に100円を支払う」的な規定だろうか)。
Xの代金は40円相当と見込んだ(見積もりなどからだろうか)。
「収益認識に関する会計基準の適用指針」の設例27をもとに作成

上記において、契約条件としてほかに一部履行の場合に請求できるような定めがなければ、Xの代金40円は、いまだ法的な請求権にはなっていない。
このような場合の40円を契約資産と計上することになる。

Yの引き渡しが完了したら、100円分の法的な代金請求権を獲得するから、契約資産40円を売掛金に振り替えることになる(Yの代金分は直接売掛金になるので、あわせて売掛金100円)。

法務から見たときの契約資産の腹落ちのなさ

上記からわかるように、契約資産は「資産」とは言っているが、なんら法的な権利ではない。
にもかかわらず基準は「権利」であると定義してしまっている。

ここに法務からすれば法的な裏付けがあり強制力があるものこそが普段用いている言葉としての「権利」であることとギャップがある。

契約資産とは、法務からみれば「代金請求権が生じる前における履行の割合部分」という単なる事実としか考えられないのである。

基準策定時は「権利」には複数の種類があり、「法的でない権利」があるかのようなことを考えていたのかもしれないが、それを会計基準として取り込むのは妥当に思えないし、なぜ「権利」という言葉を契約資産に用いたのかは疑問である(調べる限り答えが見つからない)。

ひょっとしたら「契約上は条件成就まで代金請求権が停止しているが、一部の履行がされた状態で契約が解消されたとしても中途解約における割合請求権などを根拠にその部分の代金は請求することができるからこれは権利を獲得していると言える」と考えたのか・・・?
だとすると12項の「すなわち、対価に対する法的な請求権」との対比から説明がつかない。

(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
第六百三十四条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

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