何が「契約」か

契約は法務のメイン業務の1つであるが、そもそも相談者が何が契約で、どういうときに法務に相談すべきかの勘所がないと相談が持ち込まれない。

そこで「何をもって(どのようなものを具備していれば)契約となるのか」について、メモしておく。

契約の意義

中田「契約法」では、「合意広義の契約狭義の契約」という関係であり、それぞれを以下のように説明する。

合意であって、債権の発生を目的とするもの(狭義の契約。民法第3編第2章を指す)。
合意であって、その内容の実現が法によって保護されるもの(広義の契約)。
両者の相違は、債権の発生以外の権利変動のみを目的とする合意(抵当権設定契約、合意解除など)も含むことである。
「合意」とは、あらゆる合意のことであり、「その内容の実現が法によって保護される」か否かを問わない。友人と週末にテニスをする約束は、「合意」ではあるが、広義の契約には(したがって狭義の契約にも)含まれない。
(中田裕康『契約法』18-19頁)

我妻・有泉「コンメンタール民法」では上記と同様の説明をしつつ、契約と区別されるものとして、二つの意思が合致するという点で同じであるが、当事者の一方もしくは双方が団体を構成していて、その個々の団体構成員が相手方と締結している個々の契約に対して一定の法規的基準を設定するような「協約」(労働協約など)と区別している。

上記を踏まえると、契約には「自由意思に基づく合意」であるという要件と、「債権の発生や権利変動」という効果の発生がある。

合意は判定できても債権の発生や権利変動は判定が難しい

合意はまだ判定がしやすい方である。
合意とは約束であるから、約束とはなんであるかを理解していれば「合意をした」とは感覚的にわかりやすいからである(約束は破るためにあるというような常識のズレがなければ)。

例えば取引先との商談ややりとりにおいて、「いつまでに何をする」という話をしているならば、直感的にそれは合意をしていると判断しやすい。
(企業間取引において、担当者の口頭でのやりとりは企業の意思表示とはただちにはならないが)

しかし、合意かどうかを判定した次に、「契約か否か」を判断するのはハードルが高い。
なぜなら「債権の発生や(物権などを含めた)権利変動」を伴う合意でなければならないため、「そもそも債権とは、権利とは」を理解していなければならないのである。
本来は効果であるので逆説的であるが、法律効果を目的にする意思が条件となるともいえる。

債権とは何かを確認してみると

以下のような説明がなされている。

債権は、債務者の一定の行為(給付)を請求し、受領することが法律上是認されるだけでなく、原則として、さらにこれを訴求(裁判所に訴えて、給付を命じてもらう)することのできる権利である
(中略)
しかし、この僅少な例外を度外視すれば、債権は、訴求を本体とする権利だといってよい。
(我妻・有泉「コンメンタール民法」710頁)

「法律上是認される」という条件が付されているのは、任意に履行されても是認されない場合は不当利得になり、自由意思に瑕疵があって履行されれば詐欺や強要になるからである。

では、なにをして「法律上是認される」のであろうかというと、判然としない。
1つの説明は「法典に定めがある権利」であろうが、そもそも債権の発生原因の1つである契約において「契約内容の自由」が謳われている以上、法典に定めがない債権は存在するため、この説明では網羅性を欠く。
(物権であれば民法175条により法定主義であるのでわかりやすい)

なんらかの債権を発生させようという意思をもってした(と認識していた)としても、事後的に裁判所の判断で債権性を否定されることもあるから、結局はケースバイケースの沼にはまるしかない。

例えば「カフェー丸玉事件(大判昭和10・4・25)は、女給に対して口頭での金銭贈与を約束したことが贈与契約が成立しているかが争われた事案であるが、裁判所は「一時の遊興でなされた約束は履行を強制することはできない」として法的拘束力(訴求力といっていいだろう)を否定した。
※一方で、強制ではない任意での履行までも否定していない。これをして「特殊の債務関係を生ずる」としている。

これをすると、「約束全般」には債務が発生するが、強制力の発生はさらなる要件や事情が必要であるということのようにも読める。

努力義務は債権か

ではしばしば契約の中に登場する努力義務は債権であろうか。

努力義務は一般に違反したとしても履行を強制されない。
解除権の発生原因や損害賠償請求権の発生原因にはなりえるが、具体的な行為を規定せず、強制を想定していないため、およそ裁判規範性(法的な紛争を解決する基準としての性質)を欠く(田島正広ほか『業種別ビジネス契約書作成マニュアル 実践的ノウハウと契約締結のポイント』370頁)。

したがって努力義務は債権とはなりえない。

具体例で契約か否かを判断していく前提

以下では冒頭の広義の契約の意義から、そもそも訴求力を持たない場合や、訴求力が一応あっても裁判規範性を欠くものは、その内容の実現が法によって保護されないから広義の契約に該当しないという意味で「契約でない」と言及する。
なお、「訴求力が一応あっても裁判規範性を欠くもの」は「単に詳細が曖昧な合意」とは別物であるので、慎重に判断が必要である。

協定書は契約か

労使協定は使用者と労働者との間における雇用契約の内容を補充するものであり、例えば労働基準法で禁止される時間外労働を認める合意であり、これにより労働基準法違反とならなくさせる効果を生じるため、(広義の)契約である。

一方で自治体などでしばしばみられる連携協定などは、連携していくことの合意はなされているが、どのようにどの程度連携していくかの具体性を欠くならば、努力義務と同様に裁判規範性を欠くといえるだろう。
この場合は契約とはいえない。

表明、宣誓、誓約は契約か

契約は合意であるから、一方的な意思表示のみでは、契約ではない。
※契約でないだけであって、例えば解除通知など、権利変動は生じうる。

表明、宣誓、誓約は、一方的な名義により一方的に差し入れられるものであるため、相手方の意思表示がなされておらず、意思表示の合致である合意がなされていないかのように見える。

しかし、タイトルや署名者が単独であるかにかかわらず、実質が合意であり、「債権の発生や権利変動」が発生するならば契約となる。
よくあるものとして、反社会的勢力の非該当表明・非関与の誓約書があるが、これは反社会的勢力でないという事実を表明し、これに反する事実が発見された場合は取引を停止することを正当化するものであるから、その実質は一定の事由を条件に相手方との契約を解除するという権利変動を意図した合意である。
あるいは反社会的勢力と将来にわたってかかわらないという不作為を約束し、これに反する場合は相手方との契約を解除するという権利変動を意図した合意である。
損害が発生した場合に損害賠償請求ができるならば、損害賠償請求権という債権まで生じる。
したがっていずれの場合も広義の契約にあたる。

このようなケースは相手方から「この様式の誓約書を提出するように」と指示されていることが多いが、この指示と提示の時点で「これを誓約してほしい」という意思表示がなされていると捉えるべきなのである。

通知や申入れは契約か

では上記と逆に、何も指示はされていないが、任意かつ一方的に「我々はこれを○○する」とのみある書面を差し入れ、これが受領された場合、以下のような点が問題になる。
第一に、受領されたことが合意がなされたとみてよいかという問題である。
第二に、仮に合意がなされたとみるとしても、その法的効果が明確に規定されているかの問題である。

例えば継続的に取引している商品の値上げの申し入れをしたとき、単なる協議を開始したい旨であれば、まだ一方的な意思表示であり、値上げを承諾することではじめて合意と値上げという効果が生じる。
この場合、申し入れはまだ合意に至っていないので、契約でない。

取引契約の中で「(一方的な)通知により価格を変更できる」と定められている場合で、いつからかの出荷分から値上げするという通知がなされていれば、これは通知の時点で合意が成立し、効果が生じる。
この場合、通知は取引契約と相まって契約となる。

取引契約の中で「(一方的な)通知により価格を変更できる」と定められている場合で、たしかに受領はされたが、通知内容が「昨今の原材料高騰により価格の見直しを実施することといたしました」としかないようなものであれば、合意は成立するかもしれないが、具体的な見直し価格が示されていないから、まだ価格の拘束は生じない。
取引契約時点で単価を固定しておらず、都度見積と価格の決定を行うような取引であれば、提示される見積価格が高くなることはあっても注文をもって確定する。
この場合、通知は契約ではないが、契約でないからといって協議を経て(本意かどうかは別として)最終的には注文時には価格は定まるから、実務上困るようなことはないだろう。

まとめると

以上から、おおむね何が契約であるかを(割り切って)まとめると、以下であろう。

  • 二以上の当事者間の合意である。これには名称や単独名義であるかを問わない。

  • 裁判所をして強制しうる法的効果の発生を意図している。これには法的効果が裁判所の判断となりうる規範性を有している必要がある。

  • 合意や法的効果の発生を妨げる事情(明示的な拘束力の排除や、詐欺などによりなされた事情)がない。

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