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嗚呼 #002

2020年11月1日
朝八時、ケータイのアラームが鳴る。僕はベランダに出る。僕は8階から下界を見おろす。

「ここから飛び降りたらどうなるんだろう‥‥」そう思って、いつも見ている。女子大生に当たって、その子も死んだ、というニュースが頭を過る。「今日はやめておこう‥‥」。きっと体もバラバラになる。流血も酷いだろう。それを見た人は一生トラウマになる。ここが「自殺のマンション」だと周りからは呼ばれ、住人も迷惑するだろ。今日はやめておこう。今、管理人さんが玄関を掃いている。この人に当たったら、この人の家族も可哀想だろ。やっぱり今日はやめておこう。

鳩が群れをなして飛んでくれた。「あ、これがまさに自然動物園だ。」
綺麗な二等辺三角形を成して、イワシ群れのように飛んでいる。実に美しい。「どうしてそんな隊列を組めるの?」僕にはきっと無理だな。たぶん僕は群れが嫌になって、どこかに逸れていくだろう。
2、3年前は鳩が大嫌いだった。ベランダに糞をするからさ。掃除が嫌になる。朝のホーホーっていう鳴き声にもイライラする。
でも、嫌いなものは好きになる。好きなものは嫌いになる。最近、そんな出来事が多い気がする。

久しぶりにフェニックス自然動物園に行きたいと思った先月。「でも果たしてそれが自然って言えるのか?」檻に入れられた動物を見て、自然を感じられるのか、今朝の僕の中にはハテナが浮かんできた。

三日前に立ち寄ったペットショップで、ゴールデンレトリバーの赤ちゃんを抱っこした。フワフワモフモフの塊が僕の顔をペロペロしてきた。「この子を買います(飼います)」そう言おうと思った。でも、大柄の男の店長が威圧的にマウントを取ってきたから、このお店で買うのには嫌気がさした。ただ、入り口であの子を一眼見た時から「僕を連れて帰って」と言われているような気がしてならなかった。「大型犬を一人暮らしで飼うのはオススメできませんねぇ」、その男の言葉が余計にムカついた。

Mr.Childrenの「皮膚呼吸」を口遊む。「皮膚呼吸して、無我夢中で体中に取り入れた、微かな酸素が今の僕を作ってる、そう信じたい。」

そして僕はまた電子タバコを咥える。今日はneoのブルーベリー味。メンソールの清楚な香りと一緒にブルーベリーとストロベリーのダブルベリーが心地よい甘味をくれる。秋風が冷たく半袖から刺激してくる。朝一番の煙は目眩と吐き気をもたらしてくる。でもこれが病みつきになるのさ。いつか、タバコの吸えない彼女に「ねぇ、カプセルを君の前歯でプチって潰して?」って、お願いするのが僕の密かな夢であり妄想だ。

四車線の道路の向かえに、寂れた「柿塚写真館」がある。「あそこは住居兼スタジオか?手前がスタジオスペースだろうな。ショーウィンドウに僕の作品を飾って、横の窓をぶち抜いたら柔らかな自然光がスタジオに入ってきそうだ‥‥」。あきらかに廃業しているその建物をレンタルして、駐車場は隣のささき内科から一台分借りたら、「黒木写真機店」を開くことができるんじゃないか?」、煙を吐きながらそんな妄想が浮かんでくる。

次第に鳩の習性が分かってきた。鳩は反時計回りに飛ぶ。螺旋を描きながら、はじめは大きな円周で。そして次第に直径を小さくしながら、止まる場所を探してどんどん小回りしつつ降下していく。そして先遣隊が先に羽を休める。安全確認できたら、リーダーとその群れが遅れて羽を休める。実に素晴らしい連携だ。そして、その頭上を二羽の烏が飛んでいく。鳩は群れでしか生きられないのかもしれない。一匹になったとたん、外敵に喰われてしまうのだろう。なるほど納得だ。生き残るための集団行動なのか。まるで僕の生き方とは真逆だな。そう考えたら、動物園の生き物たちは安全安心な生涯を保証されているのかもしれない。自然は自由で、意外と厳しい。

「ピンポーン」と、唐突に鳴る玄関ベル。この時間なら宅急便のにいちゃんだ。きっと、注文しておいた無印良品。何が入っているかは知っているけど、気が向いたら開封の儀を行うことにする。一日遅い自分へのハロウィンプレゼント。今日のところは密かなウキウキ感を残しておきたい。

僕は呼吸器が弱い。二年前のインフルエンザでささき内科に掛かった時に、アレルギー性の気管支喘息だと診断された。実際、今でもタバコを吸うと咽せる、そして嗚咽がくることがある。でも、この「生々しい感覚」が生きている実感をもたらしてくれる。メンソールでクラクラしながら椅子に腰掛けると、スマホを持つ手が僅かに震える。その感覚がまた、たまらなく愛おしく思えたりする。嗚呼、今日も生きている。生かされている。

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