空港
「別れたよ」
彼女は僕の言葉にそっかと一言だけ返した。
彼女はそれ以上何も言わず、ただ黙って運転を続けた。
いつからかお決まりになった空港へのドライブ。
いつもと違うのは今日は彼がいないということ。
彼女と二人きりになるのは別に珍しいことではない。
それでも今日はいつもと違った。
見慣れたはずの窓からの景色も違って見える。
二四時間営業のファミレスの看板も。
ちらちらと光る工場地帯の赤い光も。
まばらに見える人家の明かりも。
運転中のせいもあってか彼女は僕の方をちらりとも向くことはなく、まっすぐに前を見つめている。
空港の屋上では僕たちと同じように幾人かの男女が仲睦まじい姿を見せている。
彼らは皆恋人同士なのだろうか。
彼らの目にも僕らがそう映っているのだろうか。
「少しホッとしてるんだ」
彼女は唐突にそう言った。
彼女から告白されたのは一年前。
僕に彼女がいることを知った上での告白だった。
「最近ずっと苦しそうだったから。私にはもう彼がいるけれど、貴方が別れたと聞いて私はどう思うのか想像がつかなかった」
彼女は僕の顔を見ることもなく言葉を続けた。
「でも、安心してる。それはチャンスがきたとかそういうのではなくて、苦しそうな貴方をもう見ずに済むから」
「良かった」
風に靡く前髪をそっと抑えながら小さい声で呟いた。
等間隔に並ぶ地面のライトが僕らを照らしている。
彼女の顔ははっきりと見えなかった。
それでも確かに微笑んでいるように見えた。
しばらく黙って飛行場を見つめていた。
風を切り裂く轟音を立てながら巨大な鉄の塊が行ったり来たりしている。
どうしてかその光景からしばらく目が離せなかった。
彼女も僕に付き合って、何も言わずただ黙って横にいてくれた。
何かを考えていたわけじゃない。
思い出に浸っていたわけでもない。
悲しみに暮れていたわけでもない。
本当に何も考えず目の前の光景を眺めていただけだった。
どれほど経っただろうか。
彼女はそっと僕の肩に頭を預けると優しく手を握った。
僕はその手を握り返して彼女に微笑みかけた。
どんな顔で笑っていたかはわからないけれど、少なくとも自然な笑みではなかったと思う。
それでも彼女は全てを許すような嫋やかな笑みを見せた。
僕は彼女を強く抱きしめて、唇にそっと触れた。
なんてロマンチックな夜だろう。
きっと僕らと同じようにキスをしているカップルが近くにいたかもしれない。
でも僕はその相手があの子だったらと願わずにはいられなかった。
唇をそっと離すと彼女は先ほどと同じような笑みで僕を見つめていた。
その笑顔に胸の奥が痛くなった。
唇を触れていたその瞬間でさえも孤独を強く感じていた。
それでももう一度温もりを求めて彼女を強く抱きしめた。
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