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ロードレースとプロテクター:アンケート考察・ファーストインプレッション編

 先日私は記事「インカレロードの事故を見て・感じ・考えたこと」の中において今現在の自転車競技とプロテクターの関係について触れました。要約すれば多くの自転車競技選手(特にロード選手)はプロテクターがロードレースには適さないものだと考えており、またロードレース向けのプロテクターが市場に存在していないという現状を指摘する内容となっていました。ありがたいことにこの記事はSNS上において広く拡散され、プロテクターについても様々な意見を見て取ることができました。その多くはロードレースへのプロテクター導入に好意的であり、私自身も今がロードレースとプロテクターの関係性を議論するうえで重要な時機であると考えています。
 しかし現実的にロードレースにおいてプロテクターを導入し、義務化するということを考えると乗り越えなければいけない障壁はいくつもあります。まず、現在の市場にロードレース向けのプロテクターが存在しないというのは大きな問題でしょう。存在しない物をルールに組み入れるというのは無茶な話ですし、自転車競技向けの製品を作るメーカーにとってみても今まで存在しなかった(しかも選手側から拒絶される可能性のある)物をいきなり作るというのはかなりリスクがあることでしょう。また仮にロードレース向けのプロテクターが開発されたとしても、使う側である選手達から拒絶されてしまうかもしれません。実際、ロードレースにおいて現在は義務化されているヘルメットも義務化される前は暑さなどを懸念する選手側の激しい抵抗にさらされた歴史があります。身体部の広い範囲を覆うことになるプロテクターに対してヘルメット義務化の時よりも一層激しい抵抗があることは想像に難くありません。
 そこで私は現役ロード選手として、今後実際に既存品のプロテクターを運用していこうと考えています。選手がプロテクターを運用することでプロテクター開発のうえでも有益な情報を提供できるでしょうし、何よりも選手達がプロテクターについて懸念している暑さなどのデメリットが実際にはどの程度のものなのかを検証することには大きな意義があります。悪い印象から敬遠され、まともな検証をされないまま拒絶されてきたロード選手にとってのプロテクターの現実をお伝えすることが今後の競技の安全性向上、および発展への一助となればと願っています。

アンケート考察編

 このような経緯でまず最初に導入する既存品のプロテクターを探し始めたわけですが、その際にまずはどのような性能をプロテクターに求めるかということを考えなければなりませんでした。世の中にはBMX用や競輪用からバイク、乗馬用のものまでさまざまなプロテクターが存在しますが、その中でもロード選手のニーズにより近いものを導入しなければ検証としての意味が薄れてしまいます。そこでプロテクターを購入するのに先立ち、Twitter上で自転車競技にプロテクターが導入される場合どのような要素をプロテクターに求めるかというアンケートをいくつかのテーマに分けて取らせていただきました。それぞれ500票から1000票ほどの回答を頂けたので、ここではそれらのアンケートの結果に対する考察とそれぞれのテーマに対する私の意見について述べていこうと思います。

 アンケート第一弾は胴体部のプロテクターのタイプについてのものでした。インナータイプ・アウタータイプ・ジャージ一体型が想定される中で、今回のアンケートではインナータイプが最も票を集めることになりました。またジャージ一体型も高い支持を集めました。アウタータイプの人気がないのは見た目がダサくなりそうなのと、背面ポケットの使い勝手が悪くなってしまいそうだからというのが理由でしょうか。 
 私個人としてはインナータイプが良いのではないかなと思います。というのも、ジャージ一体型だと落車してしまうなどしてジャージが破けした際にプロテクター部も含めて全て買いなおす必要が出てきてしまうという懸念があるからです。プロテクターの多くはヘルメットと違い何度も衝撃を吸収して使いまわせますが、それをつけるためのジャージ側が破けてしまうたびに買いなおすことになるとこの特性は無駄になってしまいますし、お財布にも優しくありません。またジャージ一体型になるとプロテクター導入の際にジャージから作り直す必要が出てきてしまい、余計にお金と時間がかかることから導入反対の一因になりかねません。自転車にいくらでもお金を出せるプロ選手やトップアマチュア層などの選手たち向けにプロテクター部まで一体化したジャージが出るのは面白いかもしれませんが、基本的に広く普及させるための価格帯で販売されるプロテクターは使いまわしがききやすいインナータイプが良いのではないかと思います。

 続いてのアンケートではプロテクターによる保護がどの部位にまで及んでほしいかという質問をしましたが、このアンケートはかなり結果が割れることになりました。傾向としては自転車上での動きやすさを重視する方がより上の選択肢を、転倒時の身体の安全を重視する方がより下の選択肢を選ぶというものがあったように思います。また選択肢には用意できなかったものでしたが頸部の保護を求める意見も多くありましたね。

今回参考にした警察庁発行の資料
特に左側を重視した

 私個人としても迷う部分が多いアンケートですが、仮に回答するとすれば胸部+背面と答えると思います。私がロードレースにおけるプロテクター導入の議論を始めたのは落車時に選手の生命を守りたいとの思いがあってのことですから、損傷すると命に関わるような重要臓器を挟む位置にある胸部と背面は最低限保護したい部位だと考えています。逆に肘や膝(腕部や脚部)は落車時に怪我をすることの多い部位ではありますが、選手の命を守るという観点からすると優先度は比較的低い部位になります。もちろん全く保護しないという考えには賛同できない方もいらっしゃるでしょうが、選手側からは脚部や腕部に余計な装備を付けて動きを阻害されたくないという意見が出そうだという予見も含めて、プロテクターを導入するメリットは薄い部位なのではないかと思います。
 今回のアンケートで特に難しい判断となりそうなのが肩部、および選択肢を用意できなかった頸部のプロテクターの要否です。警察庁の資料を見ても分かる通り頸部の損傷は自転車乗用中の事故死の原因として高い割合を占めるものであり首、肩回りの保護は必要な物のようにも感じられます。しかし実際のロードレースの状況を考えてみますと、集団内において選手たちは常に周囲の選手の動きに気を配って接触、落車が発生しないように注意しているものです。その際選手たちは首を動かして横や後ろの選手の様子を確認するものですが、肩部や頸部にプロテクターが装着されるとその動きが阻害され、また視界が狭まることで落車の発生リスクが上がるということも考えられるのです。このような要素から肩部・頸部へのプロテクター導入のメリットとデメリットのどちらが大きいかについては判断するのが難しく、少なくとも私が出す意見だけでは不十分なものとなるでしょう。今後の議論や検証によってどのようにするべきかを少しずつ考えていく必要がありますね。

 最後のアンケートではロードレース向けのプロテクターが市場に出回ることになったとして、どれほどの価格で購入できるようになるのが望ましいかという質問をしました。結果としては2万円以下で購入できるのが望ましいと答える方が全体の七割を占めることになりましたね。このアンケートに関しては選択肢の取り方を工夫すればもう少し違った傾向が見えたようにも思え、例えば「8千円~1万5千円」といったような選択肢を設ければ圧倒的な得票数を得ていたとも感じられます。その一方で寄せられた意見の中には「命を守るものであるから高くても構わない」といったようなものもありましたね。
 私の意見としてはやはり多くの票を獲得した上2つの選択肢で迷うところになります。具体的に値段を言うのであれば、最も安くかつ必要十分な安全性を持ったモデルが1万2千円程度で買えるようになってほしいかなと思います。命を守るものであるなら高くなってしまっても構わないという意見も理解できるところではありますが、その一方でプロテクターは実際に義務化されれば本気でレースに向き合うガチレーサーからまだレースを始めたばかりのホビーレーサー、学生レーサーまで全ての選手が購入しなければならなくなる装備であるということも忘れてはいけません。現在ロードレース選手の装備として必須となっているヘルメットやシューズについても高い性能を求めたハイエンドモデルの値段が青天井になっている部分こそありますが、OGK KABUTOのRECTやシマノのRC1といったエントリーモデルは定価1万円程度、実売価格1万円を切るほどの価格になっていて、ロードレースを始める際の最初の装備として普及している面があります。プロテクターがロードレースに導入される際にもこれらのような立ち位置の製品が存在してくれれば、ロードレースの敷居を下げるものとして普及していってくれるのではないかと思います。そのような価格帯の製品があるうえでさらに軽量性や通気性を追求した上位モデルが発展していくというのが、私の考える最も望ましいプロテクター普及の道ですね。

インプレッション編

 さて、ここまでアンケートの結果についてみるとともに私がロードレース向けのプロテクターに求める要素をお話ししました。まとめてみますと、「インナータイプで」「胸部と背面を保護できる」「1万円前後」のプロテクターということになります。この条件になるべく近いものを既存のプロテクターの中から選び抜き、そして購入したのが次の製品となります。

 この製品(以下「サステック」と表記)は私が挙げた条件に適合し、しかもプロテクターがハードタイプではなく簡単に曲げられながらも衝撃吸収時に硬化するタイプであり、そのうえでプロテクターの安全規格であるCE規格のレベル1(レベル1とレベル2があり、レベル2の方が厳しい規格)に適合したモデルであるということから今回の検証にふさわしいと考え、購入に踏み切りました。私が購入した時点の価格は9444円でした。

着る前


 実際にサステックが手元に届いて最初に思ったのは、「案外涼しそうだぞ?」ということでした。全体として生地はかなり薄く、プロテクター部分以外は容易に風を通しそうです。プロテクターを取り外してみると、胸部のプロテクターについてはたくさん穴が開けられており、この部分の通気性についても少しは考えられているようですね。またこのプロテクターは私が予想していた以上に容易に曲がり、体にしっかり沿って配置されてくれそうです。

プロテクターは取り外し可能
黒が胸部、黄色が背面用
軽い力でこんなに曲がる

 ロード選手の多くが気にしていそうな重量は530g。これを重いと取るか軽いと取るかは人によって違うでしょうが、私にとっては十分許容できる範囲の重量であるように思えました。

着てみた時

 実際にサステックを着てみて、最初に感じたのは「サイズ選びを間違えたかもしれない」ということでした。私は身長180cmほどで瘦せ型の体型であり、着丈のことも考慮してMサイズを購入していました。しかし着てみるとけっこう生地が余ってしまい、サステックのみを着ているとプロテクター部分がぶらぶらと動いてしまいます。そもそも上からジャージを着るのに着丈なんて考える必要はないので、今後もし購入される方がいましたら胸囲とウェストを基準にサイズを選ぶことをお勧めします。
 それはさておき、今度は上にジャージを着て自転車に乗る際の格好になってみます。プロテクターがそれなりに大きいこともありジャージを着る前の私は「大きめのサイズのジャージじゃないと着れないかもしれない」と思っていましたが、実際に着てみるとこれまで通りのサイズのジャージを普通に着ることができました。単体だとぶらぶらと動いてしまっていたプロテクターも上からジャージで押さえつけることで見事に体にフィットし、それでいて息苦しさもありません。また見た目についても特別目立つこともなく、少し離れてみている人には言わなければ気付かれないほど自然なものとなりました。

後ろ

走行時の印象

 この記事を執筆するに先立ち私は2回、合計100km強の距離をサステックを着用した状態で走ってみました。2回とも天気は晴れで気温は30℃近くと、この時期にしては暑い日に検証を行えたためプロテクターへの重大な懸念点である暑さが実際にはどの程度のものなのかを検証することができました。結論から言えば、「サステックを着ていない状態と比較して特別暑いとは感じない」というのが私の感想です。もちろん着ていない状態よりも涼しいとは言えませんし多少暑くなってはいるのでしょうが、少なくとも着ている状態と着ていない状態の間に劇的な違いを見出すことはできませんでした。プロテクター部以外の薄い生地のところはよく風を通しますし、プロテクター部の穴も多少風を通しているのを感じられます。ただ背面のプロテクターにはあまり穴が開いておらず、カバーしている範囲が広いこともあって背中側から熱があまり逃げていかないような感覚はありました。それと、私は基本的にどんなに暑くてもジャージの前を開けないタイプの人間なので問題ないのですが、暑くなるとジャージの前を開けたくなる選手にとってはプロテクターが存在することによって前を開けられなくなるのは懸念点となるのではないかなと思いました。
 また自転車上での動作についてもシッティングだけでなくダンシングや下ハンを握ってのスプリントなどを試してみましたが、プロテクターが動きを阻害しているようには感じられません。2回目の検証の際にはさらに走行中のボトルからの給水や背中ポケットからの物の取り出しなどの動作についても試してみましたが、問題なく行うことができました。唯一少し懸念点を挙げるのであれば、3つある背中ポケットのうち中央のものについては背面プロテクターが干渉して位置が変わっており使い勝手が悪いというものがありましたが、これも慣れの問題であるような気がします。
 今回は主にサステックを着た際の体への反応についてを確かめるインプレッションだったため、着ている状態と着ていない状態で同じコースを走った際にタイムにどの程度の差が出るのかといったような検証はできていません。しかしパワーと速度の関係については平坦路を走る限りにおいて、普段との体感できるほど明らかな違いはなかったように思います。

終わりに

 今回は私自身、生まれて初めてプロテクターを着用した状態で自転車に乗るという体験をしました。走り出してみる前はやはり暑くて動きにくくなってしまうのだろうかと興味半分、不安半分といった心境でしたが、走り出してしまうと拍子抜けするほど普段と変わらないライドでした。これまでロードレース界に拒絶され、検証すらされてこなかったプロテクターという名の怪物の正体がこんなにも人畜無害なものであるとは思ってもみませんでした。もちろん問題点もありますし今後もっと別の懸念点も見つかるかもしれませんが、少なくとも現段階において私はプロテクターはロードレースに十分導入しうるものであると感じています。
 このプロテクターとロードレースの関係を考えるうえで私は一つ、昔に教わった言葉を思い出しました。まだ私が自転車競技ではなく野球に打ち込んでいた中学時代の指導者の言葉です。曰く、「先入観は罪、固定観念は悪」。私は今回偶然にも罪に気付き、悪と堕ちずに自らの身をもって体験するという行為に及ぶことができました。そして今後も続けていこうと考えています。まずは来週の南魚沼ロードレース、再来週の群馬CSCロード、さらにその先のトレーニングやレースにまで私は検証を続けていこうと思います。しかし私は非常に非力な人間です。特別強い選手でもなく、影響力の強い人間でもありません。私が常に正しい意見を言っているとは欠片も思いませんし、私だけの発信で世界が変わるとも到底考えていません。だからこそこの記事を読んだ皆さんにも立ち止まって考え、意見を発信し、発信された意見について議論し、そして検証していただきたいと思っています。この記事で私が示した考えについて賛同できるという方も、そうでないという方もいるでしょう。そうあってしかるべきだと思います。様々な方がロードレースの発展のために違う意見をぶつけ合わせ、議論し、そして検証する。それは非常に健全なことであると思います。この記事をここまで読んで下さった皆さんにはぜひとも自らの意見を発信し、そうすることでそんな健全な場を作ることに協力していただければ幸いです。
 最後にこの記事が自転車競技の安全性向上と発展に少しでも寄与することを願い、この記事の締めとしたいと思います。長々と駄文を連ねることになってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。


 



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