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「読書感想文」偽者論+自分の話、というかほぼ自分の話。

これを拝読した後に、本を読むとさらに目の前の本が面白くなる。ストーリーがあるかないかというのは大きく違うなと思う。
今までも身近にあった本だったが、なにも知らなかった。ホローバックというのは知らなかったが、そうか、この開きやすさはそこからきているのかと納得する。そして、じゃあ他にはなにがあるんだろうかとか、本について興味が出てくる。

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私が(内容以外で)好きなのは、この本が段ボールのところだ。段ボールだからかなり軽いと書いてあったが、そこではなく、私が好きなのは、段ボールだから革のように味が出てくるのだ。いい。自分だけの本になっている気がする。味が出てくると思うのも、段ボールだからだと思う。
なかだちさんといつか仕事してみたいなぁと妄想が読みながら、広がる。


感想を書くのに躊躇した。書いた内容がもしも、書き手の尾久さんや読者の皆さまが読んだとして、「いやいやその解釈違うよコイツバカだ」とか思われないだろうかという不安に駆られるからだ。でも、これは私の感想なのであって、正解もクソもないのではないかと思う。と書いたところから感想を始めたいと思う。というか、誰が見知らぬ人の感想を読むのだろうかと思いながらもこうやってインターネットに出されているわけだから、誰かの目に触れることは考慮しなければならない。


私の世間カメラはすごく機能する時とオフにする時と2通りある。この0か100かしかない感じが自分も周りも疲れるだろうなと思う。世間カメラが動きすぎている時、この世間カメラをぶち壊そうと人との関係を切りたくなる。世間カメラが何個もあるとすると1つでも減ると私は楽になるからだ。フレームアウトして、死角にするするっと入れるなら私は少し休むことができる。
私の一部は世間カメラがすでに壊れている。その死角があるから私はフレームインした時に普通に見えるように振る舞える気がする。言わなければ、見せなければ、世間カメラになにも映らないのだと思いたい。壊れていると思いたい。そうやって、ずっとカメラの前にいるんじゃないんだと、ぶつ切りにしないと整合が取れないから。だけど、家族はそうじゃない気がする。だから、ぶつ切りだとバレないように何かを見せなければと思う。その、相手が、世間カメラを付けてますよーということはあるのだろうか。「私にどう思われると思う?」ということはあるのだろうか。と正解を知りたくなるが、私はこれがあると思うなぁと思いながら読んでいた。

読んでいる最中のイメージ
特定の人に世間カメラがそれぞれついているイメージ
そんな世間カメラを持った人が周りにうじゃうじゃいるイメージ
その1つを壊したくなるイメージ。見られているところを減らしたい

周波数に関しては、私はまぁまぁ細かくある方なのだと思うが、身近な人に「君は周波数756だね、756、756、そしたら自分が600だからもう少し上げて、、、えっとどれだけあげればいいんだっけ?えっとこの人が、あれ?さっきと数字変わったか?745?えっと合わせるとすると〜700、んー800かー」的な感じでやられている気分になる人がいて、それを「周りのことを気にしすぎている」としているが、それをさらに気にしてしまう私がいる。なので、合わせてられていることを無視する。気にしてないふりをするのに疲れる。けれど、無理に「あなたに合わせています」とされ、しかも細かい調整はできないことには気がついてないとされると非常に疲れる。私はその700に行ったり800に行ったりするのを催眠術をかけられているかのように、疲れるのである。この人は多分合う瞬間が少なく、居心地の悪さとして気がついていると思うが、どうしてもこの持ち数を細かくすることはできないように思う。そうやって当てはめると少し楽になって、冷静になれる。喧嘩にはとてもじゃないけど、ならない。


と、ここまで書いたところで
今私が求めているのはここじゃないとなり、前から順番に読むのをやめた。
じゃあなんだっけな?となったが、急いで1回目を読んだためか、頭が弱いためかわからないが、なんだったか思い出せなかった。
Twitterのスペースを使えばいいんだと、今聞き返しているのである。だがしかし、ツイートを遡るのは大変で5回目のスペースから聞くことになった。そしたら、ヒットした!そうだ!!諦念だ!

ナカダチさんが言うようにみんなありそうだが、私もこの感覚がある。
それは、小さい頃の父親の約束破りからきていると思う。金曜日の夜、「明日スーパーに行って買い物しようね」と言っても朝起きると、その予定は初めからなかったかのように消え、楽しくもない父親の実家に連れていかれるのだった。私を出迎えてくれるわけでも猫っ可愛がりしてくれるわけでもない祖母がいたのを覚えている。父は手伝いをしていたが、私はその間「もし約束が守られていたら今頃こうだったかな」と想像したり、「この間もそうだったなぁ」などと過去を振り返ったりしていた。そうすると、段々と父親との約束というのに期待しなくなって、約束しても心の中では「きっと行けないんだな」と考え、けれどそれは口に出せず、「うん!楽しみ」などと無邪気に見えるように笑うのであった。だから、朝起きて予定が消えていても全く悲しくもなく、予想通りだったなと思うようになって、段々と諦めがつくようになっていった気がする。けれど、時々母親が「家族(つまりは私の家族)と父親の両親どっちが大事なのか」と発狂する時があった。それでも消えた予定は復活はせず、父親の中ではなかったものとしていたから、「行くぞ」と声をかけられた。私は既に諦めているので、靴を履こうとすると、母親は私に「どうしてついて行くの?」と勢いよく言い放った。「いつもは止めないのに今日はどうして止めるのだろう」という気持ちと「いつも約束を破っていることに対して、母親は容認していたんじゃないの?」という気持ちが言葉にはその時もちろん、心の中でも言い表せないのだけれど、感覚としてあった。私はその父と母の間で立ち尽くしてしまった感覚が今でも残っている。けれど、母親のそんな姿をみて、自分の諦念を自覚していたと思う。(当時はそんなふうに思っていなかったが。)
母親は「今週は違うんじゃないか」と期待していたように思う。どうしてあんなにエネルギーを使うのだろうかと疑問に感じていたが、私は初めから諦めることで、気持ちを落ち着かせていたと思う。諦めると、時折降ってくる父親からのご褒美が嬉しく感じた。けれど、どこかでこれもまた「こんなことしないで約束守ってくれたらな」と思っていたが、約束に関しては破られるものという認識があった。だから、約束を破ったことに対するお詫びということではなく、ただ単に母親に隠れて父親からご褒美がもらえる時間と認識するようになった。

また、先程と同じくらいかもしくは少し後の時期の私はもうすぐランドセルを背負い始める時期が見えてきたところだった。もうすぐだと4月からの生活にワクワクをして、「初めての晴れ舞台」という感覚があった。卒園する悲しさなんてなくて、とにかく4月からの生活に胸が踊った。そんな時期、後から知ることになるのだが、父方の祖父は末期の癌であった。もう手の施しようがなかったが、私は何も知らされていなかった。祖父のお見舞いに頻回に行っていた記憶はあるが、それがどういう意味か全く説明も察しもできないまま、時間が過ぎていった。
何回病院に行った頃だろうか、病室に親戚がいっぱい集まって、みんな表情が硬くて、「空気が重い」というのを言葉としては知らなくとも、身をもって瞬間であった。初めての死。それは予期できたけれど、当時の私にはあまりにも突然であった。「どうしておじいちゃんは一緒に4月を迎えてくれなかったんだろう」と悲しさより先に思った。それをポロッと言ったのを今でも覚えているし、(というより、親戚が数年後に言っていたからそういう思い出としてあったように錯覚しているのかもしれないが。)すごく何度も考えていたように思う。その直後、いろいろと祖父関連のことに私も同行せざるを得なくなった。歳を考えれば当たり前なのだが、母が「ひと段落したら、子どもたちにご褒美しようって考えているのよ。何が欲しいか考えておいて」とぽろっと言った。インターネットが普及し始めた時であったが、使いこなせるわけもなかった。何を買ってもらうか妄想を膨らましていたと書きたいが、この時期はとても運が悪く、クリスマス前で、トイザらスの広告が手元にあったのだった。値段もわかり、何が欲しいかも丸をつけながら、ワクワクしていると、ひと段落したことで疲れたのか、約束を忘れられていた。どれくらいの数字だと買ってもらえるかもなんとなく検討ついていたところだったが「またか」と思った。
けれど、すごく悲観的にこの経験を捉えているかというとそうでもない。でも、こんな経験が私を作っている。

期待すると、期待より下回った時すごく悲しくなる。それならば期待しないほうが、期待を上回る可能性が上がると思った。そうして強化されていったと思う。
ただ、他の人に対してもそうかというと違った気がする。けれど、その人との関係で段々と諦念に達していったように思う。そうすると段々と人類全般にそうなっていく。でも、私の大切な人には自分に対して諦念に達してほしくないと思い、過度に誠実であろうとしてしまう。
ただ、大切だった元彼は、私に新しい彼氏ができたと聞いて嗚咽をしながら泣いており、その後「君みたいな人はどこにいるの?」「君の条件は変わらないの?(この時よりを戻したくなかったので無理難題の条件を出していた)」と聞いていたが、これは諦念の心境にさせなければ、自分の身が危ないと感じ、偽者論の知識を拝借した。(P152.10行目下から11行目上にかけて。)強くはっきりと複数回言ってみた。そして、何度か復唱させるということをしてみたのだが、こうして私は生きているのだから多分暗示にかかってくれたのではないかと思いたい。まぁ人の気持ちを操ることはできないが、頭の片隅に残ってくれたなと私は思っている。

ここに決して書けないことで、諦念に達していることがあって、それでもその中で幸せを見つけている。それが幸せで、限界だからである。発展はしない、だから私はモロに傷つくことはなくて、幸せなのである。

ただ、私の生活全部が諦念に達しているかというとそうではなく、特に今の彼氏には達しているという感覚がないから不思議である。今も目の前に確かにいる彼であるが、この人に対して全くその感情がない。私が先回りして、「もしかしたら別れてしまうかもしれない」「嫌われてしまうかもしれない」と思っていたり、口に出すという極めてめんどくさい状況を作り出しても、全て否定される。目を見てしっかりと理論立てて話されるわけである。この人なら、モロにダメージを食らって耐えられなくなってしまおうかと思う。

でも、その話を彼にしてみたら、彼は本を読んでないのだけれど、「それって最高級の諦念なんじゃないの」と言っていた。そうか、そう言う見方もあるのかと思う。そうすると母親という世間カメラが発動して「あなたは自分の意見があるようでないのよ」と聞こえてくる気がする。
そんなやりとり聞いているはずないのに、こうやって発動してしまう。そして、こうやって何日にわたってこの記事を書いているうちに、私の状況は変わり、彼からモロにダメージを食らったところで私はどんな諦念の心境になればよかったのだろうかと思いながら、将来のことを考える。この土日は暇をもらったので、とことん楽しもうと思う。もう気持ちの持ちようなのではないかとさえ思っている。あーなんでこんなに泣いているんだろうか。私は諦念に達していないことをいいことに近づきすぎて距離を間違えてしまったのだろうか。


ここまで書き、他ももちろん拝読させてもらったのだが、私は「諦念」「世間カメラ」「周波数」の順番で共感したり特に好きだなと思った。本にあがっていたカテゴリーというのは、くっきりはっきり分かれていない感じがあるように思う。少しグラデーションがかっているというか、被っている部分がある気がしている。

この間の朝もミニ抄読会をして、上記の話をしたのだが、私のこんな実体験も話がはずみつつも、「尾久さんの言葉のチョイスやこれを形にできること、こういう物の見方をしていることはどうしてなのかという興味」に話が落ち着いた。
そういう感性というのはどこで培われるのか、後天性のものではなく、先天性なのかしら。不思議だ。これは尾久さんに聞かないとわからないところであるが、私たちとしては興味深かった。そして、捨てた文はどんな文だったんだろう。

でも、エミリといい、私の痒いところに手が届いているような気がしてしまう。気ではなくてそうなのではないか?でも、私が探していたのは緩衝材ではなくて潤滑剤だったのかもしれない。と緩衝材ということを聞いて生活しているうちに考えた。

そして、抄読会をした人はナカダチさんのnoteも読んでくれて「面白いね」と感想を聞かなかったのに言ってくれて「でしょ?」と私が書いたわけでも知り合いでもないのに得意げに返事をしてしまった。1人で楽しむより他の人と一緒に共有するのは楽しい。


ここまでつらつら書いてしまったのだが、
とにかく私は今人生の分岐点に立っている。
うまく言えないけれど、またまとめるか。
少し文にするとスッキリする。そして、今はこの偽者論に当てはめることで少し変化に対応することができている。
今回は抄読会をしたことで、noteに1人で書くよりもずっとずっと面白いものになって、いい味を出してくれると思う。
そういえば、そうそう2回3回と読む本ってないよなって思う。同じ顔は見せてくれない表紙。触れば触るほど味の出る段ボールの本。


読み手によって多分また解釈が変わってくるのだろう。私は今こう考えて、こんな人間関係で生きているけれど、何年後かに見たときに、私はどんなになっているだろう。モロに食らったダメージをリカバリーできているだろうか。


※見出しに使った表紙は、横浜駅にある紀伊國屋書店で撮ったものです。異彩を放っていたので見つけるのに苦労がさせてもらえません。
※本文の画像については、私の解釈を基に書いたものです。
※誤字と反映されていない点をを見つけましたので訂正しました。

to be continued

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