カッパの弟

 タイチは夢を見た。

 河童と遊ぶ夢。その河童はタイチを、

「お兄ちゃん」

 そう呼んでいた。

 そんな夢をタイチは母親の大きなおなかを見ながら思い出していた。

 大きなおなかは、おなかが大きくなるほどに幸せも大きくなっていくようだった。

「タイチのかあちゃんは河童の子を産む」

 誰かがそんなことを言った。

 タイチの母親のお腹にいるのは河童の子だというのだ。

 母親が河童といるのを見たという。

「お腹にいるのは河童の子か?」

 父親が母親に聞いた。

 くかかか

 母親は笑った。

 幸福がはじけて割れた。

 パンパンだった幸福が大きな音を立てて割れた。

 お腹の中には赤ん坊でも、幸福でもなく、最初から不幸とどなり声が入っていたようだった。

 お腹からあふれるように不幸とどなり声、泣き声が出てきて、タイチの家はそれに包まれた。

 くかかかか

 母親は笑っている。

 少し前まで幸福がつまっていたまるいお腹をタイチは見た。

 河童の子は殺さなくてはいけない。河童の子は水の入った馬の餌桶に落とされ、樽につめて、埋める。

 タイチの家に馬の餌桶と樽が用意された。

 それらは家の外に置かれた。

 出産の日が来た。

 タイチは家の外で新しい家族を待つことにした。

 弟が来る

 いっしょに川で泳ごう

 いっしょにトンボを追いかけよう

 いっしょに蛙をおいかけよう

 けろけろとおいかけよう

 タイチはそんな歌を歌った。

 うがぁ

 うがぁぁ

 家からはそんな声が聞こえた。

 お産婆さんが家から出てきて、馬の餌桶と樽を家にいれた。

 そして、しばらくして餌桶だけが出てきた。

「泣き声だけでも聞きたかったな」

 タイチは餌桶を見て言った。

 赤子は産まれると、この世界にくわわったのを示すために大きな声で泣く。

 わぁわぁと泣く。

 タイチはその声だけでも聞きたかった。

 河童の子は生きてはいてはならない。

 タイチは手のひらを見た。

 水かきとしわがきざまれた手のひらを。

 くかか

 タイチは笑ったのだった。

#創作大賞2023

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