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【プラハのB級ドイツ語文学 読書ノート】アロイス・フィーツ『死せる大地 あるドイツ人村の交差点』

アロイス・フィーツ『死せる大地 あるドイツ人村の交差点』

 今回紹介するアロイス・フィーツ Alois Fietzの『死せる大地 あるドイツ人村の交差点Tote Scholle Eines deutschen Dorfes Kreuzweg』は、いわゆる「郷土小説 Heimatroman」に分類されるタイプの小説だ。「郷土小説」とは主に田舎を舞台にした小説で、都市や工業化に対して田舎を理想化し、土地と人々(民族、血統)の有機的な結びつきを強調する傾向にある。1930年代にはナチズムの流行と相まってショーヴィズム的な「郷土小説」が多く生み出された。
 率直に言って、『死せる大地』は、これまで読んできた作品の中で一番読むのに難儀した作品だった。ボヘミアの田舎にあるドイツ人の小村で起こった土地取引のいざこざを中心に、同村がチェコ化していくまでを描いた小説で、どちらかというと都会的な物語を志向するわたしにはあまり面白くなかった。

作者アロイス・フィーツAlois Fietz (1874-1938)について

 1874年にポダーザムPodersam(チェコ語ではポドボジャニ Podbořany)の村に生まれ、1938年に同地方で逝去。村を舞台にした小説や掌編、民族劇を書いた。ハイムフェアラーク Heimverlag(郷土出版)という個人出版社を運営し、1929年から1931年までザーツSaaz(チェコ語ではジャテツ Žatec)でボヘミアに住むドイツ人向けに『耕作人 Der Pflüger』という週刊誌を発行していた。

『死せる大地 あるドイツ人村の交差点 Tote Scholle Eines deutschen Dorfes Kreuzweg』あらすじ

 チェコ人の村に隣接するドイツ人の村タウビッツでは、チェコ人に土地を売って町に移住する者が増えていた。居酒屋を経営するシェンケンベルクは、購入した土地の権利に関して、元の所有者ヴァレンティンから因縁を付けられ、裁判を行うことになる。裁判に負けたヴァレンティンは発狂して倒れる。翌日シェンケンベルクは、ヴァレンティンの味方をして嘘の証言をしたバッハホイスラーを訴えに行くが、結局バッハホイスラーを許すことにする。彼はバッハホイスラーに、いずれチェコ人が土地を高値で買うことになるので、それまで土地を維持し続けるのが良いとアドヴァイスする。二人が共に村に帰ってきた時に、ヴァレンティンの死を伝える鐘が鳴る。
 ヴァレンティンの死後、彼の子ども達の間では遺産相続問題が沸き起こり、土地は荒れ果てた。村での生活に飽き飽きしていた娘のローズルは、幼なじみのローベルト・フィーマンを捨てて街に出る。そのショックでローベルトも村を飛び出す。
 ヴァレンティンの長男カントゥスはシェンケンベルクの娘ユストゥルと恋愛関係にあった。しかしある日ユストゥルが泣きながらカントゥスのところにやって来て、シェンケンベルクと並ぶ大土地所有者のバッハハイベルのところに嫁ぐことになったと告げる。カントゥスはバッハハイベルに交渉しに行くが話にならない。家への帰り道に、彼は叔父シュミットと、自殺したユストゥルを見つける。
 ビルナー夫婦は農業経営がうまくいっておらず、商売を始めようと思っている。チェコ人のマシェクから、子どもたちをチェコ人学校に通わせたら千コルナが手に入ると聞いて、一家はチェコ人になることにする。
 ローベルト・フィーマンの父は、チェコ人のクジェベクに誘われて、チェコ人に土地を売る。その翌日ローベルトから故郷に戻るという手紙が届く。どうやらローベルトの帰郷の知らせを先に受け取っていたクジェベクは、土地を手に入れるため、フィーマンと急いで取引をしたようだ。シェンケンベルクの居酒屋で、フィーマンはビールジョッキでクジェベクの頭を殴り大けがを負わせる。ローベルトはヴォルナーのもとで荷馬車の御者として働き始める。
 カントゥスは、チェコ人のクラトフヴィルの姪のルージェンカをめとるよう誘われる。チェコ人を侮っていたカントゥスは、クラトフヴィルの家が自分たちよりもずっと豊かであるのに驚き、ドイツ語ができないルージェンカの美しさに魅了されてすぐに結婚を申し込む。
 シェンケンベルクの息子マティースは、羊小屋で働くレネに恋に落ちる。彼はバッハホイスラーの息子ヤーコプにレネを連れて来させようとするが、ヤーコプはレネと恋に落ちる。
 ヴォルナーは、タウビッツで徐々にチェコ人が増えて力を持ち始めていることを懸念している。彼は、新しく派遣されてきたドイツ人教師レンクに、村のドイツ人を団結させるため、タウビッツに学校協会とドイツ人組合を作る手伝いをしてほしいと頼む。家に帰ったヴォルナーは、先週末、息子フランツがチェコの衣装を着てチェコ人の娘マジェンカとチェコ民族体操協会ソコルのイベントに参加していたことを知り、フランツを叱責する。
 フィーマンは逮捕され、裁判の後収監されて亡くなった。残された息子ローベルトは多額の賠償金を抱えることになる。彼はバッハホイスラーに、自分に土地を売る気はないかと尋ねられて腹を立てる。これに対してバッハホイスラーは、タウビッツはいずれチェコ人の村になるだろうと予想し、もし土地を手放したくないならチェコ人から金を借りるしかないだろうと告げる。
 村では学校協会とドイツ人組合の結成会が行われた。その後ドイツ人たちが居酒屋で宴会をしていると、チェコ人と付き合いがあるバッハホイスラーとチェコ人の妻がいるカントゥスが批判され会場から追い出される。カントゥスはチェコ側に寝返ることにする。また父に叱責を受けてからもマジェンカと付き合い続けていたフランツは、父に家を追い出される。
 二年後、クラトフヴィルの風車で火事が起こる。タウビッツに住むチェコ人たちは、ドイツ人の家を一軒ずつ回ってクラトフヴィルのためにお金や資材の寄付を募る。しかし後になってドイツ人たちの間では、クラトフヴィルが風車に多額の保険を掛けていたことがうわさになる。また、チェコ語の新聞が、ドイツ人がクラトフヴィルの風車に放火したかのような報じ方をしているのを見つけたカントゥスは、クラトフヴィルを責める。彼はクラトフヴィルの狡猾さが、既に関係の冷めきった自分の妻ルージェンカにも見られると感じる。帰宅後カントゥスはルージェンカと大喧嘩をする。ルージェンカと別れるために妻の実家へと向かう道すがら、彼は妻の故郷出身のチェコ人に出会い、その男から、現在カントゥスの家で下男として働いているチェコ人ボフミルが、かつてルージェンカと付き合っていたと知る。その夜カントゥスは外出したふりをしてルージェンカの部屋を見張っていると、やはり彼女の部屋にボルミルが現れた。こうしてカントゥスとルージェンカは別れることになった。
 ヴォルナー家では、次男ハンスが農業を継ぐのを拒み、娘のポルディは教師として働く市長グロートバウアーの息子に嫁ぐことになったため、とうとう農地はいらなくなった。絶望したヴォルナーは、シェンケンベルクの居酒屋に行くが、そこは最近チェコ人のたまり場になっており、シェンケンベルクも年老いて具合が悪そうだった。別の居酒屋に行くと、そこにはカントゥスとローベルトがいた。三人がくだを巻いていると教会から鐘の音が聞こえてきた。それはシェンケンベルクの死を告げる鐘だった。
 カントゥスは離婚して土地を売りに出し、息子を連れてアメリカへ行った。
 ヤーコプは、勤め先の農家の新しい所有者が下男を全てチェコ人にしたために、急に職を失った。ヤーコプに同情したドイツ人の農民ビンダーは、彼と恋人のレナが一緒に暮らせるようにと、彼を下男として雇うことにする。しかし数日後、ヤーコプはマティースに会い、彼がレナと結婚することになったことを知る。
 長年市長を務めてきたグロートバウアーは、チェコ人の増加に伴い選挙で落選した。楽観的に先を見通すグロートバウアーに対してヴォルナーは、ドイツ人の若者が町へ移り住むことでドイツ人の土地は死に、チェコ人に占領されるだろうと語る。一方で彼は、時間が経てばチェコ人も農村を離れるだろうとも思っており、その時町での生活が難しくなったドイツ人が田舎に戻ってくる可能性があると考える。その時のためにヴォルナーは、決して自分の土地をチェコ人には売らないつもりでいた。
 バッハホイスラーは、これまで利息なしでチェコ人と取引をしてきたが、突然裁判で多額の利息請求をされる。彼がチェコ人と交わしたチェコ語の契約書には10年後に多額の利息が生じることが記載されていたのだ。今やタウビッツはチェコ人が率いており、ドイツ人は少数派になっていた。まもなく役所での業務もチェコ語で行われるようになる。
 12月のある日、ヴォルナーの家に突然息子フランツが帰ってきた。彼は結局マジェンカと別れ、プラハの工場労働者として社会民主党に入党したが、そこではドイツ民族をめぐる問題意識が共有されていない点で違和感を覚え、再びドイツ人として生きることを決心したのだった。フランツはプラハでドイツ人女性と結婚し、二人の子どもを育てている。プラハで職を失い路頭に迷いそうになったところで実家に許しを請いに来たのだった。ヴォルナーは息子に、すぐに妻子を呼び寄せるよう言い、再び自分たちの農地を耕し始めることにする。
 バッハハイベルの妻は、自分の親戚のグスタフ・ライトナーに自分たちの土地の一部を売却しようと夫に提案する。バッハハイベルはチェコ人に売るよりも親戚に売る方が良いし、ライトナーは子だくさんなので、最近運営が厳しくなっているドイツ人学校の生徒数が増えるという点でもよいだろうと思い承諾する。
 シェンケンベルクの息子は父が買い占めた土地を売り出したが、想像以上に安い値しかつかなかった。彼はその金を持ってアメリカに移住する。
 バッハホイスラーは屋根から飛び降りて自殺する。
 バッハハイベルの土地にライトナーが移り住む日が来た。荷物を山積みした車から出てきたライトナーは、しかし、ドイツ語がしゃべれないチェコ人だった。
 ドイツ人の農民ツヴィングラーの家にアメリカにいるカントゥスから手紙が届く。アメリカではカントゥス以外にヤーコプも暮らしており、暮らし向きは悪くないようだ。ただし、シェンケンベルクの息子はどうやら落ちぶれていっているらしい。カントゥスはツヴィングラーに、どうせタウビッツはチェコ人の村になるのだから、アメリカに移住するよう提案する。これを受けてツヴィングラーを始めタウビッツに残っているドイツ人たちは、ヴォルナーに、そろってアメリカに移住したいと言いに行く。しかし、ヴォルナーは頑としてタウビッツに残ることにこだわり、他のドイツ人たちを思いとどまらせようとする。翌日ショックでヴォルナーが床に臥せってしまう。他のドイツ人たちはヴォルナーの死の床で、決してタウビッツを去らないと誓う。
 こうしてヴォルナーの死後五年、タウビッツはチェコ人の村になり、数少ないドイツ人は何の保護も権利もなく生活を続けた末に亡くなったのだった。

感想

 もっとまとめて書いてほしかった。物語は飛び飛びだわ、登場人物は多いわ(ほぼ全員の村人が出てくるのでは……?)で、展開を追うのが大変だった。ピントを合わせずにだらだらと撮られた映画(というか動画)みたいだ。登場人物の感情変化も不自然だ。恋人が自殺したのに、そんなに簡単に恋に落ちていいのか、カントゥス? しかも妻との関係がうまく行かなくなってからユストゥルを恋しがるとか……。
 書かれている内容は実際にあった話に近いのかな、と思う。ただ、チェコ人の登場人物が一人残らず腹黒い人間として描かれている点に、作者の思想的な偏りを感じる。加えて、ユダヤ人差別も定期的に差しはさまれているし、最後の方ではドイツ人農夫が「敵であるチェコ人と一緒に暮らすくらいならアメリカでトルコ人に囲まれて生活した方がいい」とぬかしたりしているし、一体どれだけ非ドイツ人を蔑んだら気が済むのやら……。読んでいてイライラした。
 イライラしたといえば、本小説は登場人物の会話を中心に展開されていくのだが、会話文では方言や訛りが非常に細かく再現されている。

Fietz, Alois: Die tote Scholle. Eines deutschen Dorfes Kreuzweg.1923. Berlin. S. 75

eがかなりの確率で脱落し、例えばmerke(わたしは気付く)はmerkに、jetzt(今)はitztになっている。不定冠詞einは単にaとなり、例えばeinmalはamalに、否定冠詞keineはkaとなっているし、否定のnichtは単にnetとなっている。慣れるまでは解読がかなり難しかった。チェコ人の片言のドイツ語もかなり厳密に再現されていた。できればこのタイプのものはもう二度と読みたくない。

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