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ブルノ滞在記17 ハヴェルの芝居と、チェコにおけるウクライナへの連帯表明

今朝は7時前に起床。昨夜はブルノのレドゥタ劇場 Divadlo Reduta でヴァーツラフ・ハヴェル Václav Havel の『集中するのは難しい Ztížená možnost soustředí』(直訳するならば、「困難になった集中の可能性」。なんと訳すのが適切でしょうね……?)を観て、21時過ぎに帰宅。22時ごろに就寝した。ハヴェルは冷戦終結後のチェコスロヴァキアおよびチェコ共和国の初代大統領として知られているが、本職は劇作家である。つい先月、彼の戯曲『通達/謁見』の邦訳が出版された。『謁見』は一度プラハで上演されたのを観たことがあるが、非常に面白かった。わたしの記憶に間違いがなければ、ある労働者がビール工場の工場長に労働環境の改善を持ちかけに行くも、工場長はビールをがぶ飲みしながら同じ言葉ばかり繰り返してばかりで話にならない、というものだったと思う。わたしが見た作品の演出では、工場長役の役者さんは、喋る度に本当にビールをジョッキに注いで一気飲みしていた。観客ながら本気で彼の健康状態を心配した。

さて、昨日観た『集中するのは難しい』は、人間と幸福の関係を研究テーマにする社会学者の生活を描いたものだった。彼は既婚者だが、浮気相手がおり、しかも自分の論文の口述筆記する女性にも抑え切れない性欲を抱いている。妻には浮気がバレているし、浮気相手には「いつ離婚してくれるのよ」と迫られているのだが、状態を改善することなく、日々をなんとなくやり過ごしている。そんなクズみたいな男の家に、ある研究者集団が、人間のアイデンティティに関するあらゆる問題を解決するという奇妙な機械(プズクという名前らしい)を持ってやってくる。妻、浮気相手、口述筆記の女性と謎の研究者集団たちとのやりとりを描いたドタバタコメディだった。観客は終始笑い通し。わたしは観劇中にすぐに吹き出してしまうので、日本では悪目立ちすることが多いのだが、チェコでは思う存分笑うことができる。

演出もとても面白かった。舞台は1960年代のインテリアを模したものらしく、非常にリアルだった。デザインはレトロかつシックで、アパートというよりは邸宅のようだが、当時の大学教授は本当にあんな豪華な雰囲気の家に住んでいたのだろうか……? 舞台にはドアが4つと、舞台袖につながる通路が2つ。シーンの終わりごとに役者はいずれかのドアないし通路から出ていく(あるいは追い出される)のだが、シーンによっては、そのすぐ直後に、ついさっき退場したばかり役者が全く別のドアから再登場するということもあった。最初は別の役者さんが演じているのかと思ったほどだ。さぞ役者さんは大変だろう。ハヴェルの作品はこんな感じの作品ばかりなのだろうか? だとしたら、役者にはなかなかディマンディングな作品だ(技術的にというより体力的に)。

観劇していい気分になったついでに、ホワイエで数ヶ月ぶりに白ワインを飲んだ。1デシリットルだけ。その後問題なく帰宅して就寝したが、今朝起きると軽い頭痛があった。それ見たことか! 朝食をとって、頭痛薬を飲んで、夫と電話する。実家の家族が全員ワクチン接種でダウンしているらしく、夫は家事で忙しそうだった。その後、ヨガをして、諸々のメールに返信しているうちにいつの間にか昼前になっていた。午前中に図書館で作業するのを習慣にしていたのだが、仕方がない。昼食をとってから図書館に行くとしよう。どうせ図書館は夜まで開いている。急ぐ必要はない。

いつもの通りスーパーで買ったスープ用根菜の詰め合わせでミネストローネを作りながら、日本の友人に向けて葉書を書いた。今発送しても、届く頃にはわたしは帰国しているだろうけれど。

昼食を済ませて、郵便局に寄って、図書館に向かう。

そういえば、図書館に向かう途中にいつも目にする車がある。

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もともと青い車だったのだろうが、下半分を黄色いペンキで塗ってウクライナの国旗の色にしている。手作り感がすごい。

チェコでは、それぞれの人がそれぞれの方法で、ウクライナに対する連帯を表明している。ウクライナ国旗を掲げたり、ウクライナ国旗を印刷したコピー用紙を窓に貼ったり、胸に青と黄色のリボンをつけたり。そういうことを息をするように自然とできるところが、わたしがチェコという国に惹かれる一番の理由なのかもしれない。よくチェコの人たちが、「わたしたちは小さい民族だから……」と口にするのを耳にするが、小さいことは決してネガティヴな意味ばかりを持つわけではない。もちろん小さい民族ゆえに、彼らが苦しい経験をせざるを得なかったことは否定できないけれど。とはいえチェコの人たちは、自分たちの属する民族が小さいからこそ、人が、あるいは人の生活が、いかに脆く壊れやすいものであるかを感覚的に感じられるのではないかと思う。それは、自分の弱さを認められない日本という国が持つ雰囲気とは対照的だ。少なくともうつ病患者の視点から見ると、チェコは日本よりもずっと呼吸がしやすい。この雰囲気をしっかり抱きしめて日本に持って帰りたいと思う。

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