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うららかな、台風の昼下がり。

ベランダからぼんやりと、薄い曇天の空を見上げて煙草に火を点けた。流れていく銀色の空、鉛色の雲はぐんぐんと進んでいく。ゆっくりと煙を肺まで吸い込むと、なんだか子宮にまで流れてきそうな気分になる。無意識に腹式呼吸をしてしまうのは、うら若き青春時代の呪いだ。

雲が渦を巻くようにして流れていく。形を変えて、細い線を編んだだけのか弱い形をひらひらとたなびかせているようにも見える。丸いのに強い風が、激しいのに柔い風が、頬や髪を撫でては過ぎる。まろやかな台風の風。夏の台風はこれだから嫌になる。

すべては生きているのだなぁと、空はこんなにも美しいものだったかなぁと、薄銀の空を見上げて思う。煙草を美味しいと思ったことなんて一度もなかったけれど、人工的にもやもやと浮かぶ煙が、風に流れて散っていくのは好きだった。

誰も居ない狭いベランダで、ぼんやりと空を見上げたまま歌を歌った。歌詞が思い出せなくて、何度歌ったって同じところまでしか進めないラブソングだ。

風に乗って目の下に雨粒が落ちてくる。あぁ、いよいよ台風が来るらしい。左手に持った煙草は、全然短くなっていなかった。

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一年前、2015年の7月17日に書いていたもの。

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