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『おはようの神様』 〜恋する自分を許すこと

こんにちは、ことろです。
今回は神様シリーズの第4段『おはようの神様』を紹介したいと思います。

『おはようの神様』は、著・鈴森丹子(すずもり あかね)、装画・梨々子の小説です。
全6章で構成されており、序章、同居の神様、料理の神様、散歩の神様、有休の神様、続・同居の神様と、すべて"~の神様"というタイトルになっています。

登場人物は、
神木尋心(かみき ひろこ)。二十歳。女性。
遊園地「スーべニールランド」でアルバイトをしている。
十月十日の誕生日に、アルバイト先に現れた新郎新婦(元カレとその彼女)を新企画のウェディングフォトに案内するも、あまりのショックに仕事がままならず最悪な誕生日となり、帰りに一人でお酒を飲んで酔って道に迷い、なぜか狸の姿をした山の神様を拾う。

八幡礼二(やわた れいじ)。27歳。男性。
尋心の兄の同級生。斜向かいに実家があって、幼なじみ。尋心がアルバイトをしている遊園地のアトラクションエリアのアドバイザー。つまりは上司。尋心のことを気にかけてくれる良いお兄ちゃん。

谷城(やしろ)さん。男性。調理師。
二日酔いで苦しみながらバスに乗っていたところ、親切にも柿をくれた人。ヘルプで行った先のサウスレストランで偶然再会。ひょんなことから尋心にお弁当を作ってくれるようになる。

小宮辰彦(こみや たつひこ)。スーべニールランドの前にあるコンビニの店員。常連な尋心と仲が良い。実は谷城と異母兄弟。

多聞沙羅(たもん さら)。スーべニールランドの運営企画部に所属している。礼二の彼女。とある事情から、家出をする。ゲームとポテチが大好き。


2年ぶりになる今作では、神様が一人増えて、クアッカワラビーの姿をした島の神様が登場します。人間の姿は、黒いライダースジャケットにダメージパンツ。黒いキャップにブーツ。喋りは相変わらず特徴的で、耳障りがいい低音ボイスで「~でござんす」という口調で話します。はじめてポテトチップスを食べてからというものハマってしまい、ずっとポテチを食べています。

今回は、狸の姿をした山の神様と先程のクアッカワラビーの島の神様がメインで登場します。少しだけエゾリスの森の神様も登場しますが、ビーバーの川の神様は全く登場しません。あとがきでリベンジしたいと書かれていたので、また全員が登場する機会を楽しみに待ちたいと思います。

それと、前作までに登場している人物が、ちらほら遊園地で見かけられます。
カップルになったその後の様子を垣間見れる良い機会なので、シリーズを通して読んだことのある方には嬉しい演出となります。
ぜひ、今作だけでなく、『おかえりの神様』『ただいまの神様』『さよならの神様』も読んでみてください。


第一話の主人公は、神木尋心。
ヒロコと呼びたいと思います。

ヒロコは、スーべニールランド(遊園地)のアトラクション部門でアルバイトをしています。
十月十日の誕生日の日、ヒロコはアトラクションのスタッフではなく遊園地でウェディングフォトを撮る新郎新婦のために案内役を勤めていました。
しかし、そこに現れたのは昔の元カレ。実はこの遊園地に勤めることにしたきっかけが、この元カレとの失恋を吹っ切るためだったので、思い入れが満載。初デートもこの遊園地でした。振られた時に「好きな人ができた」と言われたけれど、連れている彼女はどうやらその人ではなさそう。さらに別の人とお付き合いを重ねて晴れて結婚することになったその元カレにショックを受けている自分にもショックを受けて、まだ立ち直れてなかったのかなぁと涙目になります。
仕事は散々な結果になり、せっかく新企画であるウェディングフォトの案内役に推してくれた先輩たちにも顔向けできません。
正社員を目指しているヒロコとしては、なんとしても成功させたかった仕事でした。

普段は仕事ができ周りから神と言われていただけに落ち込み、帰りに飲んで酔っ払ったため、道に迷い家に帰れなくなります。
挙げ句の果てには、なぜか路上にいる狸を連れ帰る始末。
しかし、なんとその狸、喋ったのです!
実家住みのヒロコが両親を起こさないように自室に入り、お風呂は諦めて今日は寝ようと思った束の間「そんなに酒臭い体をして、風呂に入るのをやめると申すか?」と喋りだし、「それがし神様でござる」と自己紹介。うそだ……そんなまさか……と怖くなり、酔った勢いで見た幻覚だと決めつけ、その日は寝るのでした。もうお酒は飲まないとかたく決意して。

翌日、二日酔いがひどく、ぐったりしたまま出勤のバスに乗っていると、見知らぬ男性から声をかけられます。
「もしかして、気分が悪い?」
心配して声をかけてくれた男性は、運がいいねと言い、たまたま実家から送られてきた段ボールいっぱいの柿を持っていたので一つ分けてくれました。
気持ち悪くて朝ごはんも食べられなかったヒロコは、これなら食べられそうと有難く柿をもらい、同じくスーべニールランド前のバス停で降りた男性は、従業員が出入りする管理棟へと入っていきました。名も知らぬ男性の背に向かって一礼してから、ヒロコも続きます。

真っ先に給湯室へ向かったヒロコは、さっそく柿の皮をむいて食べます。なんて甘くて美味しい柿! なんだか体調も良くなってきた気がします。ありがとう柿の人! 昨日は大失敗しちゃったけど、今日からまた頑張って名誉挽回します!
……とは言ったものの。
笑顔でいるつもりなのに上手く笑えない。先輩には、能面みたいな笑顔と言われてしまう。おかしいな……なんで笑えないんだろう……遊園地で遊んでいる幸せなカップルを見るたびに、元カレの顔がちらついて表情がこわばっていく。
傷口は思った以上に深刻でした。メリーゴーランドが目に入るだけで、傷口が開きそうになってぐっと胸に手を当ててしまいます。

そんなとき、ヘルプ要請が入りました。受付、物販、食堂など、時間帯によって客数が変動するエリアでは、人員不足が発生すると比較的人員の多いアトラクションスタッフに手助けの要請を出します。先月はお土産コーナーの品出しの手伝いに行ったヒロコは、一旦ここから離れたいと思い、その申請に応じたいと先輩に伝えました。
ヘルプ先は、団体予約が入っているサウスレストラン。
ヒロコは、正社員になる夢を叶えるために、サウスレストランに急ぎます。

起死回生の策を講じなければ。そんな思いでやってきたサウスレストラン。ホールは満席で目の回るような忙しさ。ヒロコは、広い厨房の隅で食器や調理器具を洗いました。洗った物を機械で乾燥させて、あるべき場所へ戻す。これを黙々と3時間繰り返します。作業に熱中していたおかげで、元カレという邪念から解放されていたヒロコの顔は、少しだけほぐれていました。

ようやく落ち着いて談笑が交じり合う和やかな厨房の中で、一人の男性スタッフに目が留まります。
「みんな。柿があるから、好きな人はもらっていって」
そう、あの柿の人です!
ヒロコは駆け寄って挨拶をしました。
「ヘルプで来ました、アトラクションの神木です。今朝は美味しい柿を、どうもありがとうございました」
柿の人は調理師の谷城さんという方で、柿は二日酔いに効くということをついでに教えてくれました。
もうお酒はこりごりだと思うヒロコでしたが、戒めに覚えておくことにします。
「神木さんは手際が良くて助かるよ。この後もよろしく」
谷城さんは表情が読めない顔をしていて、本心なのか社交辞令なのかわかりません。バスで会ったときも無表情な感じで話しかけられたので、どんな気持ちでいるのか汲み取れませんでした。
ヒロコはその後もお皿を洗い続けます。単純作業な割に体力を使う仕事で、終わった頃には両手首や腰が痛みましたが、絡みついたモヤモヤも、ごわついて仕方なかった顔もずいぶんと良くなりました。谷城さんにもお礼を言えたし、今回のヘルプはヒロコにとって良い気分転換になりました。

実家に帰ると、お母さんが鼻歌混じりにお風呂に入り、お父さんはリビングでカメに話しかけていました。
二日酔いで朝ごはんが食べられなかったことを思い出し、お父さんに謝ると「寝ぼけてたのか? ちゃんと食べて後片付けまでして行っただろう」と言われます。
お風呂から出てきたお母さんにも「おかえり尋ちゃん、昨日は遅かったのにお風呂掃除してくれたのね。隅々まで綺麗になって気持ちよかったわぁ」と言われ、頭にハテナが浮かぶヒロコ。私そんなことしてないけどな……
二階へ上がって自室に入ったときは電気がつけっぱなしになっている。確かに今朝消していったはずなのに……
いぶかしんでいると「おかえり」と声が聞こえます。
ギョッとして部屋を見てみると、クッションの上でくつろぎながらノートパソコンで動画を見ている狸(自称神様)が視界に入ります。
今日はお酒なんて飲んでないのに、どうして昨夜のお酒の魔力で引き出された妖怪狸がまだ消えないでいるのか。
脳裏に浮かんだのは、カメに一人語りかけているお父さんの姿。本人曰く、独り言ではなく意思疎通を図った会話を交わしているのだと言う。そしてそれをお母さんは妄想だと笑う。これも私の妄想会話なんだろうか?

自称神様の狸は、ここに住み着くつもりみたいです。
実は朝ごはんを食べたのも、お風呂をぴかぴかに磨いたのも、ぜんぶ狸さんの行いらしいのですが、どうやってこの狸の姿でできるのかヒロコは信じていません。
「神様に無理などないでござる」
とかなんとか言って寝てしまったので、追い出すわけにもいかず、そのまま諦めてお風呂に入ります。浴室は本当に綺麗でした。掃除のプロを呼んだくらい、築23年の我が家のお風呂がぴかぴかになっています。
ヒロコは、一宿一飯のお礼に妖術でも使って綺麗にしてくれたんだと思うことにしました。
こうして、自称神様の狸との同居生活が始まります。


同居して二日目。
朝ごはんを神様に食べられてしまい、牛乳だけ飲んでバスに乗ったヒロコ。
遊園地前にはコンビニがあるので、そこで朝ごはんを買おうと思い、空いていた席に座ります。
同じバスにまた谷城さんが居合わせていました。
谷城さんは窓際の席で読書をしています。邪魔しちゃまずいと思って挨拶だけして黙るも、お腹がなってしまいました。
「す、すいません。実は朝ごはんを食べ損ねてしまって……」
二日酔いの次は腹ペコ虫。私の印象可愛くないなぁ。自分でも呆れていると、谷城さんがおもむろにリュックから黒いミニトートバッグを取り出します。
「神木さんは運がいい」
そういって出したのは、お弁当箱。
「弁当。あげるよ」
「……それは、谷城さんのランチでは?」
実は、来月から出すクリスマスシーズン限定メニューの試食会があることを忘れて、いつものようにお弁当を作ってきてしまったらしく、もらってくれると助かると言われてしまいます。
美味しい柿の次はコックさんの手作り弁当。これは確かに運がいい。助かるなんて言われても、本当に助かるのは私の方。連日こんな施しを受けてしまって良いのかなぁ。
「遠慮しないで。朝食を抜くのは良くないよ」
そう言われて、遠慮なく受け取るヒロコ。
今日も谷城さんの後ろ姿にこっそり一礼をしました。

お弁当のおかげで、その日一日元気に過ごせ、笑顔も作り笑いではなくちゃんと笑えるようになってきました。
勤務を終えると、給湯室で洗ったお弁当箱を持ってサウスレストランに向かいます。
「お疲れ様です、谷城さん。お弁当、ありがとうございました」
「今思えば女の子にあげる量じゃなかったね」
空っぽのお弁当箱が入ったミニトートバッグを受け取る谷城さんは、そう言って笑ったように見えたけれど、実際は瞬きする目と喋る口以外は動いていませんでした。
「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです。あぁ。また食べたいなぁ……」
心の声が漏れてしまったヒロコでしたが、谷城さんは表情一つ変えずにこくりと頷きます。
「いいよ。また持ってくる」
このやりとりから、谷城さんがお弁当を作ってくれる日々が続きます。

ある日、ヒロコはいつものお弁当のお礼に谷城さんを焼肉に誘います。
デートだな、と神様に言われ、二人で食事に行ったところを誰かに見られたら谷城さんに迷惑がかかると思い、人間の姿に化けた神様を友人として紹介し、連れて行くことにしました。
落ち着いた雰囲気は大人っぽいけれど、少年っぽさも残っており、表情がとにかく硬い谷城さん。無口かと思えば、意外とよく喋る。腹違いの弟がいたり、その弟と仲良くなれたのはお弁当がきっかけだったとか、弟が喜んでくれたから料理人になろうと思ったとか、いろいろなことを話してくれました。
「神木さんは、どうしてスーべニールランドで働こうと思った?」
ヒロコは、元カレの話をしました。
そして、元カレのことをキッパリ忘れて、仕事に集中して、正社員になる夢があることも伝えました。
しかし、それを聞いた谷城さんははじめて表情を変えました。悲しそうな顔です。
「神木さん、無理をすることはないよ。完璧なんてものは、あるようでないんだから」
「忘れる必要は、ないんじゃないかな」
びっくりしたヒロコは、その言葉を耳にした瞬間、あんなに美味しかったお肉の味がわからなくなってしまいました……

帰り道、ヒロコは自称神様の狸に向かって話します。
「……谷城さん。どうしてあんなこと言うんだろう」
忘れる必要はない。消化できなかったその言葉は、ヒロコの中でグルグルと渦を巻いています。そのうち削られて尖った先が、チクチクと胸の奥を刺してくる。
谷城さんのお弁当はいつも自分を元気にしてくれる。だからこそ、勝手に自分の味方だと思っていた。忘れられるさ、と応援してくれるものだと思っていました。それを期待していた自分もいます。まさかあんなことを言われるとは思ってもみなかった。
「どういう意味なんだろう」
神様は答えます。
「そのままの意味でござろう」
「どういうこと?」
「お嬢は本当に忘れたいのか?」
「当たり前だよ。心底忘れたいよ」
「ならば何故それが出来ぬのだ。人は忘れる。忘却は理。道理に背くのは何故だ」
「簡単じゃないからだよ。心に受けた傷を治すのは」
「お嬢は怪我などしておらぬ。しておったのは恋でござろう」
神様の言葉に、ハッとして顔を上げるヒロコ。私をいつも苦しめていた残像。脳裏に浮かぶ元カレは、いつもこっちを向いて笑っていた。反映してるみたいに。私はいつも笑っていたんだ。
「幸せだった。彼がいた時は。会える日も、会えない日も、毎日が特別だった」 
「今のお嬢を苦しめているのは誰か。それが分かれば、谷城の言葉の意味も分かろう」
振られたときは本当に傷ついた。忘れたかった。でも本当に全てを忘れて無かったことにしたいのか。
それは違う。終わってしまったけれど、私は幸せな恋をしていた。それを無かったことにはしたくない。
「忘れられないのは、本当は忘れたくないからなんだ……」
だから辛かった。私を苦しめていたのは、私だ。
「きっとあやつにも、大事な思い出とやらがあるのでござろう。言葉の裏には思いがある。否定とは、裏を返せば肯定でござる」
谷城さんは私の未来を否定したんじゃない。私の過去を肯定してくれたんだ。
「お嬢。もう一つ気付いたのではないか?」
「うん。気付いてるよ」
ヒロコは、谷城さんのことが好きになっていたのでした。元カレのことを完全に忘れるのではなく、大切な思い出として受け入れて、また新しく恋する自分を許してあげよう。そう思えるようになったのは谷城さんのおかげだから。
ヒロコは、ひょんなことからはじまった神様との同居生活で、新しい恋を見つけたのでした。

……と、こんな風に神様と人間の縁結びの物語がつづられていきます。

各話ごとに主人公が変わり、その主人公といずれかの神様と交流があり、縁が結ばれていきます。

どれも縁結びの手助けをしているので、カップル成立になっていくのですが、そこに至るまでの葛藤とか悩みの解決などを神様がしてくれるのです。

あとがきに、今回は「過去」をテーマにしていると書かれてありました。
ヒロコや谷城さんは自分の恋する気持ちを許してあげることを、礼二と沙羅は自分だけの悩みにせず二人の悩みとしてとらえることを、それぞれ神様たちに教わります。

谷城さんも礼二くんも複雑な過去を持っていますが、だからといってそこで立ち止まるのではなく前を向いてちゃんと進んでいきます。それは当たり前なんかじゃなく、とても尊いことです。すごいことです。

どんな過去があろうとなかろうと、神様は寄り添い、わかりにくい形ではありますが応援してくれます。本音を吐き出し、自分の力で前へ進んでいくところを、見守ってくれるのです。
そんな不思議な神様たちの縁結び物語、ぜひ読んでみてください。
心がほっこりすると思います。

さて、長くなってしまいました。
いかがだったでしょうか?
今回は遊園地が舞台ということで、かつて遊園地で働いていたという作者の経験が活かされた今作。2年ぶりに再開した小説ではありますが、安定して面白かったです。
個人的には、前作までに登場したキャラがまたモブキャラで出てくるところも好きで、驚きと共に楽しんでいます。
次作も読むのが楽しみです。

それでは、また
次の本でお会いしましょう~!

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