【短編シナリオ】ほたる

「毎年、蛍が見れる美しい自然を孫に残したい」と、義母が営む農業を継ぐことを決意した専業主婦の奮闘記。

シナリオセンター本科課題「嫁と姑」

タイトル「ほたる」

【人物】
露草 なつ(59)主婦
露草 しず(84)なつの義母・農家
露草 和雄(62)なつの夫
早良 花梨(5)なつの孫

〇小川
   幅が狭く流れの急な川に澄んだ水が流れている。

〇田んぼ
   晴れている。
   耕運機に乗って田んぼを耕している
露草しず(84)。
   農作業をするしずの凛々しい顔。

〇露草しずの家(古民家)・全景
   広い敷地に古い家がある。
   農機具を入れる倉庫や牛のいない牛舎がある。

〇同・玄関・外
   玄関の前に車が停まる。
   車から降りてくる露草なつ(59)。
   しずは小綺麗な服を着ている。

〇同・縁側
  縁側からは小川が見える。
  縁側に腰かけてグラスに入ったお茶を飲んでいるしずとなつ。
しず「あんたもよう来るな」
なつ「なんだかここに来ると落ち着くんです。田んぼの方も手伝えたらいいんですが。すみません。」
しず「私ももう何年田んぼのできるかわからん。私が死んだら、田んぼは売るなり貸すなり好きにしたらいい。」
なつ「あの、お父さんともそのことは話し合ってるんですが、その」
しず「和雄は昔っから田舎臭いことは好かんかった。町でずっと主婦やったあんたにもなんも期待しとらん。」
   うつむいてグラスを見つめるなつ。
なつ「あの、お母さん。
花梨ちゃんが蛍、見たいって言ってて、いつ頃見れるかわかりますか?」
しず「もうじきかな」
なつ「じゃあ、来週花梨ちゃん連れてきてもいいですか?」
しず「いいよ」
   嬉しそうに微笑むなつ。

〇露草和雄の家(マンション)・全景
   街中の高層マンション

〇同・リビング
   テーブルに座り新聞を読んでいる露草和雄(62)。
   テーブルには客用の湯飲みが置いてある。
なつの声「ただいま」
   リビングに入ってくるなつ。
なつ「お客さん来てたの?」
和雄「土地開発の人」
なつ「なんて?」
和雄「田んぼを埋め立てて宅地として売れば、買い手はつくだろうって。」
なつ「本当に手放すつもりなの?」
和雄「仕方ないだろう。お母さんが死んだら、誰も農作業できる人がいないんだから」
なつ「農作業ができる人がいれば、田んぼは手放さない?」
和雄「田んぼとして使いたい人がいれば、貸すことも考えるよ。」
なつ「あなたは?」
和雄「僕は、農作業は好きじゃないんだ。それより土地を活用して悠々自適に暮らしたい。お前だって、そうだろ?」
なつ「私は…」
和雄「あんな古臭い家、早く取り壊してアパートでも建てて、賃貸収入を得たいよ」
なつ「あなたそんな」
和雄「お前は余計な心配しなくていい。どうせ何もできないんだから。いままで通り家のことだけやっていればいい。な」
   こぶしを握るなる。
〇しずの家・縁側(夜)
   縁側にいるしずとなつと早良花梨(5)。
   縁側から見える小川。
花梨「おばあちゃん、ほたる見えるかな」
しず「昨日一匹見たよ」
花梨「本当?」
  小川の方をじっと見つめる花梨。
  小川からふよふよと姿を見せる蛍。
花梨「うわあ」
  蛍が飛んでいる様子を見ているしずとなつと花梨。
なつ「本当にきれい」

〇和雄の家・寝室(夜)
   それぞれのベットで寝ている和雄となつ。
   ベットから起き上がるなつ。
   思いつめた様子のなつ。
   すやすやと眠っている和雄を見つめる。
   
〇同・寝室(朝)
   ベットで寝ている和雄。
   隣のベットになつの姿はない。
   目を覚ます和雄。
   スマホを見る和雄。
   スマホの画面はチャットアプリの夏からのメッセージで埋まっている。
   メッセージは記事のURL。
   「これだけは知っておきたい相続」
   「不動産業者に騙されないための7つの方法」
   「50年一括借り上げのウソ」
   最後のメッセージは
「蛍が減少している理由」。
記事のURLをクリックする和雄。
「蛍が減少している理由」の記事ページを見つめる和雄。
顔を上げ、部屋を見渡す和雄。

〇同・リビング(朝)
   扉を開ける和雄。
リビングには誰もいない。
   電話をかける和雄。呼び出し音。
〇しずの家・玄関・中(朝)
   玄関を開けるしず。
   玄関の前になつが立っている。
   なつは上下ジャージを着て、大きな荷物を持っている。
   びっくりしているしず。
しず「なんだいその恰好は」
なつ「あ、これ娘の高校の時のジャージです。
 汚れてもいい服ってこれしかなくて」
   微笑むしず。
しず「あがりなさい」

〇同・茶の間(朝)
   ちゃぶ台でお茶を飲んでいるなつ。
   その向かいに座っているしず。
なつ「と、いうわけなんです。お母さん。」
しず「で、家でしてきたと」
なつ「はい。」
   しずをじっと見つめるなつ。
なつ「お母さん。私に仕事を教えてください。お母さんの仕事を覚えるまで、一人前になるまで家には帰りません。ここに置いてください。」
しず「あんたにできるのかい。ろくに働きにも出たことのない人間が」
なつ「私が何もできないのは和雄さんが何かすることを許さなかったからです。私はお母さんみたいになりたい。田んぼを蛍をこの家を守りたい。」
   真剣ななつの表情。

〇同・倉庫(朝)
   倉庫のシャッターを開けるしず。
   その後ろに立っているなつ。
   倉庫には耕運機と苗箱がある。
しず「今日はちょうど田植えをしようと思ってたところだから。」
なつ「田植え!」
しず「苗箱を田んぼの近くまで運んでくれるかい。」
なつ「はい!」

〇田んぼ
   田んぼには水が張ってある。
   耕運機に乗って田植えをしているしず。
   よたよたと苗箱を運んでいるなつ。
   しずを見つめるなる。
なつ「お母さんはかっこいいなあ。それに比べて私は」
   ため息をつくなつ。
なつ「よし、頑張ろう」

〇しずの家・倉庫
   倉庫には苗箱がまだたくさんある。
   苗箱を見て肩を落とすなつ。
なつ「まだまだ!」
   苗箱を持ち上げるなつ。
〇同・茶の間・(夜)
   ぐったりと仰向けに寝ているなつ。
なつ「うう」
   食事を運んできてちゃぶ台に乗せるしず。
しず「ほら、あんた啖呵切ってきた割には情けないねえ。」
なつ「すみません」
   食事が視界に入り、がばっと起き上がるなつ。
なつ「おいしそう!いただきます」
   ごはんをかきこむなつ。
なつ「うわあ、おいしい。働いたあとのごは
 んってこんなにおいしいんですね」
   なつを見ているしず。
しず「あんた本気で、農業やる気か?」
なつ「はい」
しず「楽ではないよ」
なつ「わかっています。それでも私は、お母さんみたいに働きたいんです」

おしまい

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