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天使、なんかじゃない①(娘編)


今年の5月12日は、母の日だった。
私にとって2人の母 = 実母と義母へ、
娘の立場として
毎年贈り物を忘れてはいけない重要行事、
ミッションの日だ。
4月初旬、楽天の大海原みたいな贈り物数を前に目はショボショボし右手人差し指と中指はスクロールとクリックしすぎで
へバーテン結節悪化。
体を痛めながらも

実母→どんな植物も枯らす族の人(私も)。 ゆえに生花厳禁。菓子喜ぶ。

義母→生花好き・育てたい族の人。
ゆえにこだわり強く選ぶ花に要注意。
大きさ大きいほど喜ぶ。色はカーネーションの場合王道の赤でよい。
母の日はカーネーションだけがよい
(自己申告)

ころも脳内メモ「母の日贈り物における傾向と対策」より引用

それぞれの母が好みそうな花や菓子を発見し直ちに手配。
あぁ、達成感!
早割りがあると一層の達成感だった。

先週半ばには2人から無事に贈り届けられた報告メールが来た。
今年も無事に娘・子どもとしての
ミッションコンプリートだ。
お疲れ、自分。
来年はもうそろそろ、贈り物の定型化
(毎年同じもの)しようかな。
大海原を泳ぐの、もうつらい。

ここから下は、母へのあまりよくない思いを表現しているので
・お母さん大好き!
・家族なんだから、分かり合えるよ!!
・親は大切にしなきゃね!!!

という信念をお持ちの方はきっと嫌な思いをなさるので、私の楽天大海原でミッションコンプリートする話だったこの辺で
そっと、とじて下さいね。

お読みいただきありがとうございました!


自分による自分のための母の日プレゼント。
めっちゃ好きなマフィンのお店。





母の日の贈り物、もうここ何十年
クロネコさんなど配送の方に届けるのを
託している。どちらの母も
直接行こうと思えば行ける距離なのだが
私の精神衛生上、距離を置いている。
夫も公認している。
顔は、見ない。合わせない。
極力、直接言葉は交わさない。
(文面なら少し可)

実母も義母も、それぞれアクが強い。
私=娘・義娘・嫁に対する勝手な思い込みがとにかく強い。強かった。

何でも理解・許してくれる娘
わたし(母)の思いを汲んでくれる娘
先回りして行動してくれる娘
突然訪ねても笑顔で迎え入れてくれる娘
贈った服や小物はいつも身に着けてくれる娘

ころも脳内メモ「二人の母たちが求める娘とは?」より引用

わたしの思いや言葉を全肯定してくれる、
従ってくれるそんな娘をわたしは好き
そうであってちょうだい、

いやそうでありなさい
だって
あなたはわたしの娘、だからね

そんな母たちの思いを
言葉に出されないことも空気を読んで
長い時間立ち回ってきた私。

まるで、イメージは
天使みたい。

そうであろうとした。

けど、当然ながら長年にわたり
疲弊した。
無理が祟ったのか、どちらの母とも長時間
顔を合わせると
動悸がするようになった。
時には感情を爆発させてしまい、その態度が気に食わないと諭されたこともあった。
なので、距離を置くことにした。

天使であれば愛でてくれる母たち。
だけど、もう疲れたのだ。
羽根はもげて、白い衣はとうに
汚れてしまった。

天使、なんかじゃない。

私は天使、なんかじゃないんだよ、
お母さん。

いつか天使じゃない私でも
笑って動悸がしないで会える日、来ると
いいな。
無理はしないけど、ね。


今、日常は娘の立場より母の立場でいる方が長い私。
自分の子どもに「天使であれ!」という呪いをかけまいと日々思っているのだが、
はたしてその思いは通じているか行動できてるか。
答え合わせの日は来るか来ないか
分からない。

でも
天使なんかじゃなくて
生身の血が通った、自分とは違う生き物、
尊い1人の人間同士として
子どもと夫とこの先は過ごしていくと決めている。

泣きながら読了した。





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