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すずさんと、コトリお茶会

ちゃんと挨拶もできずに去ってしまった職場がある。
その職場で唯一、話ができて仕事の覚えが悪く波に乗れない私を差別せずに認めてくれていた人、すずさんと会う。
実に2年ぶり。

すずさんと会うことになった簡単な経緯は、昨日の日記で。

会った後に日記に書いていたらもう少しだけ、すずさんのことを書きたいな、思い出したいなという気持ちが沸いた。
あの辛い4年の日々の事も思い出すけど。

でも、私はすずさんが好きだから、書く。

初めて会ったのは、職場のエレベーター内。
ポケットに文鳥のマスコットをつけていた、すずさん。初対面なのに思わず
「文鳥飼ってるんですか?」
と私が後ろから話しかけてしまったのが始まり。戸惑いながらも、
「えぇ。飼ってますよ。もしかして?」
笑顔で聞き返してくれたのが御縁の始まり。

文鳥が家族にいる、職場仲間。

長年いろいろな職場で働いてきたけど、初めてのことだった。
出会った当時違う部署だったが、すずさんと食堂で会うとお互いの家族文鳥のことを話したり、飼育方法や文鳥モチーフのグッズ情報などを交換しあったりした。短時間でも、楽しい時間だった。

職場に来て、1年。
新型コロナ禍で飛沫感染リスクが高い仕事内容と小さな個室で暗くして検査をする場所が相まって閉所恐怖症を発症。
まだ新型コロナが猛威を振るう中、職場スタッフ誰も彼もが余裕をなくして、毎日棘のある言葉が飛び交う人間関係のストレスが連鎖してめまいを発症。そして、大事な家族文鳥もこの時期突然、失った。

大切な家族文鳥を失った日。庭の花を集めて亡骸の横に置いた。


その部署で、もう仕事ができなくなってしまった。
辞めることも考えたが、当時来年受験を控えたちーちゃんのこともあり、数週間診断書の元で休職した後、部署移動を希望して受理された。

移動先には、すずさんがいた。
いや、すずさんがいる部署に希望したのだ。
私の家族文鳥がなくなった時、そのことを伝えると食堂でそっと寄り添ってくれた人。そんな人の近くにいたら、まだ頑張れるのではないかと思った。
だが、すずさんのいる部署は前の部署以上にスピードと臨機応変力が試された。ポンコツな私にはますます不釣り合いな場所だったが、誰よりもさわやかに柔らかな笑顔で働くすずさんがいてくれたことで、踏ん張れた。

しかし、部署のお局様や私の部署移動(部署移動第一号、特例だったと後から聞かされた。みんなあきらめて辞めていく職場だったようだ)をよく思わない人々から興味本位の質問攻め、そして次第に小さな嫌がらせやいじわるな言葉、悪意ある対応の日々が始まった。
仕事の忙しさと小さな悪意を浴びる積み重ねの日々で、また徐々に憔悴していく。上司に相談するも、私の弱さと技術不足が原因と言われた。その言葉にまた追い詰められた。
私の異変と周囲の空気に、すずさんは気がついて頻繁に声をかけてくれていた。嫌なことがあったら言ってねと言ってくれた。文鳥の話もたくさんしてくれた。

だけど、その優しささえも悪意が隠れているのではないのかと疑ってしまうくらい、私はもうダメだった。

結局、部署移動して1年を目の前にしたある朝。
早朝の電車内で不審がられる位に気がついたら涙が止まらず、泣いていた。涙を拭いて、どうにか職場の自分の持ち場に到着するが今度はもう立っていられなくなる、めまい。

「もういいから帰りなさい」

見かねた上司が帰宅命令を出した。持ち場を離れてロッカールームにたどり着いた。しばらくしゃがみこんで、ロッカーにもたれかかり目をつぶる。もうここには来れないなと思った。ロッカーに入っていたすべての荷物を鞄に詰め込んで、最後の力を振り絞って立ち上がる。
ちょうど更衣室の掃除に来た顔なじみのおばちゃんが、すべてを悟ったみたいだけど何も言わずに会釈してくれた。それを合図にまた涙が溢れた。
涙で前が見えないのもあってふらつきながら、何度も途中下車しながら帰宅した。この日、すずさんには持ち場が違って会えなかった。連絡もできなかった。

そしてそのまま職場には行けなくなった。
ちょうど、ちーちゃんの進路が決まって事務手続きがすべて終了した時期。
合格を手に入れるまでのちーちゃんに影響をなんとか出さずに踏ん張ったことだけが、幸いだった。

職場を去ってから、しばらく寝続けた。すべての家事を放棄してひたすら眠った。しっかり眠れるようになったからか、少しずつめまいがなくなった。夫が作ってくれたご飯の味を感じられるようになった。まもなく卒業式を控えているちーちゃんの輝く笑顔にも勇気づけられて、ひきこもりから近所へ散歩に行けるくらいになった。

その頃、すずさんがLINEをくれた。
可愛いすずさんの家族文鳥さんの写真を添えてくれた。私が何も言わずに突然職場に来なくなったことに対して何も聞かずに、ただただ休んで、ご飯を食べて、そして癒されてと、家族文鳥さんの写真をたくさん送ってくれた。
私は失礼ながらもすずさんにスタンプで返信するのがやっとなくらい、まだ家族以外の人との交流が厳しかった。でも、すずさんの寄り添いと気遣いが嬉しかった。

その頃ちょうど私の最愛文鳥を亡くして、1年が過ぎていた。
文鳥のいる生活が恋しくて、でももう命を失うのは嫌だなと思っていたある日、少し遠い近所まで歩いていったら出会ってしまった命がいた。

運命の出会い

出会ってしまった。運命だなって思った。でもすぐに我が家に家族に迎える勇気がなかった。だって、私はまだ半分ひきこもりの仕事ができなくなってしまった、ダメダメだから。
でもそれから毎日、もうどこか幸せな家へ迎えられたかもしれないなと思いながらも、散歩をして様子を見に行った。日に日に可愛くなる文鳥達。
ダメダメを少しずつヨシヨシに変えられるように努力してみようと決意が固まって、ついに家族として同じゲージにいた2羽を迎え入れた。

ちょうど、退職が受理された日だった。

にぎやかな文鳥達のお世話と、ちーちゃんの新生活の準備。仕事はなくなったがやることはたくさんだった。そして、その日々やることのおかげで元気を少しずつ取り戻していった。ようやくすずさんとのLINEにもスタンプだけではなく、短い文章と共に新しい文鳥家族を迎えたことを伝えた。

すずさんは、とても喜んでくれた。
ここから、お互いの文鳥を通して近況を伝え合う日々のLINEが増えていった。そして、いつしか職場の同僚ではなく文鳥仲間として
「コトリお茶会」
をしようねという話まで発展した。まだ、人と会ったり食事をするには憚られる時期だった。ましてや医療職の私たちは、そのリスクを冒して万が一にも発症したらどうまわりに影響するかが痛いくらいに分かっていた。
だから「コトリお茶会」はなかなか実現する日が来なかった。

すずさんと出会って、4年。
同じ部署で働いて私が辞めてから2年後。
5月。元職場は繁忙期、トップシーズンの幕開けをしている頃だ。

変わらずにその職場で颯爽と働いてるすずさんから久しぶりにLINEがきた。少し前にすずさんの最愛文鳥さんが、お空に逝ってしまったお知らせだった。文鳥さんの寿命を考えると、「お達者」な域に入っていた文鳥さん。
予兆もなくある日突然に、お別れが来てしまったと。楽しくゆっくり一緒にGWを過ごそうと思っていたのに、突然お空に逝ってしまった悲しみが記されていた。
文面を読むだけで、その悲しみと痛みが伝わってきた。
その悲しみ痛みは全く同じなことはないにしても、私も知っている。
それは一人で抱え込む時期を過ぎると、そこから人に話すことで軽減したり回復することも知っている。そっと何も言わずに寄り添ってもらえることが何よりも嬉しいことも知っている。
そう、2年前にすずさんにそうしてもらったからだ。

今度は私が寄り添う時だと思った。
アフターコロナの時代、医療職だって人間だから人と会いたい時には会っていいし、誰も何かしらも制限されることなんてない。

「コトリお茶会」開催の時がきた。

蒸し暑い日の夕方、No.4に集合。

久しぶりに会う、すずさん。相変わらず優しい笑顔だった。
まだ蒸し暑いけどテラス席を選んだ。
おだやかに、しんみりと、お茶会は進んでいった。
家族を想い「偲ぶ」時間。

ハイビスカスレモネードと一緒に流し込んでいたのか、すずさんは涙を流すことはなかった。ただ目元がずっと光っていた。そのすずさんの後ろにある木に、すずめ達が夕日を気持ちよさそうにすずなりになって浴びていた。

きっとあの中の一羽に、すずさんの家族文鳥さんがシレっと紛れ込んで、お話を聞きに来ているような気がした夕方だった。

私たちの第1回「コトリお茶会」は2杯目にコーヒーを飲んで、お互いに持ち寄ったちょっとしたお土産を交換し合ってお開きとなった。

お別れの改札口で、まだすずさんの目元には光るものがあった。
そっとぬぐってあげたかった。
だけど、きっとそれはぬぐわなくてよい光。
急になくすことなんて、ぬぐわなくていい光。

すずさん、
また「コトリお茶会」でお会いしましょうね。

涙を流したっていいし、そっと光として目元にためてもよいのです。

私たちはどんな私たちでも、いいのです。

大切な家族文鳥を想ったり、偲ぶ時間。これからもしていきましょう。

それまで、お互い日々たくさんの感情が渦巻くことがありますが、
ご安全に、生きていきましょう。

また、「コトリお茶会」で。

すずさん、ありがとう。大好きです。


すずさん、おすすめのおもちとお団子。チョイスが素敵だ。






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