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君に焦がれる②


ごまんとある企業の中で、自分に合う会社を見つけるのは難しい。

地域密着型のアットホームな空気を売りにしているとか、数字がものをいう実力主義の職場だとか、それは会社の規模、業種、人種によって様々だと思う。


そもそも自分のやりたいことはなにか?やりがいはなにか?地域社会、ひいては企業の為になにをしたいか?目標は?人生設計は?何歳までになにをしてどうなりたいか?結婚は?子供は?家は?一定の年齢になったら故郷に戻るつもりか?


就活では無理矢理自分自身と向き合わされ、やりたいことも特になかったせいで半場強制的に就職させられた(もちろん親の都合によるもの)

会社を分析するよりも、まず自分自身の分析を入念にするべきであって―――そう、自身の人間性。人づきあいが下手か上手いか、忍耐強いかせっかちか。


―――つまり、何が言いたいのかというと。


「人間関係は会社に入ってみないと分からない」ということ。


そんなことを考えているのは、受付嬢の同僚に想いを寄せつつ、しかし相手が同性であることに悩み自己嫌悪に陥っている女性、佐藤である。

出社してはちらちらと彼女の様子を気にしている様子は、恋慕というよりは雛のすりこみを思わせる。

そんな佐藤に、周囲は「仲がいいなあ」と微笑ましい視線を向けるのだった。



そんな佐藤のもとに、彼女の上司がやってきたのは昼休みの事だった。



「佐藤さん、あの子、体調崩して今日お休みみたいで・・・どうしても渡さなきゃいけない書類があって、届けないといけないんだけど。ほら、

今って忙しい時期じゃない?事務の他の子も手が離せないから、佐藤さんにお願いできない?」

「・・・え、私がですか?」

「そうそう、彼女と同期だし仲良しでしょ?」



なるほど、朝から姿が見えなかったのはそういうことだったのか、と佐藤は納得するも、なぜ自分のところに他部署の上司が来るのかと内心冷や冷やしていた。


「仲良し・・・という訳ではないですが」


そうか、周囲からはそう見られているのか。

単に自分が懐いているだけのような気もするが、変な目で見られないのは女子の特権かもしれない。嬉しいような、少しだけ寂しいような。


今の自分は、きっと言葉では表現できないほど複雑な表情をしているだろう。行くべきか否か迷っていると、彼女の上司は優しくも迫力のある言葉をかけてきた。


「ね?心配でしょ?一人暮らしの女の子だから男の上司に行かせられないし・・・佐藤さんが行ってくれたらすごくありがたいんだけどなぁ」




きらきら、にっこり。

そんな音が付きそうな笑顔で迫る上司は、佐藤が首を縦に振ると満足そうに「じゃ、書類持ってくるから待っててね♬」と今にもスキップしそうな足取りで踵を返したのだった。




―――

――――

―――――



「(あれ、ちょっと待って、これって初めての彼女の家ってこと?ていうか会社休んだ理由とか聞いてないし病欠だったりしたらむしろ迷惑なんじゃ・・・え、手土産とかあったほうが良い?病気ならスポーツドリンクとか冷えピタとか?

いやいや書類を渡しに行くだけなのにそれは重いでしょう。そもそも玄関で書類渡したらサヨナラなんだから・・・ってなんで勝手に上がり込む前提で進めてるの自分!!!)」


会社の最寄り駅から数駅先にある彼女の自宅。

会社には寮もあるが、部屋数が少ないうえに設備が古い。木造。そして会社にかなり近い。というか、会社の敷地内にある。遅刻しなくて済むとプラスに捉えるか、休日に休んだ気がしないと考えるかで精神的にくるものが違う。しかし寮費が安い。同じ年代の一人暮らしの家賃相場を考えても半分以下になる。節約にはもってこいの寮だ。

意中の彼女が後者かどうか分からないが、入寮するかどうかは希望制。ちなみに佐藤は貯金の為に寮に入り節約生活を送っている。


「(えええ本気でどうする?差し入れ?のど飴?やばいこういう時どうすれば良いのか分からない・・・書類って、別に明日でも良いんじゃ・・・いやでもこんな口実でもないと彼女の家に行く機会なんて絶対にないだろうし!学生時代ですらこんな風にドキドキしたことなんてなかったのに、どうしよう、なにこれ分かんない!)」


休んだ子にプリントを届ける小学生のイベントのような。しかもそれが好きな女子で、休んだのに会える嬉しさ自宅に行ける喜び、親が出てきてがっくり、彼女が出てきてドッキリ、なんて思春期真っ盛りの思考に陥っている。

いや、佐藤は成人済みの一般女性なのだが、いかんせんこういった色恋とは無縁で成長してしまったため、スマートな対応が分からないでいるのだ。



「(ああああ、結局どうすれば良いか分からないまま、着いてしまった)」


上司に渡されたメモ書き通りに道を歩けば、辿り着いたのは外壁が白で統一された綺麗なマンションだった。古い木造二階建ての寮とは天と地ほどの差である。すごい。外壁の塗装が剥げてない。エントランスにゴミが落ちていない。電気がついている。集合ポストにチラシが数枚入っていた所を見ると、それなりに人は住んでいるらしい。

幸いなことに、オートロックではなかったためすんなりとマンション内に入ることが出来た。

エレベーターで、赤ん坊を抱いている女生とすれ違う―――会釈をして通り過ぎた。上昇する感覚が苦手だったりする。


「(本当、なんで自分なのか・・・あ、今日は納品が少なくてうちの部署が暇だったからか。本当に良く見てるなぁ)」


そんな上司に育てられているから、彼女も周りによく気が遣えるのだろうか。

彼女の自宅、らしき部屋のインターホンを押す。軽快な音が扉の隙間からわずかに聞こえてくるが、中からは何も反応がない。


「(・・・部屋間違い?いやでもメモは合ってるし)」


もう一度押して、待つ。



「・・・・・・留守、かな?」


ふむ、こんなパターンもあるのか。

今回はやる気が空回りしてしまったようだ。


家主がいないのならどうしようもない。帰ってくるのを待つのは不審者極まりないので、ここは大人しく帰ることにしようか。


ああでも書類はどうしよう。



書類の入った封筒を取り出そうと鞄の金具に手をかけたところで、がちゃ、と音がした。





「・・・・・え、佐藤さん?どうしたの?」




音のした方を向くと、


おでこに冷えピタ、口元にマスク、軽装にカーディガンを羽織った彼女の姿があった。














・・・・・・

ちなみに寮のモデルは実在します。

木造二階建て築60年くらいの、共同キッチン共同トイレ共同風呂、プライベート空間は部屋だけ。

歩くたび軋む床と外れそうな階段、神出鬼没なアレ、暴風雨で吹き飛ばされそうな屋根、誰でもはいれる玄関。

家賃は激安でした。



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