萌(きざし)と兆し(きざし)

どちらとも同じ読み方です。
変化の訪れを意味する言葉。いろいろなことに『疲れて』『看護がきらい』になった「ことり」にも変化が訪れようとしていました。

あなたは温かくなるこの3月に『変化の訪れ』を感じていますか?

①  きざしの意味

「兆し(きざし)」と「萌し(きざし)」の違いは何か?
「萌し」は例えば2月の立春を過ぎて風が暖かくなり、梅の花のつぼみが膨らめば、もう春が近いことは誰の目にも明らか。そういう変化を「萌し」という。
一方、「兆し(きざし)」とは、例えば12月の冬至の日を境に、陽転し、陽が長くなり、少しずつ春へと向かっていく。しかし本格的に寒さが厳しくなるのはそれ以後。1月の小寒、大寒を経てゆっくり暖かくなっていくから冬至の季節が転換したことは暦の上では知ることはできても、普通はなかなかわからない。
この「目には見えない」本質的転換のことを「兆し」という
のだそうである。

どちらにしても『きざし』という言葉は素敵な言葉ですね。

②  「ことり」に訪れた『きざし』

『病気休暇』と『治療』、そして『新しい出会い』を通して、『回復のきざし』が見え始めました。

深い森の中で迷う途中、木漏れ日のように降り注ぐ光にを浴びた感覚でした。
人の言葉が温かく感じられ、見える世界がクリアになったような…。

心電図のセミナーに行った時には、これまでの『無理につくった笑顔』ではなく、『ココロからの笑顔』を取り戻していました。

家に帰って家族からも、仕事に復帰してスタッフからも、『楽しそうだね』と、言われるぐらい。誰から見ても分かるほどのまさに『萌(きざし)』だったのです。

そして、それから「ことり」は自分を見つめ直しました。
嫌だった過去も振り返りました。
新しい考え方があると気づきました。
「ことり」にしか出来ないことがあると思いました。
そして、『目標』ができました。

「ことり」の内面が少しずつ変化している感覚です。この変化は『兆し(きざし)』でしょうか。


あなたが感じる変化の『きざし』は、誰の目にも明らかな変化の「萌し」でしょうか?それとも「目には見えない」本質的転換の「兆し」でしょうか?

誰の目にも分かる変化の『萌』をあなたが感じているのならば、きっと『素晴らしいあなた』の始まりなのでしょうね。『兆し』を感じることができるあなたは、今、『成長の過程を歩もうと』しているのでしょうね。

あなたに訪れる『きざし』が素敵な『きざし』でありますように。

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