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固定観念や思い込みを手放してみる

Noteで繋がってくださった、お気軽不食者CHIKOTOさんのKindle本「お気楽不食生活のススメ」を拝読しました。


「いつまでも健康でいるためには、何を食べるかが重要」と信じていた私にとって、食べない、超小食、食べても食べなくてもどちらでも良い生き方である「不食」という概念は、完全なる未知の世界、ちょっとした衝撃でした。
 
・中年期に入ったら若い頃と同じ食事内容、同じ量ではダメ。
・1日3食、適量を栄養バランスよく。
・アルコール、糖質、油物は控えるべき。
・ビタミン、ミネラル、カルシウムの摂取を心がけ、タンパク質多めの食事にするべき。
 
…そう思い込んでいた自分。

でもなぜそれが正しいと思うのか?

ネットやテレビ、本からの情報など、世の中の情報のほとんどがそう言っているから。
 
では世の中の情報は本当に全て正しいのか?それが全てなのか?
よく知られていない事実、自分の知り得ないことが実は世の中にはたくさんあるんじゃないか?

…そう考え始めました。
 
日頃から、「固定観念や思い込み」というものが人々の生きづらさの原因、人間関係の妨げになる原因だと感じていて、これらを手放しもっと身軽になって、自由にお互いを受け入れられるようになればいいなと願っていました。
 
そんなタイミングでの「不食」という考え方がとても興味深く新鮮に感じられました。

「Everything is OK, Everybody is OK」
「疑ったり否定する前にまずはなんでもやってみよう! Why not?」
という気持ちで柔軟に物ごとを捉えることができたら、きっと人生がもっと楽しくなる!
楽しくなれば心も体もより良い状態になるはず!という直感だけは間違いないと確信できました。

そんなわけで、私も「不食」を試してみることにしました。まもなく50歳を迎える、その節目のイベントの一つです(^O^)v

♢♢♢
 
もう一つ、最近読んだ本。
「不食者」である弁護士の秋山佳胤さんの「しない生き方」という本です。


不食者である秋山さん視点の、争わない穏やかな生活を送るためのヒントが分かりやすく書かれていて、こちらも、世の中にはこんなに面白い人がいるんだ!こんなに興味深い考え方があるんだ!とすんなり入ってきました。

以下は、特に心に刺さった文章の抜粋です。

学校に行っても行かなくても子どもは子ども。
この世に生を受けて一緒に過ごし、ともに悩み、ともに考え、ともに怒る、そんな「パートナー」として子どもは存在します。

子どもは親の装飾品ではありません。
子どもは親の奴隷ではありません。
子どもは親のコピーではありません。 

彼らには私たちよりもずっと古い、ずっと前の時代を生き抜いた先人たちの魂が入っているかもしれません。
だからリスペクトする=敬意を払う存在であっても、親の言う通りにさせる存在ではないはず。

最も大切なこと。
それは、本人がどうしたいかを尊重すること。
本人が自主的に何かを言う、自主的に何かをする、それまで待つこと。

問い詰めない、責めない、焦らない。
誰もが学ぶために生まれてきたことを忘れないでください。 

私たちは一人ひとり、この世に必要だから存在しています。
健常者は完璧ですか?
こころも体も完璧な人がこの世にいますか?

完璧なら生まれる必要などないはず。
何か学ぶべきこと、課題やハードルをクリアするために生まれているのでは?

人はみな、何歳になっても未熟なのです。
普段何でも知っているような気になっている大人でも、生きているこの世界は実は知らないことだらけ。「固定観念や思い込み」にすぎないのかもしれません。

多様性を受け入れるしやかな心で、物ごとを多角的な視点で捉えることが大切です。

そう考えると、心穏やかに、これからの人生でもっといろいろなことを知りたい、学びたい。
この先の人生を生きるのが楽しみだなぁと思える気がします。

最後までお読みくださりありがとうございました🌈

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