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「第二回 奥田雅楽之一 演奏会」

「客席からの眺め」は、当初は、和楽器を聴く機会も触る機会も無いけれど、音楽を聴くのは好きだという方々に、「和楽器の演奏会」の面白さをお伝えして、是非とも足を運んでいただきたい、との思いで書き始めました。
しかし、書いている本人があまりにも素人過ぎて、皆さまに面白さが伝わるのか、大変心許なく、今ではただの個人的な備忘録として書き連ねております。
何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます。


さて、昨年秋に予定されていたときは、チケットが完売してしまい、諦めていた演奏会。
このたび新たに仕切り直してくださったおかげで、拝聴することができました。

「八重衣」
幕開けから、日本の雅やかで美しい四季の風情をたっぷりと堪能いたしました。
典雅で気品があり凜とした三味線と、軽やかで透き通っていながら、しっかりと芯のある箏。
二色の音が、絡み合い、掛け合う様子は、さながら、源氏物語に出てくる明石の御方と姫君のように感じました。
春、夏、秋の景色を歌う「八重衣」の演奏が、冬の御方とも呼ばれた明石の御方を思い起こさせるなんて、これで四季がそろう仕掛けかと、誠に独断と偏見ながら、楽しく拝聴いたしました。

この曲は、演奏技術的には、箏・三味線とも高度な技巧が用いられた、かなりの難曲とのこと。
よほどの方が演奏しないと聴くに堪えない、と言う方もおられます。
そのような曲を、最高のシチュエーションで聴くことが出来、純粋に曲の世界を味わうことができました。
この1曲で、足を運んだ甲斐があったなあとつくづく思いました。

「三曲第一番」
尺八・三味線・箏での、3つの楽章からなる曲。
それぞれ「手事風」「組歌風」「段物風」と名付けられているそうです。
音の出始めから、とても華やかで、邦楽番組のオープニング曲のようです。
これからどんな演奏が聴けるのだろう、とワクワク感が募ります。
「組歌風」は一転して、しっとりとした秋の景色です。秋風や鹿の遠音が聞こえてきそうです。
やはり和の風情はいいなあ、とうっとりとしてしまいます。
「段物風」では、細かい音の変化が螺旋階段を軽やかに駆け上っていくようで、晴れやかな気持ちでクライマックスを迎えました。

この日の会場は国立能楽堂で、今回の演奏会は聞き逃せない、と思った理由の一つでもあります。
よくある舞台演奏では、後ろに反響板があり、音を前に飛ばしています。
それぞれの楽器の音が客席に飛んできて、客席に広がった個々の音が、そこで混ざり合っているような気がします。
「三曲」演奏では、3種類の音が耳に届きます。
自分の耳でもブレンドしているのかもしれません。
能楽堂での音は全く違いました。
お堂の屋根の下(能舞台)で演奏されるのですが、その舞台上で3つの楽器の音が混ざり合います。
そして、その混ざってひとつになった音が、耳に届きます。
「三曲」演奏ですが「一曲」に聞こえます。
聴いていてとても、とても心地よかったです。

「清経」
本日初演の立方が入る舞踊劇ですが、番組変更があり、演奏のみでのお披露目でした。
ですが、舞踊がない分、演奏に集中することができました。

二面の十七絃箏のビートが、揺れ動く清経の鼓動のように迫ってきます。
唄は、声高に叫ぶことはありません。
抑制された切々とした語りから、より一層、清経の覚悟のほどを思い知らされます。
「フォルテは大きな音ではなく、大きなエネルギー」
どなたかが、お師匠さんのお言葉として、そのようなことを紹介してくれました。
まさに。その通りでした。
抑えきれない思いが、音の圧力となって押し寄せてきます。
そして、返す波もまた、音量は変わっても、圧力は変わりません。

箏と十七絃箏、笛と女声で奏でる美しいメロディー。様々な情景描写。
美しいけれど、もの悲しさが胸に迫ります。
最後に、清経の魂は救済されます。
「仏果を得しこそ有り難けれ」
ああ、よかった、とほっと気が緩み、思わず涙がこぼれました。

次回は、ぜひ踊りも一緒に拝見したいと思いました。

「木花咲耶姫」
「清経」が演奏のみに変更になったことに伴い、こちらが立方入りで追加されました。
もう一番拝聴できるなんて、とても嬉しいサプライズです。

「清経」の振付けも梅津貴昶さんですが、こちらは梅津さんの委嘱による新作舞踊曲として2010年に作曲されたとのことです。
今回は、中村莟玉さんが舞われます。
桜の花の美しさをそのまま音にすると、こんな音楽になるのだと、春の気配にワクワクしていると、橋掛かりに莟玉さんが登場しました。
梅津さんの振付けは、気品があり、いつ見てもすがすがしいのですが、それを丁寧に舞う莟玉さんは、本当にそのまま、桜の精に見えました。
清らかに澄んだ唄声がさらにそれを引き立てます。

箏は、場面ごとの情景を、普通の演奏会ではあまり聞かない技法を駆使して表現されているようです。
美しいメロディーと共に聞こえてくる効果音が、とても分かりやすく情景を描写してくれます。
途中、もの悲しい雰囲気の場面もありますが、最後は明るく前向きな気分になれました。
降りしきる花吹雪の中を、軽やかに舞いながら退場していくサクヤヒメを、名残惜しみつつ見送ります。

すべての音が鳴り止むと、舞台上には地謡座に演奏者が静かに座っています。もちろん鏡板には松の絵。
先ほどまで降り積もっていた桜の花びらは、何もありません。当然ですが。
つい今しがた見ていた情景は、夢か現か。
まるでお能を見ていたかのような、浮遊感を保ったまま、会場を後にしました。

会場を出ると、朝の雨は上がり、雲間から日が差していました。
今日もまた、幸せな気分で家路につきました。

*箏の波では、演奏会情報をご案内しております。是非、生の演奏を聴いてみてください。

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会場 国立能楽堂
日時 2022年8月28日(日) 14:00
プログラム・演奏
八重衣 石川勾当作曲 
 三絃 深海さとみ
 箏  奥田雅楽之一
三曲一番 唯是震一作曲
 箏  野坂惠璃
 三絃 奥田雅楽之一
 尺八 藤原道山
清経(新作初演)
世阿弥作詞 梅津貴昶振付 福原寛作調 奥田雅楽之一作曲
 唄  杵屋佐喜 久松雅紗恵
 笛  福原寛
 箏Ⅰ 久松雅紗恵
 箏Ⅱ 宮越雅虹 吉川雅楽巴里
 十七弦Ⅰ 奥田雅楽之一
 十七弦Ⅱ 中島雅裕
木花咲耶姫
辻井喬作詞 梅津貴昶振付 奥田雅楽之一作曲
 立方  中村莟玉
 唄   萩岡松柯
 第一箏 奥田雅楽之一 田村雅釉徽
 第二箏 田邉雅震翠

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