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ライフスタイルとしての「小悪魔ageha」と「森ガール」分析

ライフスタイルとしての「小悪魔ageha」と「森ガール」分析」(#co_article006)は、プロジェクト「.review」に投稿され、2010年4月7日に公開された論考である。

Abstract

「ライフスタイルとしての「小悪魔ageha」と「森ガール」分析」
 
雑誌「小悪魔ageha」は「age嬢」というスタイルを生み出した。これは単なるファッション領域にとどまらず、age嬢という生き方、ライフスタイルを示している。それによって、雑誌自体はキャバクラ嬢を主要ターゲットとしているにもかかわらず、広範な読者を獲得している。
age嬢は「モテ」や「愛され」を拒絶してただ「自分らしく生きる」ことを目的とし、「盛り」と呼ばれる髪型も「自分を守るための武器」と位置づける。
速水健郎『ケータイ小説的。』はヤンキーとギャルの違いについて指摘したが、age嬢はその双方の要素を持つことも指摘したい。たとえばage嬢には地元重視志向と歌舞伎町・六本木志向がともに見られる。小悪魔agehaのバックナンバー全冊を資料として、「自分らしさを重視する女子」の一つのスタイルを概観する。
また、これと対照的なファッションと見なされる「森ガール」も、やはり「自分らしさ」の表現を求める別の層であることを明らかにする。現代の多くのファッション誌が「愛され」等評価されることに価値を置く一方で、「自己主張的なライフスタイル」を支持する人たちが一定の勢力を有していることを示したい。

■『小悪魔ageha』の特徴

◎『小悪魔ageha』というライフスタイル誌

 雑誌『小悪魔ageha』(インフォレスト刊)――キャバクラ嬢をメインターゲットとするファッション雑誌、というのが最も簡単な定義となる。agehaのモデルは「ageモ」と呼ばれ、ageha的なスタイルの女性を「age嬢」と呼ぶことがすでに定着している。
 もっとも、実際には「ageモ」もageha読者もキャバクラ嬢に限定されるわけではない。
 モデルについていえば、現役ageモならびにageモ卒業者の中には、キャバクラ嬢の経歴を全く有さない者も多い。読者も決してキャバクラ嬢や「黒服」すなわちキャバクラで働く男性のみに限られず、水商売とは無関係に『小悪魔ageha』的なファッションや生き方に共鳴する女性たちから広く支持を集めている。
 雑誌の内容も、単に「キャバクラ嬢のための雑誌」であるという先入観とはまったく相容れない内容となっている。髪型やメイク術こそ定番記事であるが、どのようにすればキャバクラでよい成績を上げられるか、といった記事はまったく存在しない。一方、「わたしたちの心の闇」や「病」といったネガティブな要素を堂々と特集で扱うこともある。
 筆者は『小悪魔ageha』がブログ等で半ば当惑をもって取り上げられる傾向にあることから興味を持ち、バックナンバー全冊を揃えた。その後も毎月発売と同時に購入し続けている。そこで見えてきたのは、『小悪魔ageha』とは「自分が自分らしくあるために」をキーワードとするライフスタイルだ、という事実であった。

◎ageモはどのような人たちか

 2007年末に発売された『COMIC ageha』では、モデルたちの経歴がマンガ化されている。そもそもageモとしてどういう人たちが取り上げられているかという傾向を知るために、そのタイトルと経歴を列挙してみよう。

  • 「さやか。ホステス、23歳。そして私は蝶になる!」荒木さやか(歌舞伎町「フォーセンス」→六本木キャバクラ「R」に移籍)

  • 「eggが私の青春だった」矢野涼子(egg読者モデル→Popteenモデル→キャバ→レースクイーン→ユニット「AZUR」で芸能界デビュー→横浜のキャバ&ageモ)

  • 「エリサのひとり♥ラブワゴン」上ノ宮絵理沙(ネイリスト)

  • 「ネオンをステージに――...」Angel(芸能活動(ASAYANの企画でNYでダンスレッスン)→六本木キャバクラ「GLOVE」にてキャバ嬢兼ダンサー)

  • 「荒くれNIGHTを乗り越えて...♥」神子島みか(レーサー)

  • 「清水よりも高い舞台に立ったるねん!」百合華(京都木屋町のキャバクラ→祇園キャバクラ「ミネルヴァ」→祇園倶楽部「秘花」→祇園「艶香」)

  • 「ねむと刺青」ねむ(渋谷イベサー(イベントサークル)の頭→ageモ)

  • 「ビビデ★バビデ★ディアマンテーズ」けいこ(ジーザスディアマンテ新宿店店長)

  • 「うち、あんたのママでいたいねん。」MEGU(福井の夜の蝶と昼職とシンママ)

  • 「私は女。彼も女。」MAY(中洲→六本木「雅」)

  • 「のぼって落ちて、またのぼる!!」鮎川りな(関西ローカル「ナンボDEなんぼ」で「無駄ギャル」コーナーに出演→テレビ朝日「ロンドンハーツ」で「魔性の女りな」として出演→ネットでの誹謗中傷等で鬱・摂食障害→夜職→ageモ)

  • 「生まれたときから女の子だった。体以外は――...」椿姫彩菜(青山学院大学・男子校出身現役女子大生モデル、ニューハーフ)

 約2年前のムックであり、すでにageモを卒業したモデルも含まれるが、全体の傾向としては現在もあまり変わらない。
 「夜職」すなわちキャバ嬢としての経歴を持つモデルが多いのは、当然といえば当然のことである。ただ、その経歴は決して隠されない。夜職そのものは否定されることはない。ただ、夜職を「卒業」し、昼職のみになることも認められている。たとえば2008年11月号では「さよならRさやか、夜上がります!! 夜職卒業祝 昼職人生、いざ勝負!!!」と、キャバクラ六本木Rの「愛原リオナ」ことさやかの夜職卒業特集記事が掲げられている。夜職を続けるもよし、夜職を一つのステップとしてさらに夢を叶えることもよし、という見方がうかがえる。
 失敗体験も決して否定されない。たとえば「元芸能人がキャバ嬢に」といえば普通はゴシップ扱い、あるいは転落人生として受け取られるであろう。しかし、その経歴を持つ矢野涼子や鮎川りなも、その失意時代を隠そうとせず、逆にそれを乗り越えてきたことで共感を得ている。
 ネイリスト上ノ宮絵理沙、ジーザスディアマンテ新宿店店長けいこは、キャバ嬢ではなくキャバ嬢にファッションを提供する側である。その彼女たちが顧客と同じくage嬢スタイルで登場している。顧客の見本としてのショップ店員がモデルにもなるというのは当然と言えば当然だが、agehaモデルにファッション提供側がいることは見逃されやすい。
 このラインナップではレーサー神子島みかとニューハーフ椿姫彩菜が独特の立ち位置となる。いずれもage嬢スタイルである必然性は薄い。しかし、盛り・デカ目のagehaファッションを取り入れている。
 現在のageモの中で、専属モデルとキャバ嬢を除いてピックアップすると、ヘアスタイリスト南真琴、GOLDS Infinity渋谷109店スタッフ桜咲姫奈、バレエインストラクターゆきいちご、アキバ系アイドル&メイド朝倉さくら、フリーターみきてぃなどがいる。全体の傾向は2年前と大きくは変わらないといえよう。

◎媚びないage嬢

 age嬢は他人に媚びない。
 小悪魔agehaの記事の最大の特徴は、「モテ」「愛され」といった「他者からの評価」ではなく、常に「自分らしさの発露」をテーマとしていることである。
 いわゆる「赤文字系」雑誌(JJ、CanCam、ViVi、Rayなど)を代表格として、女性誌・女性ファッション誌では「モテカワ」「愛され」等々の言葉が中心を占めている。実際にその言葉を使わないとしても、いかにモテるか、あるいはいかに他者から認められ、評価されるか。それが一般的な女性誌のメインテーマであるともいえる。
 しかし、男性客からいかにモテ、愛されるかが仕事そのもののはずのキャバ嬢が読む『小悪魔ageha』は、逆に徹底してこれらの「他者評価」を排除している。たとえば、執筆時点での最新号である2010年3月号の表紙タイトル上には「現役age嬢92人が、今、そしてこれから本当にやりたい髪型だけ134コ集めました!!!」と書かれている。「お客さまにモテる髪型」ではない。「私たちが本当にやりたい髪型」なのである。
 この方向性は、小悪魔agehaの編集方針の中軸として創刊時から貫かれており、ブレることがない。グッズ紹介にしても「私たちが実際に買ったお気に入り」という見出しが掲げられる。
 もちろん、age嬢たちは自分だけを基準としてファッションを作り上げているわけではない。「以前はこれがよかったけど、今はこれが流行している」という視点もある。ただ、それは「お客様にこれが人気」という視点ではなく、同じage嬢たちの間でこれが流行っているということが基準となる。あくまでも流行の主体は「自分たち」にある点は見逃すことができない。

◎「外敵から身を守るための武装」としての「盛り」

 一般のファッション雑誌が「きれいな部分」しか見せないのに対して、agehaモデルは「どん底時代」や「失意」を決して隠そうとはしない。そして、それがおそらくageha読者に受け入れられる要因となっている。
 これについては後述するが、ケータイ小説的(あるいは浜崎あゆみ的)な自分語り、トラウマ語りの系譜を受け継いでいると見ることもできる。
 その解決策が、「盛り」と「デカ目」なのだ。agehaスタイルを端的に言えば、髪型については「盛り」あるいは「巻き」。目元は「デカ目」。agehaではひたすらこの二つの観点が重視される。それは、彼女たちを外界から「守る」ための武装である、ということが2009年8月号の表紙に書かれている。その文章を引用しよう。

私たちが頭を高く盛ることは
顔をかわいく見せるためだけじゃなく
外敵から身を守るための
武装だった。
それが今、武装がひとつはずれた。
街に盛りがあふれ景色にとけこみ
私たちは高く高くデカくデカくしなくても
身を守ることができる。あとはただ、
心に鎧を――
 (以下裏返し文字)
傷をつけられる
ことをこれ以上
ふせぐために

 武装という言葉に引きずられると読み誤りかねないが、これは攻撃のためのものではない。盛りという髪型は「外敵から身を守るための武装」つまり防具であるという。「自分」を守るために、盛りやデカ目で自分をデコレーションする。それがagehaファッションなのである。決して「モテ」すなわち受け入れられるためではない。
 自分が自分らしくあるために、自分の好きなものを手に入れ、自分の好きな生き方をするために、髪を盛り、デカ目にする。「自分探し」とは異なるアプローチによるアイデンティティの確保なのである。

■ヤンキーとギャル―― 『ケータイ小説的。』から小悪魔 ageha へ

◎age嬢はギャルとヤンキー両方の性質を持つ

 速水健朗『ケータイ小説的。』は、ケータイ小説の分析を通して、現代のヤンキー少女たちがいかにギャル的存在と違いを有しているかについて論じている。帯の背には「あゆ・郊外・ケータイ依存」と書かれているが、浜崎あゆみを信奉し、「ファスト風土」的な郊外に生活基盤を有するヤンキーがケータイ小説を支えていると論じられる。そのヤンキーたちはギャルとは対極の存在として描かれている(ここでの用語の定義は同書に従うものとする)。

 実はage嬢たちはヤンキーとギャルの双方の要素を兼ね備えている。ヤンキー的な心性とギャル的な心性の同居、あるいはギャルとヤンキーの融合、それがage嬢なのだ。速水健朗の指摘するヤンキーの要素は、すべてage嬢にもみられる。ところが、age嬢はギャルとの共通項も多く持つのである。
 先ほど取り上げた『COMIC ageha』でも、矢野涼子は『egg』の読モを経て『Popteen』のモデルとなった経歴を持つ。渋谷イベサーのヘッドだった「ねむ」も『egg』に影響を受けたと書かれている。ageモにはギャルの経歴を持つ者が少なくない。かつてギャルだったころの写真を公開する記事などもよくみられ、そこには黒ギャル・白ギャルやマンバの写真も堂々と掲載されている。
 速水は「『ティーンズロード』が一九九八年に休刊を迎えるのは、この『egg』人気に取って代わられた部分が大きい。ヤンキーからコギャルへという「不良少女」のパラダイム・シフトが起きたのだ」(p.101)と論じ、さらにケータイ小説において再ヤンキー化の流れが見られるとする。この観察を踏まえて論じるならば、小悪魔agehaにおいてはヤンキーとコギャルの融合が見られるといえよう。
 以下、同書の論に基づいて、agehaの実例を見ていこう。

◎『小悪魔ageha』のポエムと浜崎あゆみの回想的モノローグ

 『小悪魔ageha』本誌の表紙には、ポエム調の文章が書かれていることが多い。また、特集記事の煽り文句も独特のポエム調といえる。しかし、それを「ageha調ポエム」と限定するのは避けた方がよさそうだ。むしろそれは、矢沢あいや紬木たくのコミックから浜崎あゆみの歌詞につながり、ケータイ小説にも受け継がれている「回想的モノローグ」の系譜にあると見るべきである。
 『ケータイ小説的。』において、浜崎あゆみの歌詞とケータイ小説の共通項が三つ挙げられている(p.43)。それは「回想的モノローグ」「固有名詞の欠如」「情景描写の欠如」である。『小悪魔ageha』では、商品紹介が必須であるという必要上、「固有名詞」や「情景描写」を避けるわけにはいかない。しかし、「回想的モノローグ」的なイメージは非常に強い。
 「自分の身に起きた数年前のエピソードを、かなり遠回しに、しかも感傷とともにモノローグ風に語る」(同書p.54)浜崎あゆみの歌詞の「自分語り」の文法が、agehaポエムには徹底して貫かれている。実例としては前出の『COMIC ageha』のコピーにもその雰囲気があるが、典型的なageha表紙のコピー実例をいくつか挙げてみよう。

「生まれたときから日本はこんな感じで、今さら不況だからどうとか言われてもよくわからない。そしてこの2月、私たちが愛するもの、買ったもの、着てるものオール40コ!!!」(2009年3月号表紙)

「今年も治る傷と治らない傷があって、たくさん今を嘆いて、1年を振り返ってもまた疲れるだけだけど、毎年恒例の総決算やります♥今年の対象はみんな引いてた「Wライン」♥」(2010年1月号)

 深刻な自分語りから急転直下「私たちの好きなモノ」に転換する部分はageha調ではあるが、全体としては「回想的モノローグ」の文体そのものであることがわかる。

◎トラウマを前面に押し出す

 『ケータイ小説的。』では、ケータイ小説と浜崎あゆみの共通項としてトラウマ語りが指摘されている。

「浜崎が書く詞は、自分の幼少時代の傷の存在をにおわせ、そこから違う自分を取り戻そうとする「トラウマ回復」のモチーフに溢れている。それは、短期間の間にレイプや恋人の病死・事故死などさまざまな不幸に見舞われながらも、最後は前に向かうことを決意するという、ケータイ小説に共通するプロットによく似ている。」(p.68-69)

 『小悪魔ageha』はこのトラウマを前面に押し出すという点で非常に異色な雑誌といえる。「病んだっていいじゃん」とピンク色主体の表紙に大きく描かれた2008年6月号。ageモたちが不幸を語る。

「寝る寝る寝る…そんでお金だけ減ってく。あたしのひきこもり時代。」
「無視されるって地獄やな シャワー浴びながら毎日泣いとった」
「あたし裏切られてる?裏切られてたとしても認めない。認めたら、あたしが壊れちゃうから」
「あの頃人間の中であたしが一番不幸だと思ってた」
「死んだら楽になれる。だから死にたい。」
「居場所がなかった。家出もできなかった。私にとって18歳が人生のスタート地点。」
「愛して欲しかった 迎えにきて欲しかった お父さんに。」
「「幸せ」がわからないんですよ。」
「出勤すると頭が痛くなる。電車に乗ると涙が出る。」

 こんな不幸語りが延々と続くのである。それも、普段からトップに出ているageモや現役売れっ子キャバ嬢たちが、である。
 2009年2月号は表紙からしてインパクトが大きい。

「すべての怒りと哀しみと嘆きと後悔とあきらめを…病みから闇へ わたしたちは人間だから病んでいるII 漆黒でも暗黒でもない 私たちの黒い闇 服を脱いだら皮膚をはいだら私たちは決して白くない。」

 ただし、そこで描かれる「トラウマ」は、些細なものから重大なものまで含まれる。「生きてる意味がわからない」「自分の顔が醜い」「人より特別でいたい」「親に嘘をつく」「セフレ以上恋人未満だったけどあなたにとって私以上の女はいない そう思ってる私おかしいですか」「教室のいじめ」「店のコとマックとかドンキは行く。そこまでしか、行けない。」「自己中」「いつも後悔」「疫病神」「私は必ず嫌われる」「人の幸せを喜べない」「サイトで叩かれる」「侮辱」「酒乱」「会話ができない」「苛立ちに理由はない」……
 これらのキーワードは、そっくりそのままケータイ小説のテーマとなりうる。

◎ファスト風土に生きるヤンキー、「歌舞伎と地方」二極化のage嬢

 ケータイ小説には「東京が出てこない」と速水は指摘する。ケータイ小説は東京ではない地方都市の物語であり、郊外化した「ファスト風土」的な光景を舞台としている。また、「あこがれの場所としての東京、つまり進学や就職先としての東京も描かれない」すなわち「上京」という概念が存在しないと指摘されている。
 私は、この速水の見方には先入観、すなわち「東京に出る」ことが上昇志向である(逆に言えば、東京を目指さない人は上昇志向を持たない)という考え方が背景にあると考えている。なぜなら、私の生まれ育った関西圏では「東京がなんぼのもんや」というアンチ東京的な思考もあり、一概に東京に向かうことがよいとは思えないからだ。ただし、本論考ではその点は追及せず単に「ヤンキーには『東京に行かない』感覚があり、上京という概念が欠如している」という指摘を事実として受け入れ、分析してみることとする。
 さて、age嬢を「地方と東京」をキーワードにして見てみると、そこには大きな二極化が見られる。一方では歌舞伎町や六本木(あるいは大阪北新地や京都祇園)というトップの街を目指し、そこでのトップホステスとして生き抜いていこうとするage嬢がいる。その一方で、地元から離れようとせず、地元密着で生きていこうとするage嬢もいる。
 その具体例を、2008年11月号の特集からピックアップしてみよう。表紙のポエムは「夜に生きる 昼に生きる 私たちが今、生きている街'08 息をするのも疲れるけど、この街のネオンの下を選んだ。ここが私たちの本当の目的地ではないけれど」である。

 六本木の早川沙世。銀座の山口幸乃。歌舞伎町のりん。彼女たちは東京でトップを目指す「東京」志向組である。彼女たちの存在は、速水定義の「地方にとどまるヤンキー」とは相容れない。また、山口県床波のエステティシャン木下布美子は「東京へ行きたい」と語っている。
 中間的存在として、関西圏や名古屋で活躍するageモも多い。ミナミの姫崎クレア、キタの姫乃蓮、祇園の百合華、神戸のフリーターみきてぃ、名古屋の水野有美。このほか、ageha専属モデルとなった桜井莉菜(さくりな)も大阪出身である。東京との対抗心を持ちつつ、大都市の繁華街での成功を目指すタイプである。
 そして、地元密着型のモデルたちが挙げられる。この特集では札幌の黒瀧まりあ、仙台の純恋(すみれ)、千葉のトレーラー運転手渡辺かなえ、新潟の木村るい、静岡の桃華絵里、広島の貴咲愛鈴がいる。
 2010年2月号でもちょうちょの夜物語小特集がある。第一章「地元ちょうちょの日常」では広島の貴咲愛鈴、熊本の城咲美華、福島の遠藤彩香、福岡の吉川ぐり・吉川ぐら、鳥取の双葉、山口のMA*RS嬢ありすん、愛知の成愛唯乃・成愛恋。第二章「歌舞伎ちょうちょの憂鬱」では8人のage嬢が紹介されている。「地元」派と「歌舞伎(六本木)」派が共存しているのである。

◎引退して地方に生きるage嬢

 ここで注目したいのは、3人のageha「卒業」者である。
 静岡の桃華絵里はバツイチ・シンママ(シングルマザー)の静岡キャバ嬢であり、人気ageモであった。その後、専属モデルとなるが、2009年6月号で卒業。自ら設立した会社での活動に専念しているが、本拠地を静岡に置き続けている。先の特集でも「この先一生静岡から離れて暮らすことはないっていう確信があるんだ」「私は本来生まれた場所に根を張って生きるタイプ。地元密着型の人間なんだ。それに心のどこかで、地方で頑張ることに意味があるとも思ってる」と語っている。
 仙台国分町の純恋は「生まれは岩手の山の奥の奥の奥」という胆沢町(現奥州市)出身。クラブAI勤務から上京して専属ageモになった。GACKTの『小悪魔ヘブン』ジャケットにも写っている。一方でアクセサリーデザインなども手がけていた。その後、体調を崩して地元に戻っていたが、2009年6月10日に自室で亡くなっているのが発見された。享年21歳。8月6日、地元奥州水沢の花火大会にて、友人たちによって「純恋追悼花火」が打ち上げられている。純恋は健康でさえあれば東京で活動を続けたと思われるが、その遺志を受け継ぐ友人たちは地元奥州市を拠点としている。
 そしてもう一人、ジーザスディアマンテ新宿店店長けいこが、2009年8月に急遽退職、結婚のために地元・滋賀県甲賀市に帰ると発表された。2009年11月号の記事タイトルは「滋賀県には、海はないけどでっかい湖とひこにゃんとけいこさんがいる これから滋賀で結婚して子どもを産んで生きていきます」。「滋賀で寺田桂子としての第一歩を歩き始めます♥」と見出しが付けられている。
 もちろん、卒業した後も東京で活動しているageモも多い。ここでは、age嬢には東京志向派と地方志向派が共存している実例を挙げてみた。このように見てくると、agehaは極めてケータイ小説的・再ヤンキー化時代の影響も受けているが、それと対立するギャル的な要素も兼ね備えていることがわかる。age嬢はギャルとヤンキーが止揚したライフスタイルなのだ。

■「森ガール」の自己主張とage嬢の自己主張

◎「森ガール」の誕生

 森ガール(もりがーる)とは、「森にいそうな女の子」を指す女子属性カテゴリーである。「ゆるふわ」系のファッションのみならず、ライフスタイルや趣味・嗜好的にも「ゆるふわ」な、文化系女子の一カテゴリー、属性として認識されている。
 2006年08月24日、管理人「choco**」がmixiに「*森ガール*」コミュニティを作ったのがこの言葉の初出となる。この言葉を造語したのも管理人で、本人が友人から「森にいそうな格好だね」と言われたことがきっかけとなった。その後、2009年ごろからメディアで用いられるようになっている。
 2009年5月22日「“森ガール”って何?そのスタイル、行動パターンとは」(日経トレンディネット)によれば、「ざっくりとまとめると、「どこかクセのあるAライン気味のゆるいレトロな花柄ワンピースに、タイツとぺたんこ靴を合わせている」コーディネート」「あまり重ね着をせずボディラインを出すことに抵抗のないナチュラル系に対し、森ガールは重ね着などでドレープ感を出し、ボディラインを隠すシルエットが多い。それによって、ふんわりとした、ゆるい雰囲気が出る」というファッションスタイルとされているが、必ずしもファッションにとどまらず、文化系女子の一部の雰囲気を指すものと考えられる。
 森ガールを象徴するキャラクターとしては、タレントでは蒼井優、宮崎あおいなど、コミックでは羽海野チカ『ハチミツとクローバー』の主人公「はぐ」などが典型的とされる。

◎「森ガール」の系譜

 森ガールという言葉自体は新しいが、その系譜は特に新しいとは言えない。別冊spoon.の編集者・安西由里子は、東京ウォーカー「「ブームではなくカルチャー」大人気“森ガール”の起源は90年代?」記事において、「森ガールは、実は90年代にブームを起こした“オリーブ少女”に通じるところがあると思います」「森ガールは一時的なブームではなく、ギャルやストリート系が台頭していた時代の中でひっそりと継続していた、文化系女子のカルチャーだと思っています」と語っている。
 オリーブ少女と並んで森ガール的な存在として想起されるのは、リリー・フランキーの「中央線トラディショナル」である。『たのしい中央線』誌上で生まれた「中トラ」という言葉だが、特に高円寺・阿佐ヶ谷といった街に生息していそうな女子の雰囲気は、森ガールに通じるものがある。実際、最も森ガール的な喫茶店は、高円寺と吉祥寺に店舗のあるCafe & Galery HATTIFNATT(ハティフナット)とされ、日経トレンディ記事でも「アンティークショップや古着屋が集まる高円寺、下北沢、代官山界隈で見かけることが多かったが、今春からは原宿でも目立つようになってきた」と書かれている。
 森ガールはゆるふわ系の文化系女子の一部を再ネーミングしたものと考えてもよいだろう。

◎森ガールと小悪魔agehaの共通項は「自分視線」

 今回の論考では森ガールの詳細に立ち入ることはできないが、まるで対極ともいえる小悪魔agehaと森ガールに共通項が見られることを指摘しておきたい。それは、「モテ」という他者評価ではなく、あくまでも「自分が好きなこと」を貫くという姿勢である。
 mixi「*森ガール*」コミュニティでは、「森ガールな項目」が挙げられているが、これは基本的に「○○がすき」という項目を挙げたものである。
 「ゆるい感じのワンピースがすき」「Aラインがでる服装をする」「ボルドー・深緑・紺・茶色など、深い色合いがすき」「ボブ×パッツン」といったファッション項目も多いが、「古いものに魅力を感じる」「懐中時計がすき」といった古物趣味、「雑貨屋さん巡りをついついしてしまう」「すきなものはついついコレクションしちゃう、コレクター」というコレクション趣味、「カメラ片手に散歩をするのがすき」といった嗜好などが列挙されている。
 好きなものの傾向こそ違え、「私たちが実際に使っている好きなものだけ140コ集めてみました」というagehaのキャッチコピーがそのまま使えてしまう。あくまでも自分の好きなファッションや行動をとりたいというのである。そこに「モテ」といった他者による評価基準は存在しない。カメラ趣味はモテの小道具ではなく、散歩して気に入ったものを記録したいという自主的な発想の現われだ。
 前掲東京ウォーカー記事でも、伊勢丹第一営業部・寺澤氏の発言として「赤文字系の雑誌に載るような、他人目線の“モテ服”の人気が衰退し、自分らしさを表現したり心地よさを追求する、ゆるくてふんわりした女の子への憧れが注目されてきたように思います」と述べられている。
 小悪魔agehaと森ガール。その両者とも(選択するファッションや趣味は対極にあるとはいえ)、「モテ」という言葉に象徴される「他者目線」を排除し、自分自身で選んだ自分の好きなものを揃え、自分の生き方を自覚的に選んで生きていく、という主体的な意識を背景としたライフスタイルであることを指摘して、今回の論を締めくくりたい。

■あとがき

 今回の論考は『小悪魔ageha』というライフスタイルについての基本的な性質について簡単にまとめることを目的としている。いわばageha論序説としての位置づけである。また、agehaの「自己目線」を強調するために最後に森ガールを取り上げたが、これもまた改めて論じたい内容が多い。特に、今回はメンタル的な部分を中心に論じることとなったが、ファッションそのものについてももちろん検証してみたいところである。
 機会があれば、ageha論、森ガール論ともにぜひ充実させたい。

●参考文献

nuts特別編集『小悪魔&nuts』vol.1(2005年11月1日)、vol.2(2006年4月1日)
『小悪魔ageha』vol.3(2006年6月1日)~2010年3月号(2010年2月1日、通巻41号)
『COMIC ageha』(2008年2月1日)いずれもインフォレスト
速水健朗『ケータイ小説的。』原書房(2008年6月22日)
別冊spoon.「森ガール AtoZ」(2009年2月14日)
別冊spoon.「秋の森ガール」(2009年8月31日)
choco著・監修『森ガール fashion & style BOOK ~おしゃれが好きな乙女に贈る“森ガール”のすべて~』毎日コミュニケーションズ(2009年9月25日)
『森ガール』e-MOOK(2009年10月10日)
『森ガールpapier* vol.1』 電撃ムックシリーズ(2009年10月28日))
『森ガールvalon vol.1』タツミムック(2009年11月30日)
日経トレンディネット「“森ガール”って何?そのスタイル、行動パターンとは」(http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20090520/1026380/)(2009年5月22日)
東京ウォーカー「「ブームではなくカルチャー」大人気“森ガール”の起源は90年代?」記事(http://news.walkerplus.com/2009/1031/16/)(2009年10月31日)
週刊ザテレビジョン46号(謎の「森ガール」を徹底追跡!<あなたの「森ガール」度をチェック!>■ちまたで急増中! 蒼井優、宮崎あおいなど“ユルかわ”な女性たち)(2009年11月)
webザテレビジョン「今話題の“森ガール”が注目するアーティスト“のあのわ”とは?」(http://blog.television.co.jp/entertainment/entnews/2009/12/20091213_04.html)(2009年12月13日)

●参考資料

以下、本論考執筆時点(2010年2月20日)における「小悪魔ageha」バックナンバーの全表紙画像を示す(著者蔵書を撮影)。改名前の「小悪魔&nuts」と特別号である『COMIC ageha』も含む。

●関連論考



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