祖母のこと

 今は亡き明治生まれの私の祖母は大変な苦労人だった。祖父は三十八歳の若さで労咳(肺結核)で急逝してしまい、祖母は四人の子どもを女手一つで育て上げた。それまで専業主婦だったが裁縫の先生をやり、家事と子育ての合間に内職をした。私にはあまり話したがらなかったが、相当な貧乏を体験したらしい。

 私が幼稚園生の頃、祖母は私の手を引いてよく墓参りに行った。祖母は墓の前の階段に座り、てぬぐいを顔に押し当てて泣いていたように思う(決して私に涙は見せなかった)。一通りお参りを終えると、私は他の家のお墓を見て回り、供えられていた菓子をくすねて祖父の墓に戻ると、祖母と一緒に並んで食べた。これは包装紙に水滴がついてるから食べちゃダメ、これは新しいから大丈夫、と祖母が一つ一つ選別してくれた。栗まんじゅう、色とりどりのゼリー、海苔巻きせんべい…。普段食べないお菓子を食べられるのが楽しみでお墓に行ってた気がする。

 「これ、本当に食べていいの?」と祖母に聞くと、「お供えしたらみんなで一緒に食べるんだからいいんだよ」と言った。不思議と罪悪感はなかったが、なんとなく人に言ってはいけないことだと思った。汗をかいて内側に水滴がついたチョコまんじゅう(食べられなかった)、輪郭のくっきりした墓石の影、こちらを威嚇する大きなかまきり、草いきれ。霊もその他の生き物もそこらじゅうに居たし、みんなで並んでお供え物を食べた。

 小学生になると次第に祖母と墓参りには行かなくなり、私が墓参りの秘密をうっかり両親の前で口をすべらせて、祖母は父にこっぴどく叱られてしょげていた。祖母の子どもたちは父を含めて4人全員が学校の教員になっていたし、もはや貧乏でもなかった。その頃から霊は姿を見せなくなった。

                              ー了ー



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