自分が着るべき服は何か

2020年もはや17日。全然更新してないにも関わらず毎日のようにフォロワーさんが増えて申し訳ない気持ちで一杯です。


なのでここで小噺を一席。


今から20年以上も前のこと。

私はモロッコのタンジールに居た。スペインの最南端の町アルヘシラスから高速フェリーでジブラルタル海峡を渡り、モロッコの北の港町タンジールへの日帰り観光ツアー(といっても終日フリー)に申し込んでいたのだが、天候が悪化して帰れなくなり、急遽タンジールで1泊となった。

今と違ってスマホもパソコンも持たず、治安状況も町のどこを歩いていいのかも分からない中、ホテルのボーイに聞いて恐る恐るバサールらしきところの周辺部、表通りに面したところを歩く。暑い季節で着替えが欲しかったのだ。

道端に日曜雑貨や食料、煙草や土産品を並べた露店が並ぶ。安っぽいタペストリーやタイル、様々な香辛料、水タバコ屋、観光客と地元民で溢れる通りで、Tシャツや民族衣装を並べた露店を見つけて立ち止まる。襟元に刺繍がされたどこかの民族衣装らしい白いシャツに惹かれてしゃがんで値段を聞いたら、あれよあれよと数人の男たちが集まって、口々にまくし立てる。このシャツは最高だ、刺繍を見てくれ手縫いだぜ、トモダチトモダチ、ニホンゴハナセルヨ!

いささか辟易しながら値段を聞くと、日本円で6000円ほどだと言う。いやいや運転手に車付きの観光ガイド半日雇っても2500円だったぞ。頭を振って高過ぎると立ち上がる。男たちが口々に何かをまくし立てるが、無視して振り切るように立ち去ると、一人の少年が小走りで追いかけてくる。

少年「ヘイミスター!あれは本当の値段じゃないよ。あそこから交渉するんだ」
私「そうかも知れないけど、大変そうだ」
少年「ボクが交渉してあげるよ」
私「もういいんだ。サンキュー!」
少年「いいんだ。あと、あれはあなたの服じゃないよ。よい旅を!」

どこか歌うように明るく話す少年は、たちまちどこかに走っていったが、最後の一言だけは、どこか棘があるというか、咎めるようなニュアンスがあった。

あるいは宗教的な意味合いがある服だったのだろうか。だから値段も高かった?今となっては確かめようもない。でも…「あなたの服じゃない」この言葉は飲み込んだ魚の小骨のようにずっと引っかかっている。

歳を取って、自分が何を着ればいいのか分からなくなってきた。最初はダメージジーンズだったと思う。いい歳して穴が空いたジーンズ?いやいや違うだろ。次にパーカー、学生じゃないんだから。だからといって会社勤めを辞めてからスーツは袖を通したことすらなく、ブランドで固めるのは趣味じゃない。突き詰めて考えてゆくと、洋服自体が日本人の服じゃない。さりとて今更和服にもゆけない。

こうして袋小路に陥った……。

いや、好きなもの着ればいいだけだ。誰にどう思われようと自分が好きな格好をすればいい。そもそも他人は自分に興味など持っちゃいない。そんなことは分かってる、だけど……。


自分が何かを発信しようとする時に、どこかで「自分とは何者か?」という問題に必ず行き着く。取り立てて特別な能力がある訳でも、何かのスペシャリストでもなく、賢くも勇敢でも優しくもなく、平々凡々な生き方をしてきた自分に世間に向けて発信できる何かなどあるのか。自分が着る服すら見失っているというのに…。


ここからが正念場だ。もうすぐ、すべてを賭けて大きな勝負に出る。おかしな話だが、何者でもない自分がすべてを失ったところで元々何もない、という逆説的な理由で怖くはない。怖いのは周囲の人を巻き込んでしまうこと、その人たちをなんとかしてあげたいけど、なんにも出来なかったら…。そっちは本当に怖い。

無謀なだけじゃダメだ。出来る限りの計算をして、ベストと思われる道を模索する。すべてが手探りで、一つ一つの選択に自信がなく、これでいいのだろうかと常に自問する。いくら聞いたところで答えが見つかる訳じゃない。



だから楽しいのだ。




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