北海道に行きたかった。
父には当時北海道に住んでる姉がいた。
夏休みや冬休みになると、毎年のように私と弟はそこに遊びに行っていた。
伯母は小学校の先生で、子供好きな人だった。
遊びに行くといつも歓迎してくれたし、同じことを何度聞いてもイライラすることなく教えてくれる、大らかな人だった。
「伯母さんの家に住まわせてもらう?」
父のことを告白した後、母からそう提案された。
この時父はホテル住まいをしていて、家には帰って来ていなかったと思う。
北海道に行きたいと強く思った。
とにかくもう父と一緒に暮らしたくなかった。
「私、北海道に行くかもしれないんだ。」
学校の友達にそう触れて回った。
当時の私は太っていて、学校では一部の男子からいじめにあっていた。
彼らはこちらをにやにや見ながら私の絵を黒板に描くのだ。
猿みたいな顔と突き出したお尻が特徴の私の絵を。
北海道に行けば、こんな学校に通わなくて済む。
新生活をあれこれ想像しては、いつ行けるのかと楽しみにしていた。
それなのに、母から「北海道の伯母ちゃんはことこを引き取るのが嫌そうだし、お母さんはことこと離れて暮らしたくない。でも、お母さん1人で2人を育てていく自信がないから、これからもお父さんと暮らしてほしい。」と言われたのだ。
私は絶望した。
この家で暮らしていくしかないんだ。
もう絶望という言葉以外思い浮かばなかったし、この後父と顔を合わせることになると思ったら暗澹たる思いだった。
この後どんな顔をして会えばいいのか。
この時、母への信頼は完全になくなった。
だけど私はお母さんに頼るしかない。
弟には父の性的虐待のことは知らせていなかったし、もう私の味方は母しかいないのだから。
この後、私は24歳で結婚するまで「家族」としてこの家で暮らした。
でも、今でも思うのだ。
あの時、北海道に行っていたらどうなっていたのだろうかと。
実際には伯母は仕事もしていたし、私を引き取ることはできないと断わられたのだけど。
だからと言って伯母のことは恨んではいない。
ただ、「北海道に行きたかった。」という中学生だった私の気持ちが心に残っている。
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