海のお姫様イラスト

海のお姫様

深い深い海の底にお城がありました。 お城には王様と女王様、そしてお姫様が住んでいました。

お姫様はちょっとお転婆です。 毎日のように海の中を泳ぎ回り、魚たちと遊んでいました。 とても好奇心が強かったので、女王様はお姫様が遠くへ行かないか心配でした。

「あまり遠くへ行くと帰れなくなるわ。それに海の外は恐ろしいものがたくさんあるから、海から出てはいけないよ」

でも、ある夜、お姫様はそっとお城を抜け出して海の外へと行ってしまったのです。

その夜は素晴らしい夜でした。 魚たちもそれぞれのベッドで眠ったころ、お姫様は自分のベッドからするりと抜け出し、静かなお城の廊下をそっと歩きました。 夜中のお城はゆったり泳ぐアンコウの明かりだけに照らされ、深い藍色のなかに沈んでいます。 そして、お城の裏の端にある忘れられた扉から外に出ると夜の海がひんやりと体を包みました。 夜の海には光るクラゲがふわふわと浮いています。

お姫様は海の底からぐんぐん水面に向かって泳ぎました。 水面に近づくほど深い藍色に月光の色が混ざっていきます。 とうとう水面にたどり着き、海から顔を出すと風が髪の毛を乾かしました。

お姫様は息をのみました。 なんて海の外は美しいのでしょう。 空に輝く月や星も、月光に照らされる水面も宝石のように輝いています。 見えるものが全てが輝いて見えます。 浜辺まで泳ぎ、浜に足をつけると海の底より暖かでした。

お姫様は月明かりに照らされた細い道をクルクルと飛び跳ねながら歩いていきます。 時折吹く風は心地よく、足の裏に触れる地面は真綿のようです。 道の左右に生えている木々は珊瑚よりも立派に枝を伸ばし、鮮やかな葉をつけています。 その中をお姫様が跳ねるたびに髪の毛から貝や珊瑚が落ちて鈴のような音を鳴らしました。 今まで生きていた中で最も素晴らしい瞬間でした。

その時、強い風がびゅうと吹いて木々を揺らしました。 途端に王女様が言っていた恐ろしいものが木々の向こうからこちらを見ていて、振り向いた瞬間に頭から大きな口で食べられてしまうような気がしました。 先ほどまで心地よかった風が恐ろしいものの鼻息のようです。

お姫様は急いで海へ走って、一目散にお城へ戻りました。

でも、深い藍色の中にお城を見つけ、光るクラゲとアンコウの横を通って、暖かいベッドに潜り込むころには、もう怖かったものを忘れてしまいました。 目をつむると、輝く海の外の世界が目の前に広がりました。 本当にその夜は素晴らしい夜だったのです。

*    *    *

海の近くの小さな村で、漁から帰ってきた父のもとへ娘が走ってきました。

「とうちゃん!道にいっぱい落ちてたよ!」

そう言って開いた娘の手の中にはなんとも美しい貝がありました。 それは、まるで海の輝きを全て集めたかのような貝でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?