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きゅうりか鯖か

おかゆのつぎはお味噌汁。副菜のきゅうりを少し食べてからまたおかゆ。少し塩気のあるものを食べてから主食を食べたいようで。

次はメインの鯖の塩焼きに視線を送っている。それが食べたいという意思表示だ。骨と皮を丁寧に取り除き、一口台にしてからスプーンにのせる。

そのまま口に運ぼうとしたらプイッと顔を背けた。
魚が食べたいんじゃないのか。
ぼくは手にしていたスプーンを止め同時に思考もストップさせた。相手が拒否している状態では続けられない。

その利用者さんはおかゆに視線を落としている。そうか、魚はおかゆと一緒にスプーンに乗せてほしいというわけか。
おかゆをスプーンですくい、魚は一口台のものをあとから乗せる。そのまま口元へ運んでいくと、口を開き舌でそれらをくるめとって、そのまま喉へと流し込んでいった。

この間(かん)ふたりは、ひとことも発していいない。視線と動作、顔つきや雰囲気などをお互いに読み取り、この一連の食事を成立させている。
ひとことも発していないというのは正確じゃない。その方は言葉を発することができない。

視線や動作で相手の要求を理解することは相当難易度が高い。相手の想いとは裏腹に、自分の先入観が邪魔をして相手の動作を確定させようとしてしまうからだ。自分の慣習もきっと影響している。

おかゆを口に入れたあとは、きゅうりか鯖か。この二択でさえ読み取れないことがある。この二択に勝利したかと思えば、今度は副菜のひじきを食べたいと意思表示があって。しかもそのひじきはそのまま食べるのではなく、マヨネーズとごはんとひじきを混ぜたものにしてほしいという。これはその方が以前、少し話せるときに聞き取った食べ方だった。

細かい要求をこちら側で取りこぼさないようにキャッチし、気分よく食事ができるように配慮しなくてはいけない。もしかしたら第六感以降の神経を使っているのではないか。
要求と違うことをすれば、その方は激昂することもあって「スタッフを変えてくれ」「なんでわかってくれないんだ」と、人格さえ否定し拒絶することだってある。

慣れていないスタッフは遠巻きにしか関わらなくなっていく。でも、誰かが関わっていないとその人は命を繋ぐことができないのだ。状態は悪化していくばかりだった。

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