僕悪

『僕は悪者。』②

 二
 俺の脳みそが翌日には不要な記録としてデリートしてしまってもしょうがないような、クソつまらない古典の授業を終え、その後には今を生きてる俺にはどうでもいい日本史をなんとか終え、一日の授業は終わった。
 まあそんな授業でも座っていれば時間を使うことができるので別に構わない。体育なんかと比べるとだいぶ楽だ。
 ただ、最悪なのは今日は掃除当番だっていうことだ。
 掃除当番は出席番号順に決まる。俺の前の秋谷元気と後ろの宇野恭平が同じ当番になっている。
 だけれどこいつらは本当にくだらない遊びをしているばかりで一向に掃除を手伝わない。
 毎度そのせいで掃除が長引いてしまう。つまりは俺の帰宅時間が遅れる。
 こいつらの口の中に手を突っ込んで呼吸できなくさせて、苦しみながら死んでいく様子を見たいほどに俺はそいつらが嫌いだった。
 そいつらがお互いの股間を箒で攻撃したり防いだりとくだらない遊びをしている間、俺はふざけているそいつらにぶつからないように掃除を進めた。
 ぶつかってまたバイキンがどうのと言われたらたまったものじゃない。
 安西明子、安藤夏美、井上香織と女子はみんな真面目に働くからまあ、構わない。
 ただ、安藤夏美はスカートが短く、いつもむっちりとした足を覗かせていた。
 顔は中の中といったところで特にそそられるわけではないが、若干太り気味のむっちりとしたその足は俺をそそった。
 何度か彼女を犯すことを想像してオナニーをしたことがある。
 なんてたって俺は悪者になりたいのだ。同級生をオカズにしてオナニーをすることはある。
 俺は今すぐにでもその女を力ずくで犯してやりたい衝動に駆られたが、なんとか欲望を押さえ込んで平然と掃除をした。箒で埃を集めて捨てる。箒で埃を集めて捨てる。下げていた机を戻す。下げていた机を戻す。単純作業の繰り返しだ。
「うらっ。」秋谷元気の声がしたかと思うと、宇野恭平が俺の方めがけて飛んできた。
 机を持っていたせいで避けることができず、宇野恭平の体は俺の体にあたり、俺は机とともに転んだ。
 ガッシャン。うるさい音が教室に響く。教室にいる同級生は皆こちらを見る。しかし、俺には誰も心配して駆け寄って来たりはしない。
「何すんだよお前。そんなに強く押すなよ。」宇野は俺に目もくれないで立ち上がり秋谷とまたじゃれあいを始めた。
 謝れよ。このうすら寒いゲボゴミ虫が。俺は心で悪態をうち、倒されてジンジンと痛んだ足を抑えた。
 そして、まだ押したり箒で突っついたり、高校二年にもなって小学校低学年のようにクソ幼稚な遊びを繰り広げている秋谷元気と宇野恭平を頭の中で三回殺した。
 最初は秋谷の顔を殴りつけ、窓に頭を叩きつけ窓を割りそのまま落とし、その様子を見て驚いている宇野を箒で殴り、今度は手で殴り、いつも胸元に入れているポケットナイフを使って喉をグサリ。
 二回目は俺と一緒に倒されている机を二人に向かって投げつけ、一人ずつ殴り、怯んだところを最後は二人とも窓から放り投げる。三階の教室から落とされた二人の頭は割れて、中からミソが飛び出すだろう。
 最後はいつもお決まりの、俺が一番憧れている、手元に突然機関銃を出現させ、二人をぶち殺すというものだ。
 頭の中で三回殺すと、俺は立ち上がり掃除を続けた。こうすることで、少し、ほんの少しだが、俺の気は落ち着いた。
 俺が倒されたと言うのに、誰も心配しない。被害者は俺なのに誰も心配しない。俺は本当に彼らにとっては空気のような存在だ。
 いや、空気じゃない。俺はきっと彼らにとって毒ガスか有害なバイキンなのだ。だから俺に触れてしまった宇野が被害者。そして毒ガスの俺はいつだって加害者だ。
 たまに彼らは俺に触れた手を他の友人につけて菌が移っただのどうのこうのとやっている。
 小学校や中学校の時にも自分が菌になることは体験していたが、まさか高校でもなるとは思っていなかった。
 高校生というのはもっと大人っぽいと思っていたのに、いざ自分が実際になって見て周りの奴らを見ると想像していたよりもずっとガキな奴らばかりだ。
 ああ、俺は本当に有害な菌だったらどんなにいいだろう。
 そしてクラスメイト中に感染できたらどんなにいいだろう。全員の体内に侵入して穴という穴から血を吹き出させて殺してしまおう。
 俺は教室の中で菌として扱われる時にはいつも、本当に自分が菌になったところを想像して楽しんでいた。
 掃除を終えると、俺はカバンを持って玄関に向かう。三階の教室を出て降りていく階段では色々な部活のユニフォームを着た生徒に出会う。着替えを済ませてこれから練習なのだろう。
 そのどれにも属していない俺は玄関で外履に履き替えると、今日も一日誰とも会話をしなかったことを思い出しながら学校を去った。
 自転車に乗り、校門を出ると俺は必ず校舎を振り返る。
 頭の中では俺が仕掛けた爆弾によって校舎は爆発する。あの部活動にこれから精を出そうとしていた生徒たちは全員爆死する。健全な肉体に不健全な精神を宿した、クソゴミどもは爆発で一瞬にして焦げた肉片に変わる。
 かっこいい。まるで吉良吉影みたいじゃないか。俺が触れた校舎そのもの全てが爆発する。そしてその中にいた人はみんな塵となって死んでいく。
 ははは。最高に興奮する。
 岡本太郎は芸術は爆発だと言ったらしいけれど、彼は実際に爆発を起こしたことはあったのだろうか?俺は彼の描くよくわからない絵よりも吉良吉影が人を殺す瞬間の方がよっぽど芸術的で美しいと思う。
 そうして俺は下校していく。いつものことだ。

(つづく)


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