僕悪

『僕は悪者。』③

  三
家での俺はいい息子だ。父親はサラリーマンで母親はスーパーのレジ打ち、妹は俺とは真逆でリアルに充実した中学校生活を送っているようで、帰宅部なのに高校生の彼氏(俺とは違う高校だ)がいて、いつも日が暮れるまで帰ってこない。彼氏の家でセックスでもしているのだろう。
絵に描いたような中産階級だ。しかもその中産階級の住んでいる家が、父親が三〇年ローンで買った郊外の家だから尚のことつまらない家庭だと言えるだろう。
妹が欲しがり散歩をするとの約束で買われた柴犬は今では母親が散歩とご飯の世話をしているだけで、家の前の犬小屋で日々暇そうに眠りこけっている。誰にももう愛されていないその愛犬はおそらくそれに気がついているのだろう。もう家族の誰が近づいても尻尾を振ったりはしなかった。
絵に描いたようなつまらない大量生産型中産階級だ。
でも、こうした暮らしが俺にはあっているとも思う。俺は悪者だ。悪者は「普通」に溶け込まなくてはいけない。
家ではいたっていい子の俺は、手もちゃんと洗うし無駄に歯向かうこともない。自分の部屋で宿題をこなしてからは、同級生のムッチリとした足を思い出してオナニーをしたり漫画を読んだり、その両方をしたりして過ごした。健全な男子高校生だ。
母にも父にも不満はない。同級生ほど頻繁には二人を殺す瞬間を思い描くこともない。
俺はいたって「いい子」な訳だ。
家に帰ってきたが、誰もいない。だから「ただいま」と無駄な発言をしたりもしない。父は仕事、母はパート、妹はセックス。いつも通りのことだ。普段も七時を過ぎるまでは誰も帰ってはこない。
父親は眠って土曜日と日曜日を過ごすためだけに、三〇年もの借金を抱えてこんなつまらない建造物を立てたのだから哀れとしか言いようがない。しかもそこに住んでいるのが、もう自分のことを愛してはいない妻と、俺、それと反抗期真っ只中の妹と、目の死んだ犬なのだから尚のこと哀れだ。
毎月毎月ローンを返済してもそれを誰も感謝してはくれない。哀れなサラリーマン。誰の記憶にも残らず、代わりはいくらでも効く仕事を延々と続ける社会の歯車。そのうちの一つが俺の父親だ。
 ああ、つまらない。つまらない学校を卒業して、行き着く先が父親と同じような人生。俺はそんな人生を送る気はさらさらない。俺は強烈な悪者になって、つまらない人生を送る平凡な愚民どもに刺激を提供してやる。
 冷蔵庫を開け、俺は麦茶を飲んだ。高校になってからは水筒を持っていくことができるからいいが、中学の頃は水筒を持っていくことも禁じられ、中休みに飲めるのは錆びた味しかしないクソまずい水道の水だけだった。しかも、給食は牛乳だけ。そんな囚人もびっくりな劣悪な環境に詰め込まれていたから、毎日帰って飲む麦茶はあまりにも美味しく感じた。
だが、高校生になるとそうでもない。中学よりは自由度が増し、校内でもジュースなんかを飲むことができる。
それでも帰って来てまず麦茶を飲むという癖は抜けなかった。
飲食に関しては中学に比べてだいぶマシになった。
だが、頭髪に関してはやたらと高校になると厳しくなった。まあ、俺の当面の目標は「平和な日常を続けること」だ。緑色なんかにできないし、しない。
俺は悪役としてバッドマンに出てくるジョーカーは大好きだけれど、あの身なりは真似することはできない。いや、実行するときにはああいうメイクをするのもいいかもしれないが、いつもはそんなことできない。
俺は悪者っていうのは平凡な日常に潜むことで魅力を増すと思っているから、まあ、する必要もない。
だが必要以上に頭髪に対して文句を言う教師は頭の中で今まで数えきれないほど殺してきた。
 ああ、ムカつく。あいつらは襟足がどうのとか、パーマがどうのとか、色がどうのとかって。俺はもとから天パだし、髪も茶色が強めなんだよ。カスどもが。
それに女子生徒のスカートも短かったら指導する。短い方が階段でパンツを見れる可能性が増えるのだから、男性教師も嬉しいだろうに。
教師なんてものはどうせ、自分のクラスの可愛い生徒をレイプすることを想像して毎日オナニーをしているような変態豚ゴミどもの集まりだ。
先生なんて大層な呼び方でもう呼ぶ気分にはなれない。これからは教師のことは豚ゴミと呼ぶことにしよう。
ははは。楽しくなってきた。俺は麦茶を飲み干した。
 豚なんだからこれからは想像で殺す時も屠殺をモデルにしたやり方にしよう。丸ノコみたいな回転する刃物を奴らの首に当てるんだ。
でも教師を食べる気にはならない。屠殺して捌いたらすぐ捨てよう。それこそが豚ゴミってもんだ。
多分だけれど、鶏肉も、豚肉も、残さず食べるってことがある意味じゃあ、最高の弔いな訳だ。わざわざ命を取って肉を食べるわけだから。
でも、命を取って食べもしないならそれは最高に侮辱的な行為だ。
だから、俺は教師たち豚ゴミを殺してミンチにしても腐らすだけにしてしまおう。
おやつが入った引き出しを開け、そこからビスケットを持って自分の部屋へと向かった。
昨日発売された少年漫画雑誌をまだ半分ぐらいしか読んでいないからその続きを読もうじゃないか。
「友情・努力・勝利」に真っ向から立ち向かうえげつない悪者が登場するといいのだけれど。
俺はベッドに腰掛けて、漫画雑誌を読んだ。面白い。だけれど、そのどれもに出てくる悪者にはあまり魅力を感じなかった。
俺は雑誌を置いてベッドに寝そべった。
見慣れた白い天井はとてもつまらない。それでも俺はただただ眺めた。
つまらない。とてもつまらない。
今頃、学校の奴らはまだ部活動をしている時間だ。「練習」って言うのをしているのだろう。
俺は中途半端なレベルの高校で部活動を続ける運動部どもの気がしれなかった。
くそみたいな野球部どもは、絶対にプロになれやしないというのに、熱心に部活をするし、顧問の変態豚ゴミに言われたことにもヘラヘラと従う。坊主にさえする。
バスケ部はチャラチャラとアクセサリーみたいにバスケをしている。そしてそういう奴はチャラチャラとアクセサリーみたいにケバい女を連れている。
マジでクソみたいだな。
全員クソだ。
だんだんと学校のことを考えていたらイライラしてきたから俺は出かけることにした。
自転車に乗ってあてもなくプラプラとする。そうすれば学校というクソみたいな空間のことを忘れて、自分が自由になれたような気がする。


(つづく)


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