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選手ですか? さんですか?

新聞上では人名には基本的に、「さん」や「君」といった敬称をつけます。
敬称を何にすべきか悩むとき。
記事内で人物の敬称が統一されていないとき。
校閲では文字の間違いを指摘するだけでなく、こういったことも考えます。

「あれ、この場合どうしたら…?」
北京冬季五輪でメダル獲得に沸いた、スノーボードの記事から見てみましょう。

▽「選手」と「さん」、どっち?

中日新聞 2021年11月24日付 朝刊社会面

中部地方にある室内ゲレンデ場が閉鎖されるという記事の一部分です。
普通に読んでいるとおかしいところはないように見えますが、ある部分が気になりました。
赤い線の引いてある部分を見てください。
「村瀬心椛選手」「相沢亮さん
同じスノーボードの選手なのに、敬称が違っています

基本的に同一記事内では、扱いに差が出ないようなるべく同格の人物の敬称は統一しています。
現役の選手間で呼び方が違うのはめずらしいケースです。
そのため、どちらに合わせるかを考えました。

▽スタンスの違い

記者へ問い合わせる際に提案したのは「相沢さんの方を『選手』にしてはどうか」でした。
2人ともスキー連盟の強化指定リストに名前があり、かつ現在も競技をしているため、「さん」より「選手」に合わせた方が適切と考えたからです。

それに対する記者の返答がこちら。

どちらも敬称を変えず、そのままでお願いします。
相沢さんは「選手」というより「パフォーマー」だと自負しているため、本人希望で「さん」にしました。
「自分は五輪のような競技大会を目指す『選手』ではなくて、パフォーマンスを動画に収めるようなタイプのスノーボーダー。だから、選手ではないと思う」とおっしゃっていたためです。

こういった返答がくるとは思っていませんでした。
同一競技の選手で敬称が違っている場合、上記のように「統一しては」と声掛けをします。経験上、記者側もそれを受け入れることが多いです。
また競技を行う人は「選手」と呼ぶものだと思っていた面もありました。

相沢さんのように、競技に対する考え方は携わる人によりさまざま
表記を統一するために、紙の上だけで「選手」と機械的に決めつけてはいけないと改めて気づかされました。
われわれは記事に書かれたことしか知りえず、記者と違って本人に直接聞けません。校閲の限界の先にある人の思いを今回知ることができました。

▽おまけ 敬称あり? なし?

上の話は社会(ニュース)面の記事のため敬称がついていますが、スポーツ(運動)面では現役選手の敬称は略しています。
ただ、現役引退後は原則として「氏」などがつきます。
それを踏まえて下の事例を読んでください。

2022年1月に野球殿堂入りした元中日投手の山本昌氏。運動面に現役時代の記録と成績の表を載せました。
二つのタイトルは「山本昌の最年長記録」と「山本昌氏の年度別成績」。
この場合はどうしたでしょうか?

ルールにのっとれば「氏」に合わせるのがよいと思います。
実際の紙面でも「山本昌の最年長記録」としました。
しかし、記録を達成した時点では選手であったので、敬称がなくてもよいのではという解釈もできるのです。

2021年にヤクルト・清水昇投手がシーズンホールド数のプロ野球新記録を樹立した記事では、前記録保持者の元中日・浅尾拓也さんが2010年にマークしたシーズン記録について触れていますが、敬称はついていません
これ以外の記録達成記事でも同様の扱いでした。
この記録に対して浅尾さんが話をしたという記事があれば、その中では「氏」や「コーチ」といった敬称がつくことになります。

引退したことによって「氏」と書かれ立場が変わりますが、「選手」としての記録や目の前で見たプレーの記憶は、何十年たっても変わることはありません。

この記事を書いたのは
浅井 由希
2013年入社、名古屋本社編集局校閲部所属。
中日ドラゴンズがリーグ優勝した時に現地で見た、06年のウッズの満塁弾と11年の浅尾のフィールディングは一生忘れません。