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四角いキス2【ショートショート】

四角いキス、ですか。
そもそもダメという意味の言葉だったんですよコレ。

「何だこれは、駄目だ四角い」

って、
プロジェクトリーダーの中貝さんがね、
毎回毎回そう言ってコーヒーを一気飲みするんですよ。
カフェイン過剰摂取で血管が切れるんじゃないかって、
私は毎回そう思って見てましたね。

すいません私こういうの初めてなんですよ。
こういう取材を受けるの。
ええ、今まで一度も無かったですね。
確かにあの企画チームの中に私の名前はありましたけど、
いつも表に立って話をするのは中貝さんでしたから。

えーと、で、
中貝さんからも事前の連絡で言われてます、
私の知ってる事を何もかも話して良いって。
いやぁー、なんか緊張しますね。

では録音始めますか?
え、もう始まってます?
いやぁー、ははは、変な事言ってないかなぁ。

では。

まぁ今回は中貝さんからの紹介で、
バーチャルソフト『四角いキス』の開発秘話をね、
喋らせて頂くと言う事で……。
ふふっ……すいません、
なんかいざとなると笑っちゃって。
はい、大丈夫です。では。

あれは売り出す時期としては絶好でしたね。

長い長いコロナ厄災が完全収束して一年後位からかな、
体感型バーチャルデバイスが市場に現れて、
圧手袋とか、感風ヘッドギアとか、
音と映像以外の刺激を提供するっていう、
そういうゲームが売れるようになっていって、
いやぁ、時代が変わってきたなぁって思いましたよ私も。

それでドーンって売れたゲームが出たんですよ。
『あの夕焼けの坂道で』っていうタイトルなんですけど。
あ、知ってます?アレが当時凄い売れて。
カタカナや英文字だらけのタイトルが並ぶ中、
ちょっと昔の小説のみたいなタイトルが売り上げトップでね、
いやぁ凄かった。
そう、あのゲーム、ハグされるんですよね。
やった事あります?流石に無いか。
もう化石みたいなもんか。何十年前のゲームなんて。
それが当時はゲーム中のキャラが抱きしめてくると言うので、
ネットのどこを開いても話題になってましたね懐かしい。
テレビでも?へぇ、よく知ってますね。
そう、当時はまだテレビっていう形態がありましたね。
私はその頃から既にテレビを持ってなかったんですけど。
まぁ、後の衰退を見れば先駆けだったのかなぁって。

すいません、話しが脱線しちゃって。
気を付けますから許して下さい。

で、夕焼けの坂道は体感スーツが凄かったんです。
そのスーツを通して、
バーチャルの恋人から抱きしめられる体験が出来る。
それが本当飛ぶように売れましてね。

それでうちのリーダーが思いついちゃうんですよ。
ハグでこれだけ売れたんだ、
キスすりゃもっと売れるに違いないって。

完全に頭悪い人の思考だと思いません?
私もそう思ってました、
でも現実って何が起こるか判らないんですよね。

『四角いキス』は当初、
『マジック・キス』という名称でした。
男性向けと女性向けの二種類が開発されて、
私は男性向けのバージョンの開発チームに配属されて。
他に男性がわらわらいる中、女性は私一人だったんですよ。
最初は正直なんで私が居るんだろって思いましたが、
女性の意見も大切だからと説明されて、
そんなものかとあやふやに納得した記憶があります。

私はデバイスデータの開発担当でした。
要するに、キスする感触を作る部門。
それとは別に立ち上がってた認可部門というのがあったんですが、
これが相当苦労したと聞かされました。

画面とコントローラだけでゲームをする時代が変わり、
他の身体部位に直接作用するゲームの登場で色々条例が出来ました。
昔ね、デバイスの誤作動で警察沙汰になった事件があるんですよ。
そのお陰で安全認可機構ってのが創設されて、
そこの認可が下りないと販売出来ない事になったんですね。

そりゃあ、キスですからね。
口にブチューっとデバイスが当たらなきゃ何も始まらない。
衛生面は本当に大丈夫なのかって言うのが相当詰められたようで、
認可と設計、両部門の人達は連日死にそうな顔してたらしいです。

それでようやく、

「そのシステムなら売り出して良し」

と沙汰が下されて、
ようやく私達データ開発部門の出番が回ってきました。
前工程の人達が滅茶苦茶苦労したから負けてられない!って、
そう意気込んで始めた訳ですけど、これがまぁ上手くいかない。
テストデータを作る度に中貝さんが言うんですよ、

「キスが四角い、キスが四角い」

って。
作ったデータをデバイスに反映して、
チーム皆で試キスして回ってたんですが、
私も毎回なーんか違うなぁって思ってました。
言葉に表現するのは難しいんですが、
人間の唇とキスしている感じじゃなかったんですよね。

いや、設計は完璧でした。
質感、柔らかさともに人間の物を完全に再現してて。

でもキスって思いの外デリケートだったんですね。

キスと似ている感触がする、と言われるものはあります。
豆腐とか二の腕とか。

でもキスの感触と一番似ているものって、
キスなんですよね。

豆腐も二の腕も所詮『似ている』だけであって、
やっぱりそれは豆腐と二の腕に過ぎないんですよ。

私達は『似ているモノ』じゃなくて、
本当のキスを作らなけばならなかった。

『あの夕焼けの坂道で』が爆発的に売れたのって、
本当のハグが体感出来たからに他ならなくて、
四角いキスも売れる為には本当のキスにならなければいけなかった。
判ります?
なーんかキスしてるような感じがするなぁ、じゃダメなんですよ。
うわ凄い!本当にキスしてる!
ユーザーがそう思わなきゃダメだったんです。

すいませんちょっと熱くなっちゃって。
なんでしたっけ。

あ、そうそう、
テストデータとキスしてみて、
人間味が無いんですよね。
人間味が無いで言葉合ってるのかな。
なーんかぎこちないと言うか、固いと言うか。
それを的確に表したのが中貝さんの「キスが四角い」でしたね。

いよいよラチがあかないんでデータを作るんじゃなく、
実際の人間からキスデータを取る事にしました。
一つのデバイスをデータ採取用に改造して、
そのデバイスにキスをすればデータ入力される仕組みでね。
それで奥さんや彼女がいる人達に持たせて、
さぁお前らデータ取って来い!って中川さんが言いました。
いや、今冷静に思うと割と凄い事してますよね。

それで数名の人が取ってきたデータとまた試キスするんですが、
なんかおかしいんですよ、なんかしっくり来ない。
人とキスしてる感じがしないんですよね。
また中貝さんが四角い四角いって言ってコーヒー飲んで、
手当たり次第に奥さんや彼女がいるメンバーにデータ取らせました。
凄いチームでしたね。
中貝さん以外は全員奥さんか彼女が居たんです。
ええ、中貝さんはその時離婚してて……後に再婚されましたね。
でも結局集めたデータ、全部ダメなんですよ。
全部四角いんです。

そこでようやく私も気が付きました。
皆わざとデータを歪ませてるんですよ。

いや、だって考えても見て下さい。
自分の奥さんや彼女とのキスがゲーム化されて、
世界中の見ず知らずの人間がそれを買うんですよ。
ゲームとは言え赤の他人が自分の奥さんや彼女とのキスを知るんです。
男性側が嫌だと思ったか、奥さん彼女側が嫌と思ったか、
それは皆さんそれぞれに聞かなきゃ判りませんが、
とにかく良いデータは上がって来ませんでした。

そこで私が手を挙げたんです。
私がデータを取りますって。
その時のチームの皆の顔は凄かったですよ。
しょっちゅう渋い顔してた中貝さんも目をカパーと開いて、
本当か!?って。

私はその翌日、
採取したテストデータをデバイスに入力して、

「さぁどうぞ」

とチームの皆に試キスを促しました。
面白かったですよ。
最初は誰も私と目を合わさなかったのに、
試キスをした後にハッとした顔して私を見るんです。
ちょっとドギマギした感じで。

それでいよいよ中貝さんが試キスすると、
うん、これだ!って手を叩いて。
安心しましたよ私は、これでようやくリリースできると思って。

でも中貝さんがまたちょっと心配そうに私に聞くんです。
このデータを元に実製品を売り出すとしても大丈夫か?って。
私はええ、どうぞどうぞと。
そしたら中貝さんがもう一度、
今度はこう聞いてくるんです。

「世界中が君のキスの感触を知る事になるけど大丈夫か?」

それを聞いて私は答えました。
このデータ、私のキスじゃありませんよって。
私の彼氏のキスデータですよって。

そしたら、あっはは、
中貝さん、えっ!?って。
チームの皆もそこらじゅうで、えっ、えっ!?って!
だから私ももう一回言ったんですよ。
私の彼氏のキスデータなので私は大丈夫ですって。

そーしたら中貝さん顔真っ赤にして、
なんだコレ、男のデータかー!って怒りだして。
男性向けなのに男のデータで売りに出せるかって、
そう言ったんですよね。

まぁ、そう言うだろうなとは思ってました。
だから言ってやったんですよ。

「皆さん試キスをした時、
 それが男性のデータだと誰が気付きましたか?
 ただ、とても良いデータだと思ったんじゃないですか。
 他の誰が持ってきたデータよりも、
 私の彼のキスがずば抜けて良いと思ったんじゃないですか。
 そりゃそうです、データ採取する際にこう言いましたから。
 アナタが私よりも先に死んだ時、
 私がアナタを思い出して何度もキスしたくなるような、
 そういうデータを取らせて、と。
 私はこのデータに勝てるモノがないと思ってます。
 何故なら彼は私の注文通りのデータを取らせてくれましたから」

あの当時、
まぁコロナのせいもあって皆ストレスがたまって、
色んな事が起こる度にワーギャー騒いでました。
性差別もその一つで、
まぁ、色んな騒ぎがネット上でもありましたね。
でもコロナが収束するとその時の事を反省する風潮が出て、
近代に繋がるネットマナーが生まれ始めました。
その反動でまた、男は、女はとか、
そういう見方が盛り返した感じはあったんですけど、
チームの皆は割と柔軟な考え方を持っていて、
それには驚きましたね。

男女のキス差?

うーん男女の差って言うよりも、
やっぱり愛情の差じゃないですか?
嫌いと思ってするキスと、
好きと思ってするキスはどうやっても違うでしょう。
こういうのって根底は精神面の問題だと思うんですよね。
精神面が物理面に働きかけて、結果良いキスになる。
なんて、まぁ私研究者じゃないんで断言は出来ないんですけど、
おおまかには間違って無いんじゃないかと思います。

四角いキスの販売が決まった時、
この事は死んでも誰にも話すなと中貝さんに釘差されました。
ネットの炎上体質は当時割と収まりかけてましたけど、
まだ何が起こるか判りませんでしたからね。

でもあれから数十年経った今、
中貝さんから話して良いと言われて、
ああ、良い時代になったのかも知れないな、と思いました。

でもあの頃、四角いキスに夢中になってた人達は、
この取材記事を読んでちょっとびっくりするかも知れませんね。
でもその人達にこう言ってあげたいです。
最高のキスだったでしょ?
だって私がそう注文したのよ、私の最愛の人に、って。

その彼氏とはその後に結婚しました。
ええ、今はもう天国に行っちゃったんですけど。
それだけは本当に残念です。

最終的に商品名は中貝さんの口癖の四角いキスに本決まり。
マジック・キスよりも語感が良いと言われて、
罵倒の言葉が評価される言葉に変わるなんて面白いですよね。

今でも四角いキスをしますかって?

いえ、実は彼が死んでからは一回しか。
彼が生きてる時は殆どしませんでした。
だって目の前に本物がいるんですもの。

若い時は唇が腫れるほどキスをして、
年をとってからも毎日キスをして、
そうするとね、キスも年を取るの。
若い頃のキスと年老いてからのキスは違うわ。
悪くなるんじゃない、年に応じた良さが出るわ。

四角いキスに込めたデータは確かに最高のキスだけど、

今の私にはちょっと若すぎるわね。

年を取ったあの人ともう一度キスをしたいんだけど、
なかなか迎えに来てくれないの。
結構凝り性な人だったから、
おめかしに時間かけてるのかしら。
なんてね、ふふ。

大体こんな所かしら、私に話せる事といったら。
もう大丈夫?本当?

こんなおばあちゃんの話を聞いてくれてどうもありがとう。

更新予告ハーフ


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