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俺を喰え【ショートショート】

森には魔女が住んでいる。

森の中には家が、
家の中には魔女が一人と召使が五人。

森の近所の親は子供にこう叱る際こう話す。
お前がこれ以上悪さをすると森の奥に放り込むよ、
森に悪い子が居ると、魔女が来て食べてしまうから。

とある子供が親に、

「その魔女は昔どんな悪事をしたの?
 そんなに恐れられるんだったら凄い事したよね!」

と尋ねたが、
聞かれた親は言いよどむと腕を組んだまま黙ってしまった。

はて、ところでその魔女の悪名は何時から立ったのか。

ある日の事、
魔女の召使の一人が子供を連れて帰ってきた。
やせ細ってはいないがヒョロ長な身体、
眠たそうな目の下には力の無い唇。
服は世辞にも綺麗だとは言えない。

「何だ、お前いつの間に子供作ってたんだい」
「御主人様何言ってんですか、
 昨日まで私、妊娠もした事が無いってのに」
「それでその子供は何処で拾って来たんだい」
「森の中で」
「なんだ、迷い込んできたのか」
「いえそれが結構深い所で見つけたんで、保護を」

魔女が顔を近づけると何日も洗ってない犬の匂いがする。
思わず顔をしかめてのけぞった魔女が堪らない顔をした。

「くっさい、臭いよ。
 おい、今直ぐこのガキを風呂にぶち込みな」
「風呂はいい」
「え、なんだって?」
「私じゃありませんよ、この子供が喋ったんです。」

今度は手で鼻を覆いながら魔女が顔を近づけた。
すると子供の方もギョロリと見返すではないか。

「風呂は良い。それより俺を喰ってくれ」
「喰う?お前を?誰がぁ。」
「お前だよ。お前魔女だろ。」
「アタシがぁ?かぁー、勘弁しておくれよ、
 どんなに腹が減っててもお前みたいな臭い奴を喰うもんかい。
 それに偉そうに指図しやがって、ガキの分際で。
 一丁前の口を利きたかったらまず身体を洗いな。
 レディーの前で清潔を保てない男は相手しないよアタシャ」

子供は風呂に連れて行かれるや否や頭の上から湯をかけられ、
頭の先からつま先まで、召使の三人がかりで大仕事。
体の隅々までアワアワにされて大騒ぎの声が家中に響く。

その声をBGMに魔女が召使に話を聞いていた。

「いえそれが魔女はどこだ、魔女はどこだってそればっかり。
 どうして魔女に会いたいのって聞いてもうんともすんとも。
 でも、一回だけ独り言が聞こえたんですよ。
 これで死ねる、って。
 親に酷い仕打ちを受けたか、
 そうじゃなければ激しい虐めでも受けたのか……」
「ふん、気に入らないね。
 あんな昨日赤ん坊を辞めたようなガキが死を請うのかい?
 生まれたての分際で欲張りな奴だ。
 おい、風呂から上げたらアイツにたらふく飯を食わせろ。
 暫く世話してやって、腹がパンパンに膨れ上がったら、
 森の外に放り出せ。」
「判りました」

どんな悪評が立つ魔女だとしても、
権力者たちはその実力を知っている。
魔女にはそんな金持ちから調薬の仕事が山ほど舞い込む訳で、
ガキ一人なんざ構っちゃおれんと仕事部屋に籠る有様となる。

さて、次の依頼書は。
なになに、若返りの薬を作ってくれだと。
そんな便利なもんが作れるかい、馬鹿野郎め。
顔の皺がなくなる薬を送ってやりゃあ喜ぶだろ。
さてさて、肌に効く薬はどこの棚にやったかなーっと。
魔女の手が薬を求めて宙を彷徨っている最中、
仕事部屋のドアがコンコン、と誰かに二回叩かれた。

「なんだい」
「アナスタシアです、あの」
「どうした、ガキの事なら聞きたくないよ」
「いや、それが……」
「飯を喰わないってのかい。」
「はい、まぁ……」
「食事なんて所詮口を通して胃に物を入れる作業なんだよ。
 口をかっぴらかせて強引に捻じ込んじまいな、
 アタシャこれから忙しいんだよ」
「いえ、それがあの子供、顎の力が思ったより強くて」
「はーあもうなんだい、しょうがない召使どもだね」

魔女が皿の並ぶ食卓に赴くと、
スープやらパンくずやらで口の周りを散らかした子供がいた。
子供のくせに一丁前に腕組みなんかしている、
それを見た魔女の口が思わず「生意気だね」と漏らしていた。

「おい小僧、うちの召使の作る飯は世界一だ。
 そんじょそこらの店で出る様な安物じゃないんだよ。
 それを何だ?そんなダサい恰好でへそ曲げやがって。
 口を開けな、さもないと拷問器具でアンタの口を裂くよ。」
「飯なんかいらない」
「あぁ?」
「俺はなぁ、死にに来たんだ。
 魔女、早く俺を食べろ!」
「ばぁか言うんじゃないよこのスットコドッコイめ、
 自分の腕を見やがれ馬鹿野郎、
 そんなガリガリの腕を見て誰が食欲沸くってんだい、
 こちとら魔女なんだよ、子供なんざ大勢食べてきた。
 グルメなんだよアタシャ、グルメ、美食家なんだよ。
 なのになんだいお前のマズそうな身体といったら。
 風呂に入った位で良い気になるんじゃないよ、
 アタシに喰って欲しかったらそれなりの身体になりな!」
「ど、どうすりゃ良いんだよ」
「バカタレ、お前は豚を見た事ないのかい、
 やせっぽちの豚より丸々太った方が美味そうだろうが!」
「そ、そりゃあそうだ」
「だったらアンタもまず丸々太りなー!
 話はそれからだよ、馬鹿野郎め!」

召使は久しぶりに聞く魔女の大声に全員思わず目を細め、
全てを言い終わった魔女は鼻息を「ふんっ」と一つ鳴らすと、
ズカズカと音を立てて部屋へと戻っていった。
その途中、召使の一人が魔女にこう耳打ちをした。

「……子供なんか食べた事あるんですか?」
「お前は見た事あるかい、私が食べてる所を」
「いえ」
「じゃあそういうこった。
 おい、暫く引き籠る、飯は部屋に運べ」
「はい」

魔女はたかがガキ一人になんか構ってられない。
召使五人を養っている身としては来た仕事は全て請け負い、
言われた期日までに薬を送らなければならない。
魔女の仕事は信用が大切、
子供一人に裂く時間など無いのだ。

それから一日が過ぎ、二日が過ぎ。

「ふーやれやれ」

と言いながら部屋から出てきた魔女が鴉に薬を飛ばさせて、
肩をゴキゴキ言わせながらリビングに向かうと、
そこには随分と血色の良くなった子供が居た。

「あ、魔女!」
「あー、そう言えば居たねお前」
「おい魔女!俺の事を食べろ!もう良いだろ!」
「何言ってんだい、やっと普通になったくらいだ、
 まだまだたらふく食べてブクブク太りな、
 そんなんじゃ腕すらカジりたくないね。」
「このクソババアめ!」
「おい口の利き方には気を付けろ、御主人様と呼びな。
 人間の部位で美味い場所を教えてやろうか。
 舌と頭の中、脳味噌だよ。
 舌は悪い言葉を言えば言う程不味くなる。
 考えな、折角の美味しい部位が不味かったらどうする?
 喰いたいと思うかい?」
「お、思わない……」
「そうだろ。じゃあ言葉遣いを改めるんだね。」
「脳みそはどうすれば良いんだよ」
「そんな事も知らないのかい!
 これだから子供は嫌いなんだ。
 脳みそは知識が詰まる程身が締まってコクが出る、
 自分の頭の中の音を聞いてみな」

そう言って魔女が子供の額を強く指ではじいた。

「痛って」
「なんだいこの音は、知識も何もつまってやしない、
 寝床で寝る方法と小便の出し方位しか知らないだろう?」
「卵がニワトリから出る事も知ってる、馬鹿にするな!」
「そんなのニワトリでも知ってるんだよ!
 アタシ程の美食家に食べられたかったら賢くなりな!」
「その、」
「ん?」
「ビショクカって、なんだ?」
「アナスタシアー!!こいつに本を読ませな!
 泣いてでも勉強させるんだ、
 この家から逃げ出したくなる程にな!」
「馬鹿にするな!食って貰うまで出て行かないぞ!」
「ヒーッヒッヒ、いつまでもつか見ものだね。
 アタシャ仕事でもう疲れたよ、しばらく寝るから起こすな」
「はい御主人様」

頭を深々と下げる召使達を横切り、
何か用があった筈のリビングから颯爽と魔女が去って行く。

「……御主人様」
「ん?」
「ヒーッヒッヒなんて、そんな笑い方でした?」
「魔女っぽかったかい」
「ふふ」
「何がおかしい」
「いえ、私がこの家に来た時もこんな感じだったなぁって」
「そうだったかい、」

昔の事は忘れたよ。

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