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78234(前編)【ショートショート】

この季節、
カンテラ魔法学校は中も外も騒がしさが少し増す。

学校敷地はアルデンの街に隣接、
学校と街はまるで岩とそれに付いたダンゴ虫の様な位置取りだが、
その佇まいは虫と呼んでは失礼になる。

カンテラは歴史の上で多くの偉大な魔女を輩出した超名門。
歴史に名を残したくばカンテラで学べとまで言われる。
偉大な先輩方と同じ学舎で学びたいと多くの魔女の卵が訪れるが、
その勉学の激しさからノイローゼになる者もおり、
その魔法鍛錬の厳しさから泣く泣く学校を出て行く者もいる。

と、
さも修羅の学校の様に吹聴するのは専ら出て行った者達である。
無事に卒業していった者達は口を揃えて、

「良い学校だった」

と語るだけで、
その真相はカンテラの入学手続きを知れば判るだろう。

厳密にはカンテラに入学『試験』は無い。
魔法を使う素質があるかないか、それだけを判断する。
魔法が使える見込みがあって、
尚且つ本人が入学を希望すれば合格決定である。

その後に入寮して学校生活が始まる訳だが、
この生活こそが試験そのものだと言って良い。

要するに間口が広いのだ。

入学前にふるいにかけて選別する作業を行わず、
駄目かどうか判らないけどやって御覧なさいと迎え入れる。
そこで芽を出すかどうかは個人次第なのはどこでも同じだが、
決してカンテラは入学後、鬼のように指導する訳では無い。

そもそも名門、
入学してくる者達が粒揃いなのである。

教師がわざわざ選別するような授業を行わなくても、
生徒達が自ずとせめぎ合う。

名門卒業の肩書が欲しくて来る実力者達は揃って強かである。
基礎を疎かにせず、肩を並べんとする学友に対抗心を燃やし、
魔法の鍛錬では常に魂が擦り切れる程の出力を発揮する。
教師の方が授業に手抜きを施そうものなら、

「真面目にやって下さい!
 こっちは勉強しに来てるんですよ!」

と檄(げき)を飛ばす程。
そんな学園生活である、
生徒達が勝手に作り上げる敷居の高さに追いつけない者は、
勉学が激しい、鍛錬が厳しい、と出て行った先で愚痴る。
決して、

「他の学友達についていけなかった」

とは、言えない。

言わないのではない、
言えないのだ。

常人より優れた『魔女の卵』として持て囃されていた身で、
「学友達についていけなかった」と正直に言うには、
彼女達はまだ年齢が足りないのである。
自らの弱さを認めるという事は人間誰しも難しい。

この様に書けば、
さも教師は大した事の無いように聞こえるかも知れないが、
まさかそのような事は無い。
勉学に飢えた実力者達に教えを施す教師も達人揃い。
学校を出て実績を成した後、
学校に戻ってくる魔女も少なくない。

「自分が学生の頃に教わった先生の様に、
 自分も教壇で子供達に教えたい。」

カンテラの一筋縄ではいかない卒業生にそう思わせるのは、
歴代の先生達がいかに良い指導者であったかの証明でもある。

普段は生徒達に熱心に魔法を教えるカンテラの教師だが、
この季節になると、ある質問を生徒に投げかけるようになる。

「もうドレスの準備は始めたの?」

これは毎年恒例の事であった。

このカンテラ魔法学校。
秋になると学校の生徒達がドレスを準備する。
催されるのは街の青年男子達と交流する祭。
学校にやってきた男の子達とダンスを踊るのだ。

若い魔女達は過去の先輩達が残した型紙を元に、
魔法でドレスを編むのだが勿論誰しも上手に編める訳では無い。
魔女達が操る魔法にも向き不向きがある。

そこで上手く編めない魔女はお菓子を買い込むのである。

「ねぇ、私の分のドレスも編んで!」
「チョコクッキー1週間分なら良いよ」

得手不得手、
ドレス作りが苦手なら交渉を。
交渉するなら美味しいお菓子を。

ドレスを編めぬ程に裁縫魔法に嫌われる生徒は毎年二、三人だが、
それでも毎年御菓子を買い込む魔女は少なくない。

要するに、
ずば抜けてドレス作りが上手い魔女が毎年一人はいるのである。
この時期になると若い魔女達はあちらこちらの学友の部屋に顔を出し、
べらぼうにドレス作りが上手な生徒を見つけると、
お菓子と引き換えに発注をかける。

最終的には御菓子のみならず様々な取引が生徒間でなされるのだが、
教師達はそれを敢えて静観する構えだ。
魔女たる者、取引も上手に行わなければグズになる。
あらゆる面で学校は彼女達の『勉強の場』を取り上げはしない。

そうして祭りの前日夕方、
ドレスを手に入れた若い魔女達は着飾って学校正門の前に立ち、
街を端から端へ練り歩く。

毎年練り歩くコースも決まっており、
そこはカンテラ街道と呼ばれている。
色とりどりのドレスを身に纏った魔女達がそこを往復するのだ。
ある魔女は箒に腰かけ優雅に飛び、
ある魔女は地面の上を少し浮き、滑るように進んでいく。
普通に地面に足を付けて歩く魔女もいれば、
二人一組になってワルツを踊ったりなど、
しかも当然自慢の魔法をたまに披露しながら歩くもので、
若い魔女達の行列を見に来る者達の目は退屈する暇がない。

その日、カンテラ街道はぎゅぎゅう詰めもイイところ。
街中の青年だけでなく年寄りから小さな子供まで、
男女も問わない、
誰もが魔女達の年に一度のパレードを見物しにやってくる。

魔法学校で優秀な生徒の噂は街にも流れ、
あの子がそれだ、どの子だどの子だ?
と囁き合う声も止まらない。

若い魔女達は観衆に手を振り、微笑み、
流し目も忘れずに。

「魔女さん達、ちゃんと男の子達に魔法をかけてきた?」

帰って来た生徒達に教師がそう尋ねると彼女達は笑いながら、

「抜かりはないわ!
 オジサマ達も釘付けだったから先生の分まで来るわよ!」

と盛り上がるのだった。

さぁ、いよいよ祭りの当日、
魔女達のパレードを見て刺激された若い男の子達が、
列を成してカンテラ魔法学校に押しかけた。
門前では年に一度の沢山の客人達に受付の先生達が大忙しになる。

「はい、いらっしゃい、いらっしゃい。
 この札をつけてね、はーいいらっしゃい、楽しんでね。
 あら?悪いけどアナタはもう『男の子』じゃないわね!
 悪いけど入場は若者オンリーよ、帰ってお酒でも飲んでてね」

今年の卒業見込みの生徒は五十三人。
それに対して学校にやってきた男の子達は二倍半は堅い。

「さぁて!」

受付が畳まれ門が締まり、
今年も学校長の元気な声が轟きだした。

「皆様!ようこそカンテラ魔法学校へ!
 我が校の可愛い魔女達が昨日街の中へとお邪魔したと思います。
 どうでしたか?どの子も魅力的な子ばかりだったでしょう。
 あの子と踊ってみたいと思った魔女もいたでしょ?
 そう!今日はそんな魔女と踊れるかもしれない祭の日!
 しかーし!」

全員踊れるという訳では無い。

先述の通り卒業見込みの生徒は五十三名。
やってきた男の子の数は恐らく三倍近くはいるだろう。

だが魔女一人につき踊る相手は一人だけ。
一人だけである。

サービスで入れ代わり立ち代わりで踊るなんて事はしない。
あくまで魔女一人につき、踊る男は一人だけ。
だから学校にやってきた男の子達も髪を固めたり正装したり、
精一杯のおめかしをしてやってきている。
品定めされる方も色々な準備を独自にしてくる。
間違っても寝癖がついたままの頭なんて見せにはこないのだ。

「さぁそれでは順番決定ターイム!」

校長のボルテージが上がっていく。

魔女五十三人のダンスの相手を決めるのはなんとクジであるが、
まずその前にクジを引く『順番』を決める。

今年の魔女の数は五十三人。

それに合わせて五十三本の長い紐が用意され、
その先端は黒い箱に入っている。
箱の中の紐の先端には一から五十三までの数字が書かれており、
各々がその先端を握り一斉に引く訳だが、当然ただの紐じゃない。

まず魔女達は握った紐に自らの魔力を波立たせる。
波立った魔力の大小に黒い箱の中の紐の先端が反応し、
若い数字ほど魔力の反応大きい紐に移る仕組みになっている。
即ち、紐に多くの魔力を込められる魔女程若い番号が引けて、
早い順番でクジを選べるのだ。
クジを引く為のクジ引き、前クジとも呼ばれる。

魔力を物に込める方法は初歩技術である。
これが出来ないと魔法使いの世界ではお話にならない。

皆が1番の紐を引きたいと願いつつ紐を握る訳だが、
そうは問屋が卸さない。
これまでの学校生活で、
誰が同級生の中で手強いか既に見当はついている。

箒を飛ばす速さはダントツのガーネット。

難解な竜変化まで会得したフランソワ。

真夏の天空に雪を降らせる程の冷気使いアリー。

沢山お菓子を食べたい食いしんぼのサラは空間魔法を独自に開発、

大魔女の血を引くミラルハーシュに、

なんと言っても殆ど教科で首位をかっさらう天才メグがいる。

特にミラルハーシュとメグは因縁の仲になっており、
常にこの二人があらゆる場面で首位争いをしている。
だが、だからと言って他の面々も黙っている訳にはいかない。
カンテラの魔女は誰もがお祭り大好き、
祭で手を抜くなんてありえない。

それに学校にやってきた男の子の全員が良い男な訳がない。
有名店の数量限定のチョコケーキは直ぐ売り切れてしまうように、
集まってくれたイイ男の数には限りがある。

どうせならイイ男と踊りたい!

「「「せーの!」」」

魔女達がこれでもかと送り込んだ魔力ではちきれそうな黒い箱から、
勢いよく五十三本の紐が引き抜かれた。

「やった!!!!」

紐の先を確認する魔女達の中から一つ声が踊りあがった。

誰だ、誰だ今叫んだのは。
皆が声の主を目で探すと、
紐を握りしめたミラルハーシュが口を開けている。

誰も心の中で同じ事を思った。
この土壇場でミラルハーシュのやつ、メグを出し抜いたのか?
とんでもない奴だ、今日の為に余程の努力をしたに違いない。

「やったわメグ!私が一番よほらほら!」

嬉しさで顔が一杯になったミラルハーシュがメグに駆け寄った。

「ほら一番よ!アタシが一番!」
「よかったね」
「やったー!ついに勝ったわ!」
「おめでとう」
「はー……っ!
 ……判った?これが二番手の屈辱というものよ、メグ!」
「アタシ、二番じゃないんだけど」
「え?」
「二番じゃないけど」
「………何番なの?」
「五十三番」
「ごじゅうさん!?」

叫んだハーシュがメグの紐を取り上げると、
そこには確かに五十三の数字。
要するにメグがクジを引くのは誰よりも後という事になる。

「……アナタ馬鹿にしてるの!?」
「はい皆さん!」

叫んだハーシュの声を遮るように校長の声が轟いた。

「もうクジを引く順番が決まりましたね?
 それじゃあいよいよ!
 ドキドキ☆パートナー決定ターイム!」

メグが五十三番を引いた事で多少どよめいた魔女達だったが、
校長の声に促されるようにくじ引きの列を作り始めた。

本番はここからである。

先程は黒い箱だったが次に用意されるのは赤い箱。
この中に学校にやってきた男の子の数だけ小さい石が入っている。
小さい石には一から順に数が書いてあり、
男の子達の胸にも受付に渡された番号札が付けられている。

勿論ただ石を選んで引く訳では無い。
この石が入った赤い箱は教員一人が抱え、
それに対して生徒一人が石を引く。

先程は生徒達同士の魔力比べであったが、
今度は教員と生徒の魔力戦だ。

「さぁ一番を勝ち取ったミラルハーシュさん!
 どの先生に箱を持ってもらいますか?」
「え……あの……」

ミラルハーシュはもう何がなにやら判らない。
負かしたと思った因縁の相手が五十三番を引いた。
要するに全く魔力比べをしていなかったという事実に、

「じゃああの、テラル先生で……」

学年屈指の魔女、
ミラルハーシュは頭の中が空っぽになっていた。

「大丈夫?全然魔力籠ってないけど」
「大丈夫です……」

赤い箱は生徒が込める念力によって握る石の番号が変わる。
五番を引きたいと思いながら手にした石の番号が五番になる。
要するにこのクジは早く引ければ、
それだけ気に入った男の子と踊れる確率が高くなる。

しかしそれはあくまで教師のこめた念力に打ち勝ったらである。
教師の念力の方が強かった場合は石の番号が変わることなく、
それこそランダムに石を引く羽目に。

生徒は石に、教師は箱にそれぞれ念力を込め、
ミラルハーシュが最初の石を引いた。

「何番引いた?」
「四十七番……」
「はーい、四十七番の方ー!」

待っている男の子達の中から一人が元気よく飛び出してきた。
四十七番をつけた肉屋の息子のレイデンである。
この日の為にきっちりとした正装を着込んできたが、
身体に蓄えた肉が収まり切れてないのかミチミチな見た目。

「あのっ、お願いします!」
「ええ?ああはい……」

魔女はその体から魔力を放っている。
それは魔法を使わない人間から見ると異次元の美貌になり、
その体から妖艶な風が巻き出るように見える。
学校指折りの実力を誇るミラルハーシュも例に漏れず、
非魔法使いから見ればかなりの魅力を放っていた。

そのミラルハーシュが見栄えの良い他の男を差し置いて、
太り気味の肉屋のレイデンを選んだとあって、
男性陣はうろたえていた。

「おいおいレイデンが!?」
「嘘だろおい、なんであんな豚野郎がミラルハーシュさんに」
「デブ専なのか?」
「おいもう失礼な事言うのやめろ、
 とにかく俺達は選ばれなかった、
 それだけが事実なんだからさ」

気分が浮いているように見えるミラルハーシュに続き、
アリー、フランソワ、ガーネットと上位陣が次々と教師を指名し、
箱から石を引いていく。

実の所、教師は全力で魔力を込めている訳では無い。
引く人数が進む度に込める魔力の程度を減らしている。

カンテラ魔法学校に於けるこの祭りは半分試験のようなもの。
最後に石を引く赤い箱での魔力の鬩ぎあいも、
大体これ位魔力を込められたら良しという量が密かに決まっている。
それが一番最初から順に減っていき、
おおよそ殆どの生徒が自分の望む数字の石を引く段取りだ。

しかしそれを知らない生徒達は、
教師が自己裁量で魔力を込めると思い込み、
ちょっとおっとりしてるような教師や、
生徒に甘めの言動を日頃からしている教師を指名して、

「先生お願い、加減して!」

などとウインク混じりに頼み込む。
教師の方も「えーどうしようかなー」と言いつつ規定量を注ぐが、
たまに紐を引く段階でヘトヘトになった生徒が望みの番号を引けず、

「先生のいじわるー!」

と駄々をこねる光景が見られる事になる。

この時期はいつも憎まれ役で辛いですよ。
そう職員室で前日にぼやいたのは生徒から人気のある教師だった。
そんなぼやきを聞きながら大変ですねと通りすがった教師がいる。
名前はアルカン、この学校にただ一人だけいる男性教師である。

教師アルカンは生徒達から恐れられていた。
それは彼が成績上位陣の生徒達と練習で相対する時、
割と手加減をせずに魔力衝突を行うように見えていたからだ。

「相手の実力に見合う力で応対しているだけだ」

というのがアルカン本人の弁だが、
それを傍から見ている生徒からは容赦のない教師と恐れられていた。
そんなアルカンなので誰も、

「先生、箱持ってね」

と言いに来ない。
それはそれで教師として寂しいものがあるな、
そう思うアルカンだった。

さて、五十二人が引き終わり、
男性陣の中から育ちの良さそうな男の子や、
美形の男の子は大体連れていかれてしまった。
まだ百人弱が残っているが『残り者』の彼らの目は死んでいない。
そう、最後に石を引くのはこの学校のトップ、メグだからだ。

かあちゃん、俺あのメグと踊って来たよ!

もしや今晩家に帰ったら母親にそう報告する事が出来るのでは!?
彼女の優秀さは相当なものだったので、
街でメグを知らない者はいない。
そのメグが何でこんな一番最後になったのかなど考える余裕は無い、
もしかしたら自分がメグと踊れるかもしれないのだ、
誰もが自分の番号札を見せつけるように胸を張って立っていた。

メグはと言うと、
箱を抱える相手として意外な名前を口にした。

「アルカン先生、お願いします。」

生徒達の間から激しいどよめきが起こった。

アルカン?あのアルカン先生?
どうしてメグ、そんな事を言い出すの。
そもそもなんでメグが最後にクジを引く事になってるのかも判らない。
その上訓練で群を抜いて厳しくするアルカン先生を指名するなんて、
一体メグは何を考えてるの?

魔女達だけではなく、教師陣からもざわめきが起こる中、
ある一人の生徒がこんな事を呟いた。

「そうか、メグはこの祭りでアルカンと決着をつけるつもりよ」

◆続いて後編を読まれる方はこちらから◆

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