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墓場寄席 後編(完結)

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陽が昇れば起き出して、
陽が沈めば夢を見る。
そんな生活の朝は早く、夜も早い。

にぎり目の様子が少しおかしくなり始めた。

「どうした?」

いつもは背筋をピシッと伸ばして説法を聞くにぎり目が、
いつもより背が丸まっている。
それに気付いたのは和尚様。思わず声をかける。

「あ、いえ、なんでも」

和尚様に声をかけられて一度は背筋を正すも、
また暫くすれば背筋が徐々に丸くなる、顔も俯く。
同じ方向を向いている兄弟弟子達は一番後ろの様子に気付かないが、
前から見ている和尚様には丸わかり。

はて、何か深刻な悩みでも出来たのだろうか、
それも、寝付けない程の何かか。
こんな様子で説法を聴くのは珍しい事だ。
和尚様は少し気を揉んだが、
気が逸って聞いてしまうのも悪手か、と、
しばらく様子を見てみよう、等と考えていたが、
当のにぎり目に心の曇りなど無いのであった。

「えぇ、
 和尚の許しを頂ければぁ、」

夜毎に行われる墓地の寄席。
高いところから話すのはにぎり目、客は亡者達。

高いところ?
ええ、そりゃもう高い高い、
土の中の亡者達に比べりゃ、
土の上に立って喋るにぎり目が、断然高い。

「ボウズ、お前その噺、どこで覚えた?」

噺の後の世間話もいつもの事になった。
土の中から姿の見えない亡者達が、
生きてるにぎり目に興味津々、聞いてくる。

「シノスケって人が寺に来て話すんだぁ、
 凄い上手いんだよ話すのが」
「いやぁお前もなかなかのもんだよ。
 お友達もお前の噺で笑い転げてんだろ。」
「うーん……」
「なんだどうした、歯切れの悪い」
「ぼく……仲間外れなんだよね、いつも」
「ほぇえ?おいおい冗談だろお前、
 こんなに噺の上手い奴がどうして仲間外れなんだよ」
「みんなからは見えないだろうけど……」
「うん、どうした」
「なんだ、妬まれるほど男前なのか?」
「  右目が潰れててさ。
 しかも、鬼に握られたみたいに、皺になってんだ。
 これでずっといじめられてるし、仲間外れになってんだぁ」
「はぁー、目が……」

誰かが何かを言う訳でもなく、
その一言の後はすっかり静かになってしまった。
秋の闇の中に漂う、涼しい空気。
それが今は、少し冷たい。

「元気出せぇ」

大きな声ではなかった。
どこからか、そのような声が上がった。
どの墓からだ?そう思ってにぎり目が少し探ろうとした刹那、

「そうだ、元気出せボウズ」
「ああそうだそうだ、目が何だって、お前の噺が一番面白いよ」
「そうだよ、俺生きてる時にもこんなに笑った事はねぇぞ」
「ほんとうほんとう、女房にも聞かせてやりてぇよ」
「あれ?お前女房には逃げられてるって言わなかったか」
「かぁー、うるせえ黙ってろ良いだろ別に」

そんな中、ある土の中がこう言った。
きっとその目の代わりに仏様が話す力を下さったんだよ。
大切にしな、無い物を悔やむより、ある物を磨くんだ。
お前の噺は本当に面白い、本当に面白いよ。
それを聞いて思わずにぎり目は俯いた。
これまでに褒められた事が無かった訳じゃない。
褒められれば嬉しかったし、自分でも判る程笑顔になった。
それがこうして涙があふれて来るなんて、知らなかった。
嬉しくても泣く事があるのだと、
この夜、にぎり目は初めて知るに至った。

その次の日の事だった。

和尚様がにぎり目に声をかけ、自分の部屋に来るように言った。
何か悪い事でもしてしまったか、
しまった、さては連日説法で舟をこいでるのが悪かったか、
と頭をかきかき、にぎり目が和尚の部屋に参上すると、
座りなさい、と落ち着いた声で言われたもので、
余計ににぎり目は身構えた。これは怒られる流れか。

「最近、よく眠れておらんようだな。」
「え……はぁ、まぁ、ちょっとぉ……」
「ちょっと、なんじゃ」
「あ、秋風に身体が冷えまして……」
「……墓場で冷えたか?」
「!?  え……」
「お前と同じ部屋の伊助がな、
 夜中に起き出したお前が裏の墓場へ行き、
 そこで何かに憑りつかれたように話していたのを見た、と」

それを聞いて一気に青ざめたのはにぎり目だった。
しまった、気付かなかったぞ。
尾けられて全てを見られてたとは!
それまで話を聞きながら見ていた和尚様の目が怖くて下を向いてしまう。

「……まるでお化けにでも憑りつかれたようだと言っていたが、
 まさか、ここ数日眠たそうなのは、そのせいか?」
「……」
「光吉(みつよし)!」
「は、はぁい!」
「どうなんじゃ、憑りつかれてるならお前を救わねばならん、
 それにこの寺の中の者も守らねばならん。
 真偽は、いかに?」

にぎり目こと光吉、
産まれてこれ以上ない程に、
頭の中でそろばんをカチカチと弾く弾く。

どうしたら、どうしたらいい?
亡者達には本当の事を言うなと言われているし、
便所に行ってたと言う嘘はもう御破算、使えない。
ここで本当の事を言ってはこの寺がに人が寄り付かなくなるし、

ん、いや待てよ。

人が寄り付かなく――、

なっても、
別に、良いんじゃないか?

実際は亡者であってお化けでもなさそう……だし。
亡者とお化けの区別や違いはよく判らないけど。
それに僕みたいな子供が「お化けが出る」って言っても、
信じるのは子供ぐらいで大人は信じないだろ、多分。
そうしたら僕を悪く扱う子供はみんな来なくなるんじゃないか。
はぁ、しめたぞ、これはもしや、好機では?

「――実は和尚様、にわかに信じがたいと思うのですが」

顔色一転、光吉は事の全てを和尚に話してしまった。

「ほほう……それで、お前は毎夜墓場で寄席を開いていると?」
「そうです」
「お前の噺が面白くて、墓の下から笑い声が?」
「僕が噺を聞かせているのを伊助兄は聞いたのでしょう。
 それを取り憑かれてると勘違いを。」
「……まるで御伽噺みたいだな、にわかには信じがたい。」
「では」
「ん?」
「ん、んん……えぇ、和尚の許しを頂ければぁ、」

襟元を正し、深々と頭を下げ、
『生きている』人間相手に披露するのは初めてだったが、
顔を上げた光吉の表情に怯えの色は無かった。
寧ろ堂々と笑顔を見せていた。
死んでる亡者達を笑わせてきたのだ、
生きてる和尚様ぐらい何の事はない、自身に満ち溢れていた。

「――ぶっは!」
「それでは、御後が宜しいようで……。」
「ふっ、くっく」

見事和尚も堪えず吹き出す、光吉の噺の波に飲まれに飲まれ、
各所でふふふ、くっく、と堪えた笑い声を我慢できず、
最後の最後には大きく笑い声を上げてしまっていた。

「あはは、おお光吉、お前、ふふふ」
「どうですか和尚様、信じて頂けますか?」
「いやいや、あー…笑った笑った、そうか……真なのだな?」
「はい」
「墓の下の亡者達が、お主の落語を聞いて、笑いが起きると。」
「はい!」

光吉はもう、したりやったり。
これでお化けの噂が広まるぞお、ここはお化けの出る妖怪寺だ!
恐れをなしてあの悪ガキ達はもう集まるまい!
もう下手にいじめられる事はなくなる!
まだ捕らぬ狸の皮算用ではあったが、
和尚様も笑わせたとあって、光吉、会心の笑み。

「そうか……全て判った、もう控えて宜しい。」
「はい!」

それはもう大腕を振り振り、
こんなにも笑顔を見せた事があろうかと言う程、
光吉は上機嫌に和尚様の部屋を後にした。

さぁ、これできっと明日からガキどもはやってこないぞぉ。
いや、明日は早いか、きっと明後日だな、うん。
等と思いながら光吉は飯を喰い、膳を片付け、
さぁ取り敢えず布団を被ろうか、と部屋に向かおうとした就寝時、
和尚様がまた、声をかけにきた。

「光吉、、光吉や。こちらにきなさい」
「え?」
「良いから来なさい」

その声は昼間よりも重かった。
もう夜で暗かったからそう感じたのだろうか?
いや違う、和尚様のそれは確かに重く、慎重な声色だった。

和尚様に連れられ廊下を渡り、
和尚様の部屋へと曲がる道も通り過ぎ、
すっかり宵の落ちた境内へと連れて行かれると、どうだ。
そこにはたすき掛け、頭にハチマキ結びの男達が何人も立っていた。

「お待たせいたしました。」

暗闇の中、和尚様が男達に頭を下げる。
子供にも判るほど異様な雰囲気を放つ男達。
ただ事ではない、今からなにか大変な事が起きるのだ、
子供の光吉にはそれが手に取るようにわかった。

「この、ボウズか?」
「はい、名前を光吉と言います。
 これ光吉、御挨拶なさい」

そう言われて何が何か判らぬまま、
光吉は頭を下げた。下げねば何が起きるか判らず怖かった。
男達は手に各々長い棒やサスマタを持ち、
これから戦にでも繰り出そうかと言う風貌だ。
その中で、とりわけ偉そうな真ん中の男が、
ずいと顔を光吉に寄せて言った。

「光吉、その方の話によると、
 この寺の墓場でお前が落語を語って聞かせたら、
 墓の中の黄泉還(よみがえり)の者達が笑い声を上げるという事、
 相違無いな?」
「よみがえり?」
「光吉、よく聞きなさい」

和尚様が腰を下ろし、
光吉の目の高さに合わせて語りかけてくる。

「この世には、一度棺桶に入れられて土の中に葬られても、
 何かの拍子に黄泉から戻ってくる事がある。
 その者達を黄泉還と呼び、殺さねばならぬのだ」
「   え?」
「一度死ねば黄泉にて暮らすのが人の定め、
 黄泉還るのはその理に反しておる。
 何事も物事には道理があり、反してはいかんのだ。」

夜の闇が一層濃くなっていくように感じた。
今光吉は、夜の深淵に襲われているようだった。

「光吉」

大きな男達の、
一際偉そうな男が長い棒を地面に突き、促してくる、今夜の深みへと。

「では参るぞ」
「ど、どちらへですか」
「何を申すか、墓場に決まっておる」
「は、墓場で何を」
「無論、黄泉還退治よ。
 お主が落語を一席話し、それで笑った所を暴いて殺して回る。
 墓を片っ端から暴いては骨も折れるし、
 何よりきちんと死んでる者達への冒涜にもなってしまうからな。
 笑い声の聞こえる墓だけ暴く、という寸法よ」
「ぼ……わたしが、落語を…?」
「そうだ。しっかり退治が上手くいけば、
 お前を城で学者付きの学徒として学ばせてやる。」
「ぼくが……城に!?」
「そうだ。判ったか?励めよ」
「あの  」
「なんだ」
「お武家様、もしや闇夜で分らぬやもしれませぬが、
 わたくしめの右目は鬼に握られたように潰れております」
「うむ、見えておる。」
「そのわたしが…城に?」
「目が潰れているのがどうした。
 かの奥州公政宗様(伊達政宗)も目が不自由であられたが、
 三代目家光公には伊達の親父殿と慕われる程の名将だったではないか」
「……」
「これまでその目で苦労したか?なら今夜は励めよ、
 手柄を上げれば一転城仕えだ!そら、行くぞ!」

ただの夜だった筈なのに、
ただの夜ではなくなった。

今夜も墓場で笑いを取る筈だったのに、
今夜は、果たして笑いを取っても、良いのか、悪いのか。

手には長棒や棘の付いたサスマタを持った男達が、
なるべく音をたてぬようにと抜き足差し足動いているが、
余りの人数の多さに、墓場一帯にじゃりっ、ざざっ、っと、
物々しい足音が満ちて行く。
あちらこちらへと配置についた男達が準備万端、息を殺すと、
その静けさがあたかも、合戦前のように凍てついた。
さながら、一ノ谷の戦の前、崖の上の如し――。

墓場のど真ん中に立った光吉が振り返ると、
一際偉そうな男が、ゆっくりと手をあげた。
はじめろ、の合図。
ごくん、一つ、唾が光吉の喉を通る。

「えぇ、ぉお、和尚の許しを頂ければぁ――」

出だしで見事に上ずった、
声が喉にこれでもかと引っ掛かる。

だって、だってだって、
笑ってくれたんだ、
初めて笑ってくれたんだ、
この土の中の亡者達、
顔も名前も知らないけれど、
初めて僕の噺で笑ってくれたんだ。

このにぎり目の事なんてどうでもいいって、
お前の噺が本当に面白いんだって、
明日もまた聞かせてくれよって、
毎夜思わず笑っちまうって、
死んでもこんなに笑うと思ってなかったって、
気の良い奴らなんだ、たまに喧嘩はするけれど。

でも、
今夜こいつらを笑わせれば、

僕もお城に行けるんだ。

「…なんだこの徳利は?
 ええ、二本の徳利なんです。
 ――そのほうカステラと申したではないか!」

題目に選んだのはいつかの傑作。
何度聞いても笑ってしまう自負がある。
土の中から話している光吉の身振り手振りは見えない、
だから声に色をつける、これでもかと色を付けて、
声を聞くだけで光景が目の前に浮かび上がる程、
声に色を付ける。

今夜、ここで笑わせれば城行き、笑わせれば城行き、
もうこの潰れた眼なんか気にしなくてもいい、
奥州公様と同じように、
そう、ここにいる亡者達を全員笑わせれば――
――笑わせれば。

「徳利の中に入るカステラがあると言うのか、
 ――ええその…つい近頃新しく、」

流れに乗ってきた噺であったが、
何の拍子か、光吉の声が、そこでぷつりと途絶えた。

――そうだ、全員笑わせれば、
笑った全員殺される。
もう僕の噺を聞いて笑ってくれなくなる。
明日も聞かせてくれって言わないし、
もう、元気を出せとも、二度と。

今まで元気を出せって、誰かが言ってくれたか?
おい、僕、僕よ。誰かが言ってくれたか?お前の人生で。
この亡者達だけだっただろ。
お前、その亡者達を見殺しにして城に行くってのか。
お前、誰かに不幸にされるのが散々嫌な癖に、
お前が誰かを不幸にすんのかよ。

確かにこの身体に両目は揃ってないが、
何もかもが揃ってりゃ良いもんじゃないって、
人間そういうもんじゃないだろうって、
そう思ってたのは、お前自身じゃなかったのか。

「    」

いざ、天を見上げてみれば、満点の夜空、秋の空。

周囲に構える屈強な男達はなかなか続かない噺を不思議に思い、
互いにチラと目くばせするも、まだ静かに成り行きを待っていた。

「――つい近頃新しく、」

そこからは落ち着いた声だった。
まるで和尚様が堂で説法を溶いている時の様な声色で、
誰かを諭すように光吉は噺の続きをするすると始めた。

「新しく売り出そうとした品ですが、
 生憎出来損ないにて、本日は引き取らせて頂こうと思います。
 ――うむ、そうであったか、ご苦労。
 ――ははっ」

そこから続けられた噺はつまらないものだった。
たんたんと、笑い所の一つも無く、ただ粛々と、
しかし芯の通った声で最後まで変わらなかった。
まるで、このままで、何もしなくて良し、
と何かに言い聞かせるかのような声色だった。

「この徳利ですかい、ええ、中身は酒で御座います。
 ――なるほど、正直者か、では、持って帰れ。
 ――では、御後が宜しいようで。」

ついに、今夜の噺も幕を引き、辺りに構えた男達は、
狐につままれたような顔で辺りの様子を伺うばかり。
そのあやふやとした空気を掻き分けるように、
一番のお偉方が一言、

「おい、終わりか?」

と尋ねると、光吉も、

「はい、これにて」

全ては終いです、
と言いかけた、その時である。

「あぁーーーはっはっは!こりゃあたまんねぇや!」

まるで雷(いかずち)のような声が墓場に響き渡った。

「はははは!こりゃあけっさくだ!ああけっさくだ!」
「ひゃひゃ、こんなおもしれぇ噺聞いた事ねぇやぁ!!」
「だぁっはー!ははっはっははぁ!
 あぁー腹ぁ抱えて笑っちまうぜぇ!」

最初は一所で上がった笑い声に、
いやさ負けるか、と、他の場所でも騒ぎ始めた。
いずれも、土の中だ!

「だぁっはー!」

ガコ!、という音は墓石の音。
下から突き上がるように墓石が跳ね飛ぶや否や、
桶の蓋を跳ね上げて人影が現れた。

「はぁっはっはっは、あぁっはっはぁ!」

まるで競争でもしているのか、
他の墓からも亡者が一人、また一人と墓石ごとひっくり返し、
大笑いしながら夜の闇の中に躍り出た。

「あっはっはっは!」
「ひゃーはっはっは!」
「だはーっはっははぁ……あぁ……」

笑う亡者達が一通り飛び出て、
辺りの様子をぐるりと見渡すと、
見渡された屈強な男達はたまげて声も出なかったが、
亡者達もまた、辺りの様子を察して静かになった。

「   ふっふ ふふふ」
「くっふ」
「あはは、あーっはっはっは!」

その静けさも束の間、亡者達は顔を見合わせるとまた笑い出した。

「おいおい聞いたかお前」
「ああ聞いた聞いた、今夜の噺も面白かった!
 もう棺桶の中で笑いを堪えるので必死だった、あーっはっは!」
「だっはっは、いつも面白いが今夜は格別だったなぁ!」
「本当ほんとう、ひゃーっはっはっはっは!」

ひの、ふの、みの、合わせて五人。
辺りに散らばった墓石など気にもかけず、
ある者は腹に手を当てて、ある者は手を叩きながら大声で笑い続け、
きっと地獄の閻魔様も何事かとあの世から思った事だろう。

「――ひっ捕らえろ!」

しばらく亡者が笑い続ける異様な光景が墓場を支配していた。
和尚様も、お武家様達も、光吉さえも口をあけて呆気に取られていた。
しかし逸早く我に返ったお偉方が声をかけると、
氷漬けのようになっていた他の男達が一斉に動き出し、
一人、また一人と、黄泉還達は地面に組み伏せられてしまった。

「おい、おまえ!」

光吉が捕らえられた一人に駆け寄る。
そんな、どうして――と言葉が喉まで出かかるが、
その黄泉還の目玉がギョロっと向いて光吉を制した。

「あーっはっは、いやさ、面白くて墓から飛び出しちまったよなぁ、
 まるで生きてる時を思い出したみたいに、身体が動いちまってよぉ!」
「ああそうだそうだ、まるで生き返ったみたいだったぜ!」
「はは馬鹿野郎、俺達みんなそもそも生き返ってんだろうが?」
「あら、そうだったか?ぎゃーっはっはっは!」
「でわっはっはっはっは!」
「ひゃあーっはっはっは!」

これが、本当に五人の笑い声か。
まるで百人が笑っている様な、
鬼でも笑ってるような大声で、
この一帯の人間どもはよもや今夜、眠り続けていられまい。

「斬首構え」

いよいよか。お偉方が合図を出すと、
男達の一人が腰から刀を抜き放った。
真っ暗闇の夜の筈なのに、
どこから拾った光なのか、ギラリと光る長刀に、
光吉の口が開き、呻き声のように「あ、あぁ…」と出るが、
声が、声にもならない。

「今生、言い残す事があるか?」

砂を鳴らして近づいたお偉方が黄泉還に問う。

「へへっ、あっしですかい?」
「そうだ、情けよ」
「これはありがたいこって……おいボウズ!」
「   はい」
「はっ……毎晩本当に面白かったぜぇ、ありがとよ」
「お前、全てを察したか?」
「御冗談をお武家様、
 そりゃこの有様を見て判らない方が無理ってもんだ」
「もう良いのか」
「ええ、あのボウズのおかげで、変に楽しんじまった。
 外に出るのが怖くてこれまで桶の中でじっとしてたが、
 笑い過ぎて、このザマよ。ははっ」
「よし、やれ」

ずくり、と、
首が一つ落ちた。

「次は、言い残す事があるか」
「ははっ、はーあぁ……ボウズ、お前ずるいぜぇ、
 本当に噺が上手いんだからよぉ、笑うなって方が無理な話だぁ。
 もうちょっと長生きしてたらなぁ」
「やれ」

また一つ、

「言い残す事はあるか」
「おいボウズ、飯はしっかり喰えよ、
 好き嫌いしてっと風邪ひいて、早死にしちまうぜ!
 俺みたいにな、なんつって、あははぁ!」
「やれ」

また一つ、と、

「言い残す事はあるか」
「ボウズよぉ、お前本当に餓鬼じゃねぇか、
 今まで本当にお前が語ってたのかぁ?
 玄人がずっとやってんじゃないかと俺は思ってたぜ!
 がんばれよぉ!」
「やれ」

噺を笑ってくれていた者達が、去って行く。

「言い残す事はあるか」
「へっ、じゃあしかと記録に残しておいてくれ、
 この新之助、そこのボウズの落語にて腹を抱えて笑い、
 たまらず地獄より戻りて墓より出でる、ってな!」
「……判った、しかと」
「お、おじさん!」

それまで喉がカラカラで声も出なかった光吉が、
まるで潰れる様な声だったが、絞り出すように叫んだ。

「どうして!?何も面白くなかっただろ!?
 何で笑った!?どうして出てきた!
 出てこなけりゃ、こんな事には!」
「はは、あほぉ、
 顔も知らない俺達の為に自慢の噺の筋を曲げて、
 なんとか俺達を隠し通そうって頑張ってんだ、
 それもたった七つの餓鬼がだぜ?
 そんなの、ははっ、笑わずにいられるかってんだ。
 お武家様よぉ、」
「おう」
「しっかり頼むぜ」
「承った、二言は無い」
「へへっ、かたじけねぇ。良い夜だった」
「やれ」

そして五つ目の首が落ちて、
もう笑う亡者は一人もいない。
あんなに連日賑やかだった夜の墓場も、
すっかり墓場らしい静けさを取り戻した。

「光吉」

仕事を終えた偉い方が手の甲で一つ額の汗をぬぐい、
光吉の方へと向き直ってこう言った。

「奥州公政宗様は戦国の世と言うこともあり、
 惨い事に家族を自ら手にかける事もあった。
 それらを踏み越え奥州公と呼ばれるまでになったのだ。
 光吉、わしはまだ肝心のお前の落語を聞いてはおらん。
 腹を抱えて笑う程の落語をな。
 今、この場で披露してみよ。
 それを聞いて後、城仕えを本当に良しとするか決める事とする。」

秋空の下、
笑ってくれた亡者ども、最早一人残らず黄泉に還り、
ただ死者を顔色も変えず切った男達がずらりと並び、
身内の和尚様は、ただ不安でその顔を歪めているだけ。

気休めにも夜風は一つも吹いていなかったが、
周りの林がかさかさ、と揺れたかと思うと、
墓場の中をびゅう、と、生ぬるい風が一陣抜けて行った。

墓場全員の頬を掠めて音を上げる中、
ふと、光吉の耳に、

やれるさ

と、
誰かの声が聞こえた。

「ぅうん!………。
 ――それでは本日夜も更けた中、
 このような墓場にお集まりのみなみな様!
 和尚の許しを頂ければ、
 こちらにて毎度ばかばかしいお話をさせて頂きたく――」

秋の夜、
舞台は墓場、
聴き手は武家衆、

今宵の寄席、幾分の不足も無し。

ふと耳が拾った幽かな物音につられて、
一人のたすき掛けの男が足元を見てみると、
地面に転がった首の口元が、これでもかと吊り上がっていた。


今夜はまだまだ長くなる。

※本当はこのあと後書きをしたかったのですが、
 もうへとへとなので2日の19時から20時の間に後書きだけ更新します。

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