見出し画像

療育するなら仕事は辞めなきゃいけない?

子どもが難聴と診断されたら、療育をしてくださいと言われます。

 「療育」

難聴児に関して言えば、「聞こえと言葉を学んでいくこと」ですね。
そして、地域差はあるでしょうが、難聴の療育は親子療育です。
つまり、親も子どもと一緒に療育を受ける形です。

 療育の目的は、聞こえと言葉の獲得です。
聞こえと言葉は、日常のあらゆる場面で使うことができます。

当然、療育での時間より、療育以外の時間の方が長いので、その日常でいかに聞こえと言葉をうまく使えるようにしていくかを親も学んで、日常でも学習していけるようにするために親子療育があります。

ろう学校の幼稚部では、今は親が同伴しなくていいところも出てきました。

幼稚部での療育面の効果に関しては、親も一緒にいた方がいいのか、お迎え時に共有するだけでも効果は保てるかの詳しいことはわかりませんが、未満児時代に関して言えば、やっぱり親子療育は、療育の効果の面では大切なことだと経験から思います。

さあ、では療育をしましょうとなったときに、親も一緒に受けるわけなので、仕事をしている人は、仕事はどうする?辞めなきゃいけないのか?という問題が出てくると思います。

 まずは、仕事を辞めるべきなのかどうかという点についてお話しします。

 

①お母さんがするもの?


昔の話では、療育をするとなったら、「お母さん、仕事は辞めてください」と言われることもあったようです。

療育センターの資料などでは、主語が「お母さん」の文章が非常に多いです。
僕がセンターに通いだしてから、気を遣って「お父さんお母さん」と書き直してくれていることも増えてきましたが(笑)、それを見ても、お母さんがするものという認識が、昔に出来上がっていたんだろうなと推測できます。

それが現在まで続いていて、今はお父さんが療育することも増えてきたので、過渡期なのかなと思います。

なぜ、お母さんなのかという点については、まず、療育をする人は1人の方がいいという認識があるようでした。

療育は、予習⇒実践⇒復習と進んでいくので、予習をお母さんがして、実戦をお父さんがしたら、予習でのことを活かせないからというのが理由でした。

それで、誰か一人が療育をやるとなると、昔の慣習として、父親が働きに出て、母親が家を守るというものがあったので、必然的にお母さんとなったんだろうと思います。
(良い悪いの話は一旦置いておきます)

でも、今もこの暗黙の了解は強いと思います。
僕の周りでも、療育に来ているのはほとんどがお母さんだけです。
(父親参観以外でですね)

やはり、誰が療育をするのかとなったときに、「お母さん」という選択になることは多いんだろうなと思います。

これについては、家庭の事情もあるので、良い悪いとか言うつもりはありませんで、双方が納得しての選択ならもちろんアリだと思います。

でも、そもそも、お母さんか、お父さんかの選択しかないのかと言いますと、そんなことはなく、もう一つ選択肢はあります。

 

②パートナーがいるなら、2人でするという選択肢


我が家は、夫婦2人で療育をしてきました。

これは、特段いろいろ考えてというわけではなくて、うちとしては当然の感覚だったんですけど、当時、療育センターの人から嫌がられました(笑)(特定の人からだけですが)

理由は、先にも書きましたが、療育者が入れ替わると前の回のことがわからなくなるから療育の効果が落ちるというものです。

「いや、毎回夫婦で共有しますよ」

はい。やったことを共有すればいいだけの話です。
毎回やったことを共有すれば、療育のつながりは保てます。
(ちなみに、0歳児では親子3人で受けていました)

それに、夫婦2人でするのは大きな効果もあって、難聴児の療育は、療育時間以外の多くの時間でも療育的な働きかけができた方がいいわけですよね。
なので、両親がいるなら、両親とも療育的な働きかけができた方が子どもにとって絶対良いわけです。

単純に、2倍になるからというだけですけど(一方がほとんど家にいない場合は除きます)、聞こえと言葉は、正確な働きかけの繰り返しがものを言います。

また、学習の最大効果は、インパクトと繰り返しです。

1人しかできないより、2人でできた方が絶対に効果は上がるはずです。

だからといって、お母さんだけ、お父さんだけで療育をしている子どもさんが、必ず遅れを取るわけではありません。
お母さんだけでやっている子どもさんで、うちの子よりも発語が早かった子もいます。

もちろん、早いのがいいというわけではなく、子どもによって様々ですが、両親でやれば、プラスアルファが積み上げられることは間違いありません。
可能なら、おススメです。

そして、我が家は療育の日は、娘を寝かした後、夫婦共有晩酌会が始まります(笑)
これが楽しみでした(笑)

療育の詳しい話って、知ってる人でないとできないことも多いですよね。

集団療育に行けば他の子の親御さんと話せますし、夫婦でわかってたら、夫婦でも話せます。
楽しみが一つ増えていいですよ^^

我が家はこんな感じで共有していたので、療育の予習⇒実践⇒復習にも問題なく対応できました。

療育担当者を一人に決めなくても、こんな感じで2人でやっていく方法もあります。

③子どもは3歳までは親と一緒がいい?ましてや難聴なら・・・?


子どもは3歳までは親と一緒にいた方がいい。
こういう考え方もあります。

これに関しては、関係ないというデータが出てるという記事もありますし、いやいや、やっぱり大事なんだと思える考え方の記事もあります。

ただ、結果論で考えると、ずっと保育園に行っていた僕もこうやって成長していますし(笑)、うちの娘も1歳ぐらいから保育園に通い始めましたけど、元気に育っています。

子どもの成長で言うと、ずっと親と一緒でなくても元気に健やかに育っているという事実はあります。

そして、ずっと子どもと一緒にいる方がストレスがかかってしまう人もいると思います。

そんな人は、適度に離れる時間があった方が気持ちも落ち着いて、お互いに楽しくいられると思います。

子どもにしてみれば、他人よりお母さんお父さんの方がいいというのはあるでしょう。

これについては子どものみぞ知るで、そこは寂しい、怖い思いをさせたかもしれません。
もちろん、信頼できる保育士さんでも赤ちゃんにとってはですね。

ただ、総合的に見ると、早くから保育園に預けたとしても元気に育つことは可能で、大切なのは、子どもと接するときにいかに楽しく安心な時間を過ごせるかではないかと思います。

そして、聞こえと言葉に関しても、これは療育センターでしっかり療育できていることが前提ですが、聞こえる友達と一緒に過ごすことで、言葉を覚えていったりもします。

うちは夫婦とも別府の出身で、基本大分弁で博多弁が出ませんが(笑)、娘は博多弁をしゃべることがあります!

これは、友達との関りからです。

なので、療育的観点からしても、3歳まで一緒にいないと、それだけで聞こえと言葉が獲得できないということはありません。
保育園に預けながらでもキッチリ聞こえと言葉の力を伸ばすことはできます。

そして、もちろん、自分がずっと子どもと一緒にいたいということであれば、その選択もアリです。
その場合は、仕事は辞めるか休むことにはなりますが、自分が一番いいと思える選択ができればと思います。

そして、この件は、自分の親や親類、そして、お義母さんやお義父さんから言われることもありますし、療育センターから言われることもあると思います。

お義父さん、お義母さんから言われるときついでしょうけど、自分に都合の良いデータはありますので、そういうのを使って理解を得るようにしてもいいかもしれません。

子どもにとっては、3歳まで親と一緒にいるのが自然なのかもしれませんが、そうではなくても親子の信頼関係をしっかりつくって、元気に成長している実例はあります。
少なくとも、3歳まで子どもと一緒にいないことに負い目を感じる必要はないかなと思います。

④子どもより仕事を取っていいの?


保育園に預けることは、子どもにとって必ずしも良くないことではないというのはわかったと思います。
なので、仕事をしたい場合、そのために子どもを保育園に預けるのは大丈夫ですよね。

後は、療育をしながら仕事ができるかだと思います。

優先順位としては、「生きること」が第一です。

最近は、共働きでないと生活ができないという家庭は多いと思います。
我が家ももちろんそうです。

ですので、生きるために仕事を選ぶということは当然の選択だと思います。
そのために療育ができなくなったとしてもです。
それは、子どもより仕事を取ったのではなく、“生きることを選んだ”わけです。

生きていなければ当然ながら療育どころではありません。
その仕事をしながら療育ができればいいですが、どうしても療育で休めない場合、生きることを選ぶしかありません。

そして、もし可能であれば、誰かに頼ってでも仕事をしながら(生きるお金を稼ぎながら)、療育ができるやり方を探してもらえればと思います。

難しいのであれば、仕事をしながら、療育のために休める転職先を探せるといいですね。
なかなか難しい面もあるとは思いますが、一時期療育ができなくても、再開は目指したいところです。

そして、お金の心配はないけど、仕事がしたいという場合ももちろんあると思います。

仕事は、人生を楽しく生きるための大きな一つです。

自分の充実、自分の使命、自分のやりがいのために仕事をするのはごくごく普通のことです。

我が家も、経済的にも共働きでないとやっていけない現状はありますけど、人生の充実のために仕事もしたいのでやっているというところです。

では、その仕事をすると、療育に行けないとなったときに、それでも仕事を取っていいのか?

これは、僕がいいとか悪いとか言える立場にはありません。

ありませんが、一つの考え方として言いますと、
子どもは唯一無二です。

仕事は、ものすごく難関を突破してその仕事に就いたとしても、別の方法で自分の充実を満たす方法はあります。

難聴とわかった時点での早期療育は、その子の人生の選択肢を大きく拡げます。(聞こえないことが悪いことではなく、現在の社会の状況での話です)

療育をするのも、今しかありません。

だとすると、いかがでしょうか?

僕は欲張りなので、どちらかを取るのではなく、両方取ってほしいと思ってまして、仕事なら、形を変えてもやれることはありますが、子どもは変えることができませんよね。

だったら、仕事の形を変える方が理にはかなっているんですよね。

僕はキャリアカウンセラーでもありますが、これは、可能です。

でも、苦労してつかんだ今の仕事の位置を手放したくない気持ちもよくわかります。

ただ、そもそも、そんなに入れ込んでいる仕事、会社であれば、状況を説明すれば、わかってもらえる可能性も高いと思います。
それがわかってもらえない会社であれば、そこまであなたが懸けるほどの会社ではないかもしれません。

多くの人は、「こんな要求無理だよな」と思って、実際相談しないことも多いですが、まずは相談してください。
あなたが懸けるべき価値のある会社なら、わかってくれると思います。

仕事は、人生を充実させてくれる大きなものですが、
人生そのものではありません。

第一希望の仕事が自分にとって一番いいわけでもありません。
第六希望の仕事の方が、やってみると面白かったとなるかもしれません。
(なかなか試せませんが(笑))

自営業であればかなり厳しい選択になるかもしれません。
しかし、できる範囲で何とか両立できる道もあるはずです。
コントロールはしやすいので、何とか道を開こうとしてみると、意外にできることはあるかもしれません。

一旦辞めて、生きるためにバイトしながら療育をし、落ち着いて再挑戦という道もあります。

勝手なことを言ってますが、それは承知の上で言っています。
こういう選択もあるんだということをまずは可視化して考えることが大切だと思うので、あえて言っています。

無意識的にムリと諦めていることもあったりしますが、落ち着いて考えると、意外とできることもあったりします。

ぜひ、欲張って両方取る方向で考えてみてください。

仕事の代わりはあります。
(もちろん同一のものはありませんが、自分が充実できる“代わり”はあります)

一方、子どもの代わりはありません。

そして、両方取っていいんです!
もちろん難しい場合もありますが、可能性はあります!
まず、考えてみてください。

お読みいただきありがとうございます。
よかったら、フォローをお願いします!

いいなと思ったら応援しよう!

言葉のかけはし&そらいろ(難聴ベース)
言葉のかけはしの記事、活動に共感いただきましたら、ぜひ、サポートをお願いします! いただいたサポートは、難聴の啓発活動に使わせていただきます。 難聴の子どもたち、難聴者と企業双方の発展、そして聞こえの共生社会の実現のため、どうぞよろしくお願いします!