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インクルージョン? インテグレーション? 難聴学級はどうなの?

皆さんこんにちは!
岩尾です。

さて今日は、難聴学級について、インテグレーションとインクルージョンという視点から考えてみたいと思います。

★インテグレーション

統合教育と呼ばれています。
一つの学校に、障害を持つ子どものクラスをつくり、障害を持つ子どもが、地域の学校で学べるというシステム。

★インクルージョン

包括教育と呼ばれています。
障害のあるなしにかかわらず、全ての子どもを一つの個性とみて、同じクラスの中で、それぞれその個性に合わせて一緒に学ぶこと。

書き方を見ると、インクルージョンの方がいいな!と思うでしょうが、難聴学級というのは、インテグレーションであり、交流クラスに行くとインクルージョンの形になるわけですね。

細かく言うと、
・学校は同じだけど、特別支援学級で学び、通常クラスの子とは交わりませんというのがインテグレーションなのか、
・今の特別支援学級のように、支援級で受ける授業と通常クラスで受ける授業とがあるのをインテグレーションと言うのか、
どっちかはわかりませんが、ここでは、

インテグレーション:支援級で受ける授業と通常クラスで受ける授業とがある
インクルージョン:通常クラスのみで障害を持つ子も持たない子も一緒に学ぶ

として考えていきます。

では、難聴学級もなく、一般のクラスに通っている難聴児も結構いると思いますが、これがインクルージョンかというと、それは違いますね。
もちろん、インクルージョンの形ではあるけど、インクルージョンではありません。

難聴で言えば、情報保障が完全に補われているのであればインクルージョンの状態ですが、日本ではそのような状況にある学校はほぼないでしょう。(あるかもしれませんが)

情報保障が完全に補われていれば、インクルージョンはいいなと思いますが、難聴の場合、ちょっと事情が違ってきます。

難聴は、聞こえにくいわけです。
そうすると、少しゆっくり話したりとか、何度も聞き返しに答えながら進めるとか、そういったことが必要になります。
また、大人数いるとやはり音が大きくなります。
そうなると聞こえにくい。
こういうことを考えると、少人数クラスの方がやりやすいわけですね。

じゃあ、通常クラスでも字幕を出していればいいのか?
もっと年齢が上がってくれば字幕は非常に有難いですが、小学校低学年が字幕を読みながら授業を理解できるかというと、これはおそらく難しいんじゃないでしょうか。

いや、できるかもしれませんけど、文字の補足はあったとしても、会話で学ぶことが大切だという体感が僕にはあります。
これは根拠も何もありませんけど(笑)、僕の経験からくる感覚です。
もちろん、障害によっては、タブレットがあるから勉強ができる子もいますが、難聴に関して思うところです。

なので、大人数のクラスより、少人数のクラスの方が音環境もよく、聞き取りやすいし、聞き直しやすいので理解も進むと思うのです。

国語や算数は生きる上での基盤となります。
もちろんそれが全てではありませんが、勉強がわからなくなって自暴自棄になってしまうこともあります。
そうなってしまうと、それが「聞こえないから」だと思ってしまうことが多いはずで、これが、難聴者にとっては、アイデンティティが確立されない要因にもなっているはずです。

「聞こえない自分はダメだ」
「手話もできない」
「ろう者でも聴者でもない」

ろう者でもない、聴者でもない、「難聴者」というアイデンティティはあります。
これは決して中途半端なものではなく、肯定的に難聴者というアイデンティティはあるんです。

話がそれたので、これはまた別の機会に詳しく話すとして・・・

読みとりやすい環境を作って、勉強がまずはしっかりできる素地をつくることは、人生において大きな意義があります。
自己肯定感にもつながるし、自信にもなるでしょう。
全ての子にとって大切なことですが、難聴児にはことさら重要なことでもあると思います。

そして、環境が整うことで、「ここまで読み取りやすくできる」経験もできます。
この経験があるからこそ、配慮のお願いができるようになります。

つまりはセルフアドボカシーの醸成ですね。
これも、今後自分らしく生きるための基盤になります。

ちなみに、勉強の進みが遅くなるかというと、小1のときは、難聴学級での算数の方が、交流クラスでの算数より進んでいたようです。
少人数なので、ゆっくり話したとしても、簡単な分早かったのかもしれませんね。
必ず早いというわけではないですけど、それほど遅れの心配はないと言えます。

このようなことから、小学生の間は、インテグレーション方式が、難聴児にとってはいいかなと僕は思っているので、やっぱり難聴学級はいいなと思ってます(笑)

ただし、高学年になったら、人それぞれでインクルージョンの方が良くなるかもしれませんね。
もちろん、情報保障の環境を整えられていればという但し書きが付きますが。

また、もっと取組が進めば、低学年から効果的なインクルージョンができるようになるかもしれません。

海外はインクルージョンのところも多いようですが、どんなやり方なんでしょうね?
なかなか調べても具体的なことを書かれているものを探せないんですよね。
どなたか、ご存知の事例があれば、ぜひ教えてください!

インクルージョンに関していえば、手話の方が通訳士さんさえいれば可能な気はしますが、手話通訳が入ると、進みが遅くなることはあるかもしれませんね。

学校に関して言えば、「インテグレーションではなく、インクルージョンにしていこう!」という動きを聞くこともあります。

確かに、インクルージョンでいければ理想です。
でも、今のところは、難聴についてはインテグレーションである難聴学級がベターなのかなと思っています。

古い考えはダメ、新しいのが良いではなく、
古い考えが良い、新しいのはダメでもなく、
どんなシステムにしろ、使う人にとってどうなのかをまず考えて、実際にやってみて検証していくことが大切ですね。

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